月山 NHK『にっぽん百名山』 深田久弥『日本百名山』    Shigemi.I氏『日本百名山』

2017/ 10/ 25
                 
 月山は標高1,984m、世界でも珍しい半円形のアスピーデ型火山で、頂上の「おむろ」に 月山神社があり、月読命(つきよみのみこと・つくよみのみこと)を祀っています。

 『弘仁式』、『延喜式』の神名帳に「月山神社」が記載されています。
 その中の1項、税金の使い道を示す『主税式』を読むと、日本全国で正税から祭祀料を受けていた神社は全国に4社(〈※〉)しかなかったことを記しています。
  月山神社は、古い時代から朝廷を始め庶民の信仰篤く、名神大社として、こんにちに至っています。
 (註:〈※〉「陸奥国鹽竈社一万束」「伊豆国三島社二千束」「淡路国大和大国魂社8百束」そして「出羽国月山大物忌社二千束」)

 月山は、およそ30万年前に最後の噴火があったとされている火山です。
 気象庁発表による日本の活火山は、2017年6月に選定された日光の男体山(標高2,486m)を加えて、111(2017年6月現在)となっています。
 こんにちにおける「活火山」は、「概ね過去1万年以内に噴火した火山及び現在活発な噴気活動のある火山」と定義づけ(〈※〉)しています。
 (註:〈※〉2003年(平成15年)、「火山噴火予知連絡会」定義変更による。)



 NHK『にっぽん百名山』

「にっぽん百名山( -ひゃくめいざん)」は、NHKが2012年7月2日よりNHK BSプレミアムにて放送を開始した自然紀行のテレビ番組です。
 今年8月11日の放送は、『にっぽん百名山スペシャル「きょうは山の日 山の恵みに感謝しよう!」』でした。
 《“山の恵み”を体感する旅に出かけよう!ドラマ「山女日記」の原作者・湊かなえと主演女優・工藤夕貴が、女性に大人気の3000m峰・仙丈ケ岳に出かけ、70年前に登山道を作った「南アルプスの父」の知恵と情熱に思いをはせる。また山形・月山では、人気グループ「湘南乃風」の若旦那が山伏に弟子入り。旬の恵み“山菜”をいただく。さらに女優・瀬戸たかのさん母子が、尾瀬の奥座敷で山の魅力を堪能!》



 深田久弥『日本百名山』

 1964年(昭和39年)、東京オリンピックの年に発表された深田久弥の随筆「日本百名山」。
 深田久弥が実際に自分が登った山の中から、「品格、歴史、個性」を兼ね備えた1,500m以上の山を選定した「日本百名山」は、登山家のみならず、私たちにとってもその名はよく知られているところです。



 Shigemi.I氏『日本百名山』

 Shigemi.I氏は、2年間で日本百名山を踏破しています。
 氏の99座目は、薬師岳(標高2,927m.富山県.2014年9月22日)、そして日本百名山完登となった100座目となった山は、黒部五郎岳(標高2,840m.富山県・岐阜県.2014年9月23日)でした。
 2017年10月14日に2度目の登山となった、Shigemi I氏の月山初登頂は5年前のこととなります。




1-2 月山神社本宮 20171014  左に鳥海山
  月山頂上・月山神社本宮 2017年10月14日 (前方左が鳥海山)  



1-1 月山 1984m 20171017
  月山頂上からの眺望 2017年10月14日 Shigemi I氏:「風もなく晩秋の雰囲気を堪能できました。」


                 
        

レイテ沖海戦 戦艦武蔵の最後 今から73年前の10月24日(火)

2017/ 10/ 24
                 
  (このところずっと、ブログ更新日時を予約設定してアップしています。)



  1944年10月24日(火曜日)、戦艦武蔵は海中に姿を消しました。


  「戦艦武蔵」の最後:アメリカ軍による空撮
戦艦武蔵 アメリカ軍撮影




 記録によると、
魚雷11本(他資料では、第一次攻撃で1本、第二次攻撃で3本、第三次攻撃で5本、第四次攻撃で10本以上)、
直撃弾10発・至近弾6発(他資料では、第二次攻撃で爆弾1発、第三次攻撃で爆弾4発、第4次攻撃で爆弾10発以上)を受けた。
と記されています。

 「武蔵」は大日本帝国海軍が建造した最後の戦艦(〈※〉)でした。
  因みに、「武蔵」の名を冠した艦船としては、大日本帝国海軍の3隻目に当たります。
 

 〈註「日本の軍艦・特製保存版-わが造船技術の発達と艦艇の変遷-」による「戦艦」記録〉
  ◇戦艦大和(武蔵同型)の最終決定項目
  ・全長263.0米.・最大幅38.9米.・公試排水量68,200瓲.・主機関タービン四基.
  ◇「戦艦大和の外見見取図」記載の主要兵装
  ・主砲46cm(三連装砲塔3基〈9門〉).・副砲15.5cm(三連装砲塔4基〈12門〉).
  ・高角砲12.7cm 連装〈爆風除楯付)6基(12).・機銃25㎜三連装(爆風楯付)8基(24挺).13㎜連装2基(4挺).飛行機(水偵及び観測機)7機.



