女流落語家 女流講談師

2018/ 04/ 24
                 
 講談協会オフィシャルサイトを見ると、42人の講談師(〈※①〉)の名前が載っています。
 女流講談師は25人を数えています。
 講談も東京落語と同じく、前座、二つ目、真打という階段を設けています。

 (〈註①:
 ・真打30人(女流15人)
 ・二つ目8人(女流7人)
 ・前座4人(女流3人)〉)

 講談協会も落語団体と同じく、まさに逆ピラミッドの人数構成となっていました。
 その落語、東京では、落語協会、落語芸術協会、圓楽一門会、落語立川流の4つの団体が活動しています。
 上方落語協会にも多くの女流落語家の名前が載っていますが、圓楽一門会だけが唯一女流落語家が存在していません。
 
 その女流落語家の人数ですが、手元にある資料をみると、落語協会17人、落語芸術協会8人、落語立川流4人、上方落語協会18人となっています。
 総勢47人の女流落語家の名前が記されている落語団体。
 「週刊ダイヤモンド」の特集記事によると、東京の落語家545人の内訳をみると、前座75名、二つ目118人、真打352人となっています。
 上方落語の246人を加えると791人となります。
 落語家に占める女流落語家の割合は、およそ6分となっていて、講談界のそれと比べると、まだまだいまだしとはいえます。

 が、女流落語家のプロフィールを覗き見ると、大学卒の人たちも多くなっているという事実に目がいきます。
 何しろ、東京大学を卒業してから社会人になって、それから落語の世界に入るという噺家もいるのですから、何があっても当たり前の時代にはなっているわけです。

 その女流落語家、日本大学、学習院大学、中央大学、立教大学、東洋大学など、誰でも知っている大学を卒業しています。

そうそう、そういえば、立教大学を出た、春風亭一花(しゅんぷうてい いちはな)さんは、この3月21日に二つ目昇進となり、各寄席でのお披露目(〈※②〉)が続いています。
 私は、浅草演芸ホールで、一花さんの前座での寄席は遠席から眺め、今回の二つ目のお披露目の高座のときは、最前列でその姿をとくと刻むことができました。

1浅草演芸ホール プログラム


 (〈註②:
・3月21日〜30日 鈴本演芸場 夜席
・4月 1日〜10日 池袋演芸場 昼席
・4月11日〜20日 浅草演芸ホール 夜席
・4月21日〜30日 新宿末廣亭 昼席〉)


 もう一つお伝えしておきたいことがありました。
 前座の、金原亭乃ゝ香(きんげんてい ののか)さん、この春、東洋大学を卒業しました。
 卒業祝いのプレゼント品に記されたイニシャルをみると、Yukie T.と読むことができます。プロフィールには載っていない本名も浮かび上がってきましたね。

  金原亭乃ゝ香 




                 
        

浅草寺

2018/ 04/ 23
                 

 以前、浅草に行ったときは、浅草寺の五重塔が幕で覆われていました。
 過日、浅草に行ったときは、その五重塔も、そして雷門もお化粧直しをしていて、その姿を垣間見ることができずにいました。
 先日、浅草に行きました。
 五重塔、そして雷門、何れも観光客の目を楽しませていました。

1浅草寺五重塔

2五重塔と634


 浅草演芸ホールがはね、夕食をとった後に、雷門の前を通りましたが、さすがに人は疎らとなっていました。

4夜の雷門


                 
        

江戸城内の刃傷事件 播州赤穂

2018/ 04/ 22
                 
 今から317年前の4月21日、江戸城内において、三度目の刃傷(にんじょう)事件が起こりました。
 元禄14年3月14日のことでした。

 江戸城内における最初の刃傷事件は、寛永5年8月10日(1628年9月7日)。
 目付・豊島刑部信満(のぶみつ)が、老中・井上主計頭正就(かずえのかみまさなり)を殺害した事件です。
 加害者の豊島はその場で小姓役番士・青木久左衛門忠精(ただかず)の手によって切り殺されました。(自裁との説もあります。)

 二度目は貞享元年8月28日(1684年10月7日)。
 若年寄・稲葉石見守正休(まさやす)が、大老・堀田筑前守正俊を刺殺しています。
 この時は老中4人が寄ってたかって、その場で稲葉を斬殺したという記録が残っています。

