柘榴 ざくろ  高村光太郎 高村智恵子 茨木のり子

2017/ 09/ 18
                 
 いつ頃に、柘榴がざっくり割れて、赤い実が見えるようになるのでしょう。

柘榴 20170918



高村光太郎の作品に、「柘榴」(大正13年〈1924年〉)があります。
高村智恵子の紙絵に、「ざくろ」〈昭和12年〈1937年〉頃)があります。

光太郎 柘榴 1924年 大正13 高村千恵子 紙絵 ざくろ 昭和12年






 ・・・人の痛みも 柘榴(ざくろ)のような傷口も・・・
 ~茨木のり子『倚りかからず』・筑摩書房刊~



苦しみの日々 哀しみの日々

                茨木 のり子


苦しみの日々

哀しみの日々

それはひとを少しは深くするだろう

わずか5ミリぐらいではあろうけれど


さなかには心臓も凍結

息をするのさえ難しいほどだが

なんとか通り抜けたとき 初めて気付く

あれはみずからを養うに足る時間であったと


少しずつ 少しずつ深くなってゆけば

やがては解るようになるだろう

人の痛みも 柘榴(ざくろ)のような傷口も

わかったとてどうなるものでもないけれど

   (わからないよりはいいだろう)


苦しみに負けて

哀しみにひしがれて

とげとげのサボテンと化してしまうのは

ごめんである


受けとめるしかない

折々の小さな棘や 病でさえも

はしゃぎや 浮かれのなかには


自己省察の要素は皆無なのだから



                 
        

虹  海  2017年9月3日

2017/ 09/ 03
                 

   虹

 喜びは分かつべくあらむ人びとの虹いま空にありと言ひつつ

             美智子皇后御歌  (平成七年)


   海

 何事もあらざりしごと海のありかの大波は何にてありし

            美智子皇后御歌  (平成二十三年)





                 
        

虫が鳴いている  虫の音

2017/ 08/ 30
                 
 虫の音  虫が鳴いている



 虫の音

虫の音の時折変る明日今日   津田喜美

虫の音に導かれたるしのび足  佐藤花枝

遠ざかる虫の音闇を深めけり  水原月吼




 

虫が鳴いている
いま ないておかなければ
もう駄目だというふうに鳴いている
しぜんと
涙をさそわれる


「虫」。八木重吉(1898.2.9-1927.10.26)の詩です。彼は29歳の若さで夭折しています。
 重吉の妻、とみ(冨美子・とみ子)は、1947年10月26日、吉野秀雄(1902.7.3-1967.7.13・65歳)と結婚しています。吉野秀雄もまた妻に先立たれての再婚でした。


 吉野秀雄は、1958年の『吉野秀雄歌集』(『寒蝉集』、『晴陰集』刊行と同年に、八木重吉詩稿『花と空と祈り』を選詩集として刊行しています。

 吉野秀雄の鎌倉アカデミア時代に、山口瞳(1926.11.3-1995.8.30・71歳)が彼のもとで学んでいました。
吉野秀雄と終生交流を持った山口瞳は、吉野没後、『小説・吉野秀雄先生』を著しています。


 山口瞳は、1958年、開高健(1930.12.30-1989.12.9・58歳)の推薦で壽屋(現・サントリー)宣伝部に入りました。
 PR雑誌「洋酒天国」の編集や、コピーライターとして活躍。ハワイ旅行が当たる懸賞のコピー「トリスを飲んでHawaiiへ行こう!」が代表作となっています。
 この壽屋・サントリー時代からの友人の柳原良平(1931.8.17-2015.8.17・84歳)は、山口の著書の表紙絵、挿絵の多くを描いています。

 「週刊新潮」で1963年から掲載された山口瞳の「男性自身」は、31年間1614回に及ぶシリーズとなりました。最終巻は『江分利満氏の優雅なサヨナラ』です。掲載期間中1回も休載のない、ギネス物のロングランシリーズとして特筆すべきものとなりました。

 1995年8月30日、山口瞳は71歳で他界しました。没後22年、きょうがその命日です。

 彼は、「男性自身」などで、
《人を傷つけたり殺したりすることが厭で、そのために亡びてしまった国家があったということで充分ではないか》
《もし、こういう(非武装の)国を攻め滅ぼそうとする国が存在するならば、そういう世界は生きるに価しないと考える》
と著述しています。




 洋酒マメ天国

  洋酒マメ天国 酒専科 31
     洋酒マメ天国 酒専科・女専科  31
        (表紙絵:柳原良平)



  洋酒マメ天国 全36巻 本棚付 

 全36巻。専用本棚付。発行所サントリー株式会社。

 ・12回配本.3年間完結.予約限定本。

 ・発行昭和42年12月30日~。

 ・3冊1セット/10cm×7cm×4cm(1冊/9.5㎝×6.6㎝×1.2㎝)

 ・専用本棚/33cm×30cm×8cm

  ※本・本棚のサイズは凡その目安程度。

                 
        

Addresses by His Majesty the Emperor

2017/ 08/ 15
                 
 天皇陛下のおことば

 全国戦没者追悼式
   平成29年8月15日(火)(日本武道館)

 本日,「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり,全国戦没者追悼式に臨み,さきの大戦において,かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い,深い悲しみを新たにいたします。

 終戦以来既に72年,国民のたゆみない努力により,今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが,苦難に満ちた往時をしのぶとき,感慨は今なお尽きることがありません。

 ここに過去を顧み,深い反省とともに,今後,戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い,全国民と共に,戦陣に散り戦禍に倒れた人々に対して,心から追悼の意を表し,世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。



 Address by His Majesty the Emperor on the Occasion of the Memorial Ceremony for the War Dead (August 15, 2017)

 On this Day to Commemorate the War Dead and Pray for Peace, my thoughts are with the numerous people who lost their precious lives in the last war and their bereaved families, as I attend this Memorial Ceremony for the War Dead with a deep and renewed sense of sorrow.