 「戦艦大和」(「武蔵」同型)概略配置図
 戦艦大和の概略図


 
 「戦艦大和」:昭和16年(1941年)、新造時の雄姿。(副砲塔は、最上型重巡の主砲搭と略同大)
戦艦大和の雄姿

  ・戦艦武蔵:起工1938.3.29.進水1940.11.1.就役1942.8.5.沈没1944.10.24
  ・戦艦大和:起工1937.11.4.進水1940.8.8.就役1941.12.16.沈没1945.4.7



 「戦艦武蔵」が、2015年3月3日(火曜日)、マイクロソフト社の共同創業者であるポール・アレン氏の独自調査によって、シブヤン海の水深1kmの地点で発見されたことは記憶に新しいですね。



                 
        

 皇后陛下お誕生日 2017年10月20日 83歳

2017/ 10/ 20
                 
 皇后美智子さまの今年のご養蚕は、5月から始められました。

 桑畑,野蚕室,御養蚕所等、恒例の行事を含め19回にわたりお出でになり,野蚕の山つけや収穫,桑つみ,ご給桑,わら蔟(まぶし)作り,上(じよう)蔟(ぞく),繭(まゆ)掻(か)き,毛(け)羽(ば)取り等の作業に当たられました。

 皇后さまがお育てになっている蚕「小石丸」は,日本の純粋種として古代の絹織物の復元に最適の品種とされているそうです。 
 今年は160.4キロの繭の収穫がありました。




 蚕  昭和48年

いく眠り過ごしし春蚕(はるご)すでにして透(とほ)る白さに糸吐(は)き初(そ)めぬ


 秋蚕  昭和41年

真夜(まよ)こめて秋蚕(あきご)は繭(まゆ)をつきるらしただかすかなる音のきこゆる

時折(ときをり)に糸吐(は)かずをり薄き繭の中なる蚕(かひこ)疲れしならむ

籠(薦)る蚕(こ)のはほも光に焦(こ)がるるごと終(つひ)の糸かけぬたたずまひあり

音(おと)ややかすかになりて繭の中しじまは深く闇にまさらむ

夏の日に桑を食(は)みゐし蚕(こ)ら繭ごもり季節しづかに移る


 歌会始御題 風  平成4年

葉かげなる天蚕(てんさん)はふかく眠りゐて櫟(くぬぎ)のこずゑ風渡りゆく


 五月晴れ  平成8年

この年も蚕飼(こがひ)する日の近づきて桑おほし立つ五月晴(さつきば)れのもと


 神戸禮二郎紅葉山御養蚕所主任をいたみて  平成8年

初繭を掻(か)きて手向けむ長き年宮居(みやゐ)の蚕飼(こがひ)君は見守(まも)りし

 「皇后美智子さま 全御歌」(こうごうみちこさま ぜんみうた 皇后陛下八十御賀記念奉祝 発行2014年10月20日 釈:秦澄美枝 発行所:株式会社新潮社)




皇后陛下お誕生日に際し(平成29年)


宮内記者会の質問に対する文書ご回答


皇后陛下お誕生日に際してのご近影
 皇后陛下お誕生日に際してのご近影


問 この1年も九州北部豪雨をはじめとする自然災害などさまざまな出来事がありました。6月には「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が成立し、9月には眞子さまのご婚約が内定しました。この1年を振り返って感じられたことをお聞かせください。
皇后陛下

 熊本地震から1年半が経たちましたが,この1年間にも,各地で時には震度6弱にも及ぶ地震,激しい集中豪雨による川の氾濫や土砂崩れなどがあり,こうしている今も,九州では新燃岳の噴火が間断なく続いています。昨年の熊本地震に始まり,豪雨により大きな被害を受けた九州北部では,今も大勢の人たちが仮設住宅で生活を続けていること,更に地震や津波の災害から既に6年以上経た岩手,宮城,福島の3県でも,今なお1万8千人を超す人々が仮設住宅で暮らしていることを深く案じています。また,北九州には,地震で被災した後に,再び豪雨災害に見舞われた所もあり,そうした地区の人たちの深い悲しみを思い,どうか希望を失わず,これから来る寒い季節を,体を大切にして過ごして下さるよう心から願っています。