 そして三度目が、表(本丸表)での、播州赤穂藩主、浅野内匠頭源長矩 従五位下が、高家肝煎(きもいり)〈筆頭〉・吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしひさ) 従(じゆ)四位上への、刃傷事件です。

 元禄14年(1701年)3月14日、京からの朝使を迎えた三日目の朝。朝使登営〈とえい〉(登城)の予定は昼四つ(午前10時)。
 その半時(1時間)前の朝五つ半すこし過ぎ、殿中松の廊下で刃傷事件が起こったのですが、前2件とは違い、その場では加害者も被害者ともに生きているということから、その後の物語が展開されていったということは、どなたもご存知の通りです。

 朝使下向という、賓客を招いている最中の刃傷事件であったことが、即断即決の処断に至ったのでありましょう。(浅野内匠頭には武士の面目を保たせることで、「打ち首」を罪一等減じての「切腹」に、一方吉良上野介には「お構いなし」となったことが、その後の討ち入りまでの物語を織りなしていくことになりました。三百有余年前の播州赤穂浪士の仇討の顛末が、こんにちまで脈々と語り継がれていることに、精神風土の一端を覗き見る思いです。)


   -ツヅク-

                 
        

クオカード  テレホンカード

2018/ 04/ 21
                 

 クオカードが4枚出てきました。
 2つはホールインワン記念のカード(2007年5月9日.2017年5月10日)です。
 
 ホールインワンの記念としては、テレホンカード(1997年8月12日)も1枚ありました。
 こちらは、ちょっと使っています。
 未使用のテレカは換金できたり、記念テレカなどは場合によって高値で売買できるということも知ることができました。

 使ってこそのクオカードとテレホンカードですが、クオカードはすぐ使えるとしても、テレカを使える機会はほとんどなくなっています。
 ちょっと使ったテレカもありましたので、この28枚はあちこち外出した折に何とか使い切りたいなと思いました。




                 
        

60歳代以上は一括り

2018/ 04/ 20
                 
 4月19日(木)、新聞朝刊の「読者投稿欄」。
 61歳女性の投稿記事が目に留まりました。
 〈 シニアと言われる年齢になり感じることがあります。イベント会場などでアンケートを求められると、世代の記入欄が「20代」「30代」「40代」「50代」「60代以上」となっていることがあります。「60代以上」とひとくくりにされていることに違和感を覚えます。 
 全人口に占める割合は約3分の1です。・・・〉

 私も思います。官民(公共団体と民間団体)にかかわらずアンケート用紙を見ると、年齢層欄は「60歳以上」と一括りになっています。
 国の統計上では、何十年も前から、65歳以上を「老年」と括っていますので、何れにせよ、アンケートでの「60代以上」という表記は、何十年前から変わっていないということには、大変違和感を覚えます。
 特に、官公庁主催のイベントアンケートに、「60歳以上」と旧態依然として記されていることに、そのなんと申しましょうか、素朴なハテナを感じてはおりますデス。




 総務省統計局による年齢別人口(〈※①〉)の老年人口(65歳以上人口)を見ますと、3515万2千人となっています、日本全体人口(1億2652万人)の27.7%の割合で過去最高の数値を示しています。
 政府統計ポータルサイトの「e-Stat」掲載の数値(〈※②〉)を単純に使って補正試算をして、60歳以上人口の日本全体人口に占める割合を目安程度として計ったところ、34.5%という数値となりました。
 この数値はそのまま使うことができないことは充分承知の助ではありますが、日本に住んでいる人の三人に一人は、60歳以上の仲間入りをしているという現実にあらためて驚き入っています。

 なお、ここでいうところの「総人口」は、「日本人」の人口とは異なりますので、念のため申し添えさせていただきます。
 ちなみに日本人の人口は、1億2464万8千人で、1年前の人口に比べて、37万2千人の減少となっています。




〈註:
  ① 人口推計(平成29年(2017年)10月確定値,平成30年(2018年)3月概算値) (2018年3月20日公表)
  ② 2015年10月1日現在(2016年11月24日公開〈更新〉)データの60歳、61歳、62歳、63歳、64歳の人口を上乗せした数値を使用。