 Seventy-two years have already passed since the end of the war, and our country today enjoys peace and prosperity, thanks to the ceaseless effort made by the people of Japan, but when I look back on the sufferings and tribulations of the past, I cannot help but be overcome with deep emotion.

 Reflecting on our past and bearing in mind the feelings of deep remorse, I earnestly hope that the ravages of war will never be repeated. Together with all of our people, I now pay my heartfelt tribute to all those who lost their lives in the war, both on the battlefields and elsewhere, and pray for world peace and for the continuing development of our country.



                 
        

浅丘ルリ子 阿川佐和子のこの人に会いたい 第1175回  週刊文春 2933

2017/ 08/ 12
                 
  週刊文春 8月17日・24日夏の特大号『阿川佐和子のこの人に会いたい』。
 
  浅丘ルリ子さんが、随分と赤裸々に語っています。
  阿川佐和子さんが、上手な聴き手となっているからでしょうか。
  はてまた、いつのまにか、ルリ子さんが、それなりのお年頃になっていたからでしょうか。

  巷間、噂されていた当時のあれこれが、二人の間でそれ相応に交わされています。
  掲載は5ページ、あっというまに読了となりました。

  浅丘ルリ子さんは、現在放送中のドラマ『やすらぎの郷』に、石坂浩二さん、加賀まりこさんともども出演しています。
  ご存知、昔三角関係だった、三人の共演は、脚本家倉本聰さんあってのシナリオとなっています。

  《正直、嬉しかったですよ。共演するのは三十年ぶりくらいかな。三島由紀夫の『鹿鳴館』を市川崑さんが監督で撮って以来。そのときは兵ちゃん(註:「兵吉」=石坂さんの本名)とはまだ夫婦だったの。・・・》
  《・・・「ねえ、石坂さんがルリ子さんのファンで会いたいと言ってるんだけど」という話を持ってきたのはマリリン(註:加賀まりこ)なのよ。・・・》と、ルリ子さんが、当時の思い出話を語っています。

 小林旭さんとのエピソード、岡田眞澄さん(「一筆御礼」文中記載)とのことなども、興味をひかれましたが、何といっても、浅丘ルリ子さんの語る石原裕次郎さんの思い出話は、印象深いですね。
 例えば、渥美清さん本人と寅さんは、全くの別人だけど、裕ちゃんは、芝居をしていても、そうじゃない普段のときも石原裕次郎なの。とか言うところに、浅丘ルリ子という女優を感じました。
 ちなみに、裕次郎さんとルリ子さんの一緒の映画は37本を数えるそうです。
 (ところで、浅丘ルリ子さんは『男はつらいよ』に何回出演しているのでしたっけ。)

  阿川さんが、野際陽子さん(『やすらぎの郷』で、ルリ子さんと共演)の死に触れた中で、浅丘さんはこれまで親しくしてらした方をたくさんお見送りなさっていらっしゃるでしょう・・・・・・。と聞きます。
 ルリ子さんが答えます。《はい、たくさん。私は葬儀とか、そういう場には行きますけれど、おうちに何か思い出のものを置いたりとか、拝んだりとかは絶対しない。一緒に仕事をした人が死ぬのを認めたくないんです。》
と、こたえています。

  そういえば、浅丘さんは、市川崑監督の映画作品の中で、高倉健さんとも共演されていましたね。


  字数も長くなってきましたので、そろそろ幕引きをはかろうと思います。いまは故人となった人とのお付き合いの中で、浅丘さんと美空ひばりさんとのことを、阿川さんがさりげなく引き出していますので、そこのところを書き写して本日はお仕舞と致します。


 《阿川:ひばりさんのご主人だった小林旭さんとは、浅丘さんも昔、お付き合いされていたんですよね。
 浅丘:そう。それなのにひばりさんと旭さんが結婚したときに、二人のインタビューを私にやってほしいって雑誌からの依頼があって。「なんで私が!?」って思ったんだけど(笑)。
 阿川:ええー!! その仕事はお受けになったんですか?
浅丘:受けましたよ。ひばりさんはちょっと気にしてらしたみたいだけど。でも、ひばりさんが離婚されたあと、私は本当にひばりさんと仲良くさせていただいて。一緒にサウナに入ったこともありました。
 阿川:裸も見ちゃった仲なんですね。・・・ ・・・》


  
  高倉健(1931.2.16-2014.11.19・83歳)
  野際陽子(1936.1.24-2017,6.13・81歳)
  渥美清(1928.3.10-1996.8.4・68歳)
  石原裕次郎(1934.12.28-1987.7.17・52歳)
  美空ひばり(1937.5.29-1989.6.24・52歳)