 本年は年明け後,陛下と御一緒にベトナムを訪問いたしました。これまでアジアの各地を訪問して参りましたが,子どもの頃「仏ふつ印いん」という呼び名でなじんでいたこの地域の国を訪おとずれるのは初めてで,たしか国民学校の教科書に「安あん南なんシャムは まだはるか」という詩の一節があったことなどを思い出しつつ,参りました。今回訪問したことにより,ベトナム独立運動の先駆者と呼ばれるファン・ボイ・チャウと日本の一医師との間にあった深い友情のことや,第二次大戦後の一時期,ベトナムで営まれていた日本の残留兵とベトナム人の家族のことなど,これまであまり触れられることのなかった,この国と日本との間の深いつながりを知ることができ,印象深く,忘れ難い旅になりました。

 今年は国内各地への旅も,もしかすると,これが公的に陛下にお供してこれらの府県を訪れる最後の機会かもしれないと思うと,感慨もひとしお深く,いつにも増して日本のそれぞれの土地の美しさを深く感じつつ,旅をいたしました。こうした旅のいずれの土地においても感じられる人々の意識の高さ,真面目さ,勤勉さは,この国の古来から変わらぬ国民性と思いますが,それが各時代を生き抜いてきた人々の知恵と経験の蓄積により,時に地域の文化と言えるまでに高められていると感じることがあります。昨年12月に糸魚川で大規模な火災が起こった時,過去の大火の経験から,住民間に強風への危機意識が定着しており,更に様々な危機対応の準備が整っていて,あれほどの大火であったにもかかわらず一名の死者も出さなかったことなど,不幸な出来事ではありましたが,そうした一例として挙げられるのではないかと思います。

 米国,フランスでの政権の交代,英国のEU脱退通告,各地でのテロの頻発など,世界にも事多いこの1年でしたが,こうした中,中満泉さんが国連軍縮担当の上級代表になられたことは,印象深いことでした。「軍縮」という言葉が,最初随分遠い所のものに感じられたのですが,就任以来中満さんが語られていることから、軍縮とは予防のことでもあり,軍縮を狭い意味に閉じ込めず,経済,社会,環境など,もっと統合的視野のうちに捉とらえ,例えば地域の持続的経済発展を助けることで,そこで起こり得る紛争を回避することも「軍縮」の業務の一部であることを教えられ,今後この分野にも関心を寄せていく上での助けになると嬉うれしく思いました。国連難民高等弁務官であった緒方貞子さんの下で,既に多くの現場経験を積まれている中満さんが,これからのお仕事を元気に務めていかれるよう祈っております。

 この1年を振り返り,心に懸かることの第一は,やはり自然災害や原発事故による被災地の災害からの復興ですが,その他,奨学金制度の将来,日本で育つ海外からの移住者の子どもたちのため必要とされる配慮のことなどがあります。また環境のこととして,プラスチックごみが激増し,既に広い範囲で微細プラスチックを体内に取り込んだ魚が見つかっていること,また,最近とみに増えている,小さいけれど害をなすセアカゴケグモを始めとする外来生物の生息圏が徐々に広がって来ていることを心配しています。こうした虫の中でも,特に強い毒性を持つヒアリは怖く,港湾で積荷を扱う人々が刺されることのないよう願っています。

 カンボジアがまだ国際社会から孤立していた頃から50年以上,アンコール・ワットの遺跡の研究を続け,その保存修復と,それに関わる現地の人材の育成に力をつくしてこられた石澤良昭博士が,8月,「マグサイサイ賞」を受賞されたことは,最近の嬉しいニュースの一つでした。博士が「カンボジア人によるカンボジア人のための遺跡修復」を常に念頭に活動され,日本のアジアへの貢献をなさったことに深い敬意を覚えます。
 医学の世界,とりわけiPS細胞の発見に始まるこの分野の着実な発展にも期待をもって注目しており,これにより苦しむ多くの病者に快復の希望がもたらされる日を待ち望んでいます。
 スポーツの世界でも,様々な良い報しらせがありました。特に女子スピードスケートの世界スプリント選手権で,日本女子が初めて総合優勝に輝いたこと,陸上競技100メートル走で,遂ついに10秒を切る記録が出,続いて10秒00の好記録がこれを追う等,素す晴ばらしい収穫の1年でした。現役を引退するフィギュアスケートの浅田真央さん,ゴルフの宮里藍さん,テニスの伊達公子さんの,いずれも清すがすがしい引退会見も強く印象に残っています。
 将棋も今年大勢の人を楽しませてくれました。若く初々しい棋士の誕生もさることながら,その出現をしっかりと受け止め,愛情をもって育てようとするこの世界の先輩棋士の対応にも心を打たれました。
 宗像・沖ノ島と関連遺産群がユネスコの世界遺産に登録されることも喜ばしく,今月,宗像大社を訪れることを楽しみにしています。
 
 今年もノーベル賞の季節となり,日本も関わる二つの賞の発表がありました。
 文学賞は日系の英国人作家イシグロ・カズオさんが受賞され,私がこれまでに読んでいるのは1作のみですが,今も深く記憶に残っているその1作「日の名残り」の作者の受賞を心からお祝いいたします。
 平和賞は,核兵器廃絶国際キャンペーン「ICAN」が受賞しました。核兵器の問題に関し,日本の立場は複雑ですが,本当に長いながい年月にわたる広島,長崎の被爆者たちの努力により,核兵器の非人道性,ひと度使用された場合の恐るべき結果等にようやく世界の目が向けられたことには大きな意義があったと思います。そして,それと共に,日本の被爆者の心が,決して戦いの連鎖を作る「報復」にではなく,常に将来の平和の希求へと向けられてきたことに,世界の目が注がれることを願っています。

 今年も大勢の懐かしい方たちとのお別れがありました。犬養道子さん,医師の日野原重明先生,三浦朱門さん,大岡信さん,元横綱の佐田の山さん,新潟県中越地震の時に山古志村の村長でいらした長島忠美さん,宮内庁参与として皇室を支えて下さった原田明夫さんなど。また,この1年は「うさこちゃん」のディック・ブルーナさん,「くまのパディントン」のマイケル・ボンドさん,「コロボックル物語」の佐藤さとるさん,絵本作家の杉田豊さんなど,長く子どもたちの友であって下さった内外の作家や画家を失った年でもありました。
 今から25年前,アルベールビル冬季五輪のスピードスケート1,000メートルで3位になった宮部行範さんの,48歳というあまりにも若い逝去も惜しまれます。入賞者をお招きした赤坂御所で,「掛けてみます?」と銅メダルを掛けて下さったことを,ついこの間のことのように思い出します。

 昨年の10月には,三笠宮様が100歳の長寿を全うされ,薨去になりました。寂しいことですが,大妃殿下が御高齢ながら,今も次世代の皇室を優しく見守っていて下さることを本当に有り難く,心強く思っております。
 身内では9月に,初孫としてその成長を大切に見守ってきた秋篠宮家の長女眞子と小室圭さんとの婚約が内定し,その発表後程なく,妹の佳子が留学先のリーズ大学に発たっていきました。
 また,この6月からは,私どもの長女の清子が池田厚子様のおあとを継ぎ,神宮祭主のお役に就いております。
 陛下の御譲位については,多くの人々の議論を経て,この6月9日,国会で特例法が成立しました。長い年月,ひたすら象徴のあるべき姿を求めてここまで歩まれた陛下が,御高齢となられた今,しばらくの安息の日々をお持ちになれるということに計りしれぬ大きな安らぎを覚え,これを可能にして下さった多くの方々に深く感謝しております。



 この1年のご動静

 皇后さまには,本日,満83歳のお誕生日をお迎えになりました。
 この1年,頸椎けいつい症性神経根症によるお痛みに加え,昨年暮れには急性気管支炎を,また,今春には口唇ヘルペスと帯状疱ほう疹しんをご発症になるなど,ご体調は必ずしも万全ではありませんでしたが,常に陛下のご健康を注意深くお見守りになりながら,皇后さまとしてのお立場で338件のお務めを果たされました。
 なお,こうした公的なお務めの数には入れていませんが,宮中祭祀は80歳を超えられた今も古式どおりにお続けになっており,今年は,昭和天皇祭の儀,香淳皇后例祭の儀それぞれの折に皇霊殿に,秋季皇霊祭の折には皇霊殿,神殿の二殿に参られました。(春季皇霊祭及び神殿祭の儀は,帯状疱疹ご療養のためお取りやめになりました。)出御なさらない祭祀では,その時刻に御所でご遙よう拝になり,祭祀がお済みになるまでお慎みになっています。
 皇居勤労奉仕団や宮中祭祀に奉仕した賢所奉仕団にも欠かさずお会いになり,その労をねぎらっておられ,この1年に59回にわたり約9,500人の団員にお会いになりました。

 ご旅行関係では,今年2月,両陛下おそろいで,ベトナム国を国賓としてご訪問になりました。ハノイご到着の夕刻,現地で活躍する青年海外協力隊員とご懇談になり,大使館員を労ねぎらわれ,翌日,陛下と共に,歓迎式典,クアン国家主席閣下及び令夫人とのご会見並びに晩餐会に臨まれました。ハノイでは,ホーチミン廟びように参られたほか,国会議長,首相夫妻,共産党中央執行委員会書記長夫妻をご引見,また,先の大戦後にベトナムに留まり同国の独立戦争に参加し,その後,単身で帰国を余儀なくされた元残留日本兵の家族と面会され,長年の労苦を労われたほか,ベトナム人元日本留学生や在留邦人等とご懇談になりました。陛下とおつながりの深い自然科学大学生物学博物館もご一緒に訪問されています。
 ご滞在4日目には同国中部の古都フエへご移動になり,フック首相夫妻主催の午餐会に臨まれたほか,フエ王宮において日本の雅楽と起源を同じくするベトナムの伝統舞楽「ニャーニャック」をご鑑賞,フランス植民地時代に独立運動を指導したファン・ボイ・チャウの記念館をご訪問になりました。また,ベトナム中部で活躍する青年海外協力隊員や在留邦人とご懇談になり,大使館員を労われました。
 ご訪問の帰途には,昨年10月に崩御されたタイ国前国王プミポン・アドゥンヤデート陛下にお別れをなさるため,タイ国にお立ち寄りになり,王宮においてご供花,ご記帳をされ,宮殿において新国王ワチラロンコン陛下とご会見になりました。皇后陛下は,平成18年6月のタイ国・シンガポール国ご訪問前の記者会見で,昭和39年にタイ国を初めてご訪問になった折,プミポン国王陛下,シリキット王妃陛下とチェンマイへ向かう飛行機の中で,「国王陛下がそっとお席の陰から愛用のクラリネットを出して見せてくださり,私どものお願いを容いれ,ベニー・グッドマンの『メモリーズ・オブ・ユー』を吹いてくださったことも,懐かしく思い出されます。」とお話しになっています。

 地方行幸啓としては,昨年10月,第40回国際外科学会世界総会開会式にご臨席のため,両陛下で京都府をご訪問になりました。その折,一昨年に式年遷宮を済ませた賀茂御祖みおや神社及び賀茂別わけ雷いかずち神社をご参拝になり,京都国立博物館,京都府立医科大学をご訪問になりました。今年4月には,国賓として来日されたフェリペ6世スペイン国国王陛下及び王妃陛下を陛下と静岡県静岡市にご案内になり,静岡県地震防災センターをご視察,静岡浅間神社で伝統芸能をご覧になりました。5月には,富山県魚津市で開催された第68回全国植樹祭にご臨場になり,その折に,高岡御車山たかおかみくるまやま会館,YKKセンターパーク,高志こしの国文学館等をご視察になりました。7月には,海の日にちなみ神奈川県横浜市の横浜みなと博物館で帆船日本丸の登檣礼とうしょうれい,総帆展帆そうはんてんぱん,登舷礼とうげんれいをご覧になり,日本郵船歴史博物館をご訪問になりました。9月には,第72回国民体育大会ご臨場のため愛媛県をご訪問になり,開会式,役員懇談会にご臨席になったのち剣道競技をご覧になり,併せて,愛媛県美術館,道後温泉本館をご視察になりました。
 私的ご旅行としては,昨年11月,愛知県犬山市の「入鹿池いるかいけ」をご視察後,長野県阿智村の満蒙開拓平和記念館をお訪ねになり,満州からの引揚げ関係者とご懇談になりました。飯田市で天龍峡をご視察になり,市内のりんご並木で収穫作業をする中学生にお会いになったほか,帰路,愛知県小牧市のメナード美術館をご訪問になりました。今年9月には,埼玉県日高市にある高麗こま神社をお訪ねになり,7世紀に高句麗から渡来した人々の歴史,文化に触れられたほか,巾着田曼珠沙華きんちゃくだまんじゅしゃげ公園をご訪問,深谷市では渋沢栄一にゆかりのある大寄おおより公民館に併設された誠之堂せいしどう・清風亭,渋沢の生家があった「中の家なかんち」,八基やつもと公民館内の渋沢栄一記念館をお訪ねになりました。
 地方へのお出ましは,御用邸,長野県軽井沢町及び群馬県草津町へのご静養のための行幸啓を除き,1府8県15市2町1村に及びました。

 都内の行幸啓については,陛下とご一緒に,毎年恒例の全国戦没者追悼式,日本国際賞の授賞式及び祝宴,国際生物学賞授賞式のほか,日米協会創立百周年記念式典,理化学研究所創立百周年記念式典,民生委員制度創設百周年記念大会,第24回国際光学委員会総会開会式,日本遺族会創立70周年記念式典等にご臨席になりました。また,両陛下の御製と御歌を取り入れた,日本・ポーランド国際共同企画公演・新作能「鎮魂-アウシュヴィッツ・フクシマの能」,「世界遺産ラスコー展」,国立劇場開場50周年記念文楽公演等をご鑑賞になったほか,今年3月に武蔵野陵,武蔵野東陵をご参拝になった帰路には,昭島市に立ち寄られ,昨年10月に亡くなった女性初のエベレスト登頂者である田部井淳子さんの回顧展をご覧になりました。このほか,障害者週間にちなんで社会福祉法人「東京コロニー」東京都葛飾福祉工場をお訪ねになるなど,公的なお立場での都内行幸啓は37回になります。
 皇后さまお一方では,日本赤十字社名誉総裁としてご臨席になった全国赤十字大会,第46回フローレンス・ナイチンゲール記章授与式及び茶話会のほか,日本リウマチ財団創立30周年記念レセプション,小児がん征圧キャンペーン・チャリティーコンサート,東日本大震災被災地支援チャリティーコンサート,皇后さまのご支援をきっかけに平成17年に発足した,視覚障害者のための点字楽譜の普及や活用に取り組む点字楽譜利用連絡会(点譜連)の集いなどに11回行啓になっています。

 宮殿や御所では,陛下と共に,文化勲章受章者及び文化功労者,各種大臣表彰受賞者,農林水産祭天皇杯受賞者,人事院総裁賞受賞者,新認定重要無形文化財保持者,昭和34年の両陛下のご成婚を記念してハワイ在住日系人等が中心となって創設した皇太子明仁親王奨学金の奨学生,青年海外協力隊帰国隊員及び日系社会青年ボランティア,シニア海外ボランティア及び日系社会シニアボランティア,日本学士院会員,日本芸術院会員,日本赤十字社各都道府県支部の有功会代表者等々,文化,福祉,産業,国際協力,学術,芸術等の各分野で社会貢献した数多くの人とお会いになりました。皇后さまお一方では,例年どおり,日本赤十字社の名誉総裁として,社長,副社長からその活動状況等をお聴きになったほか,皇后さまが高校時代に作詞された「ねむの木の子守歌」の著作権を基に創設され,肢体不自由・重症心身障害児/者の世話に当たる人に贈られる「ねむの木賞」の受賞者とお会いになりました。こうしたご接見等は59回に及び,また,陛下とご一緒又はお一方でお受けになったご説明やご進講は52回を数えました。

 外国との関係では,陛下と共に,昨年11月にはシンガポール国大統領閣下及び令夫人を,今年4月にはスペイン国国王陛下及び王妃陛下を,それぞれ国賓としてお迎えになり,歓迎行事,ご会見,宮中晩餐に臨まれたほか,離日に際してはお別れのご挨拶の機会を持たれました。国賓以外のご接遇では,ドイツ国大統領閣下及びシャート女史,モザンビーク国大統領閣下及び令夫人,アルゼンチン国大統領閣下及び令夫人とご会見になりました。また,国際オリンピック委員会会長,国際パラリンピック委員会会長夫妻,ミャンマー国国家最高顧問及びベトナム国首相夫妻をご引見になりました。
 さらに,ヨルダン国国王陛下,タイ国王女チュラポン殿下,駐日ベトナム国大使夫妻(国賓としての同国ご訪問につき),スウェーデン国皇太子殿下及びデンマーク国皇太子同妃両殿下を御所でのご昼餐に,ペーター・マウラー赤十字国際委員会総裁,レソト国国王陛下及び王妃陛下並びにベトナム国国家副主席を御所でのお茶に,それぞれお招きになりました。
 このほか,両陛下は,本年9月中旬,ブルネイ国国王陛下から,10月6日にブルネイ王宮で行われる国王陛下のご即位50周年の祝宴へのご招待を受けられ,できればご出席なさりたいとのお気持ちをお示しになりましたが,非常に押し迫ったご招待であったため,検討の結果,残念ながらご出席は難しいとの結論に至り,これまでの国王陛下と両陛下との深いご親交にかんがみ,10月4日にブルネイ国大使館をご訪問になり,ご記帳の上,駐日大使夫妻に国王陛下へのご祝意を託されました。

 在京外交団については,陛下とご一緒に,着任後間もない42か国の大使夫妻をお茶に,着任後3年を経過した26か国の大使夫妻を午餐にお招きになり,離任する15か国の大使夫妻をご引見になりました。日本から赴任する48か国と2組織の大使夫妻にも出発前にお会いになり,同様に帰国した30か国と1組織の大使夫妻をお茶にお招きになって任地の様子をお聴きになりました。
 
 昨年10月27日には,崇仁親王殿下が薨こう去きよされ,両陛下はお悲しみのうちに7日間の喪に服され,ご遺族と悲しみを共にされました。薨去の直後4回にわたり三笠宮邸をご訪問になり,また,ご高齢の三笠宮妃殿下のご体調を案じられてお見舞いにお出ましになったほか,斂葬の儀及び百日祭の儀の後に拝礼のため豊島岡墓地に行幸啓になりました。さらに,2月には宣仁親王三十年式年祭に当たり,6月には寬仁親王五年式年祭に当たり,豊島岡のそれぞれの御墓所をご参拝になりました。

 9月3日には,両陛下の初めてのお孫さまでいらっしゃる眞子内親王殿下と小室圭氏とのご婚約内定の発表がありました。当日,両陛下は,御所において,秋篠宮同妃両殿下並びに眞子内親王殿下,小室氏からご挨拶をお受けになり,お喜びとお祝いをお伝えになっています。

 今年のご養蚕は,5月から始められ,恒例の行事を含め19回にわたり桑畑,野蚕室,御養蚕所等においでになり,野蚕の山つけや収穫,桑つみ,ご給桑,わら蔟(まぶし)作り,上(じよう)蔟(ぞく),繭(まゆ)掻(か)き,毛(け)羽(ば)取り等の作業に当たられました。今年は160.4キロの繭の収穫がありました。皇后さまがお育てになっている小石丸は,日本の純粋種として古代の絹織物の復元に最適の品種とされており,皇后さまは,これまでに正倉院事務所からの願い出をお受けになって古代裂復元のために小石丸の繭を増産され,14年にわたってご下賜になってこられましたが,平成17年からは,別途,三の丸尚蔵館からも願い出があり,同館所蔵の「春かす日が権(ごん)現(げん)験(げん)記(き)絵(え)」の修理のためにも小石丸の繭が下賜され,今年7月には,13年をかけて修理完成した絵巻20巻の表(ひよう)紙(し)裂(ぎ)れ,巻緒(まきお)などが両陛下の御前に展覧されました。

 両陛下とも健康を維持するために規則正しい生活を送ることを大切になさっており,毎朝6時のニュースをご覧の後に御所内や周辺を散策なさることを日課として続けていらっしゃいます。日曜日には,陛下のご運転で朝7時頃から東御苑にお出ましになり,二の丸庭園を回られた後,本丸で天守台に登られ,街を走る人を遠くからご覧になってお帰りになります。お時間のある週末には,時折,陛下とご一緒に短時間テニスをなさることもあります。お仕事の合間を縫って読書をされたり,ピアノの練習をお続けになっており,今年8月末にも例年どおり草津夏期国際音楽アカデミーに参加され,講師として参加した音楽家たちと演奏を共にされ,アンサンブルを学ばれました。

 10月20日のお誕生日当日は,午前10時半から12時まで6回にわたり,皇族方始め内閣総理大臣,参議院議長,最高裁判所長官,閣僚,宮内庁職員等による祝賀をお受けになります。正午からは皇族方始めとのご祝宴,午後からは旧奉仕者による祝賀,元側近奉仕者等との茶会,母校の先生方やご進講者等との茶会が催されます。夕刻には未成年の内親王殿下,親王殿下のご挨拶をお受けになり,夜には両陛下のお子さま方ご夫妻とお祝御膳を囲まれます。
 


皇后陛下お誕生日行事

  平成29年10月20日(金)

行事時刻 出御  行事  事項  場所

午前 10:30 両陛下 祝賀及びお祝酒 侍従長始め侍従職職員 御所
同 11:00 天皇陛下 祝賀 長官,次長(職員総代),参与 鳳凰の間
同 11:10 皇后陛下 祝賀 長官始め課長相当以上の者,参与及び御用掛 鳳凰の間
同 11:20 皇后陛下 祝賀 宮内庁職員及び皇宮警察本部職員 北溜
同 11:40 皇后陛下 祝賀 内閣総理大臣,国務大臣,内閣官房副長官及び内閣法制局長官,
参議院の議長及び副議長,最高裁判所の長官及び判事(長官代行),
会計検査院長,人事院総裁,検事総長,
公正取引委員会委員長及び原子力規制委員会委員長
並びに以上の者の配偶者 梅の間
同 11:50 両陛下 祝賀 皇太子同妃両殿下お始め皇族各殿下 梅の間

正午
午後 0:50 両陛下 ご祝宴 皇太子同妃両殿下お始め皇族各殿下,元皇族,御親族 連翠
同 1:20 皇后陛下 祝賀 旧奉仕者会会員
(元宮内庁職員及び元皇宮警察本部職員) 北溜
同 1:40
同 2:00 両陛下 茶会 元長官等,元参与,元側近奉仕者,元御用掛,松栄会会員 連翠南
同 4:30 両陛下 茶会 御進講者等御関係者 御所

同 6:30 両陛下 祝賀 愛子内親王殿下
悠仁親王殿下 御所
同 7:00 両陛下 お祝御膳 皇太子同妃両殿下
秋篠宮同妃両殿下
黒田様御夫妻 御所




                 
        

土筆66本 甘辛煮  スヴャトスラフ・リヒテルの思い出

2017/ 04/ 14
                 
  このブログを書き始めようと思った矢先、これからリヒテル(〈※〉)の放送が始まるよ。と家人の声。


〈※〉スヴャトスラフ・リヒテル:(ウクライナ生まれのピアニスト.1915年3月20日-1997年8月1日)


 NHK Eテレ「らららクラシック 新企画! ピアノの巨匠リヒテルに克典が迫る」の30分番組が始まったところでした。

 リヒテルのアメリカデビューは1960年、初来日は1970年の大阪万博の年です 
 8回も来日した親日家でもあり、旅行が大好きでもあったという彼は、日本の62都市を訪ね、のべ162回の演奏会を開いています。
 旅先では神社仏閣を巡るだけで なく、茶の湯などの伝統文化にも深い興味を示し、茶室でのコンサートを開いたこともあり、1981年3月 蕉雨園(東京・文京区)で収録したときの様子も番組の中で高橋克典さんが 感想を述べていました。

 私の東京時代、リヒテルのチケットは3回購入し、うち2回彼の演奏を目の当たりにすることができました。1回は何らかの理由により、来日そのものがキャンセルされ払い戻しされています。

 コンサート会場には、最初のときは一人で行き、2回目のときは二人で行きました。その相棒は男性でした。どうして相方が女性でなかったのか今以て解せないでいますが、その男性の御母堂から、わが子が生まれて初めてピアノコンサートに行くことができたとお礼の言葉をもらいましたので、まあ、それはそれで良かったんだと思うことにしました。
 私としては、特にこの2回目に聴いたときのリヒテルの演奏は生涯最高の思い出となりました。
 最後の曲の演奏が終わるか終らないというそのほんのちょっとした空間の隙間に、観客全員が一斉に立ち上がり、怒声とも聞こえるブラボーコールの嵐の波の渦が彼を包んだのです。
 すくっと立ち上がったその瞬間のリヒテルの真赤にも染まった輝かしい笑顔は、今以って忘れることができません。
 



「土筆の甘辛煮」  
 桜の花が咲く時期に、食べ頃の土筆を摘み取ることができるようです。
 今日この頃、桜は大体が盛りを過ぎていましたので、大体の土筆もトウが立っていましたが、調理ができるくらいの量を何とか探しだして持ち帰ることができました。

①土筆 20170407

 土筆66本はゴマ油で炒めてから、甘辛煮にしました。

②土筆の甘辛煮 20170407

 こんなに少なくなってしまうんですね。

 明日の朝食の一品に加えることに致します。









                 
        

鎮魂

2016/ 12/ 23
                 
 昨年50年ぶりに前橋キリスト教会を訪れ、内田和彦牧師と話す機会を得ました。私が高校時代3年間通ったこの教会は、星野冨弘氏が1974年に舟喜拓生牧師により洗礼を受けた教会としても知られています。
 今日「パイプオルガンとクリスマスメッセージ」と題したコンサートが午後2時から礼拝堂で開かれましたので、その生演奏を初めて聴きに行ってきました。全16曲です。


 (12月2日のアメリカオークランド史上最悪級の火災事故に巻き込まれ、レイブパーティに仲間と共に加わっていたうちの一人の女性は、家人の姪の子供でした。
 彼女も炎の犠牲になりました。大学(UC バークレー)の在学生で間もなく22歳を迎えようとしている矢先の哀しい出来事となりました。)

パイプオルガン(奏者:植木紀夫氏)が奏でる楽曲を聴きながら静かに指を組み合わせ、彼女の冥福を祈りました。

《 プログラム
 〈ごあいさつとお祈り〉
① J.S.バッハ:プレリュードとフーガ ハ長調(BWV545)
② J.S.バッハ:愛するイエスよ(BWV730)
③ J.S.バッハ:愛するイエスよ(BWV731)
④ V.リューベック:プレリュードとフーガ  ト長調(LübWV9)
  〈お話し:讃美歌とキリスト教歴/オルガン奏者植木紀夫)
⑤ K.ヘッセンベルク:いかにしてわれ主を迎える
⑥ J.G.ヴアルター:もろびと声をあげ
⑦ J.ブラームス:血潮したたる Op.122-7
⑧ R.モーザー:喜び祝え、わが心よ
  〈お話し:オルガンは頼もしい助け手/オルガン奏者植木紀夫)
⑨ J.パッヘルベル:トッカータ ハ長調、フーガ ハ長調
⑩ D.ブクステフーデ:救いは我らに来たれり(BuxWV186)
⑪ D.ブクステフーデ:天にいます我らの父よ(BuxWV219)
⑫ D.ブクステフーデ:トッカータ ヘ長調(BuxWV157)
  〈クリスマス・メッセージ「罪から救ってくださる方」/前橋キリスト教会牧師内田和彦)
⑬ J.ヴァイマン:パストラーレ Op.12-6
⑭ J.G.E.シュティーレ:神の御子は今宵しも
⑮ A.フィッシャー:「高きみ空から」によるプレリュード
⑯ 会衆賛美「高きみ空から」(教会福音讃美歌88番) 》



前橋キリスト教会 20161223