小学校の「親子資源回収」

2017/ 10/ 23
                 
  10月21日の土曜日、朝から小雨が降っていました。
 
  回覧板で見た、「〇△小・親子資源回収」のお知らせでは、小雨の時でも・・・とありましたが、念のため、小学校に電話で問い合わせしたところ、「予定通り実施します。」との言葉が返ってきました。

  午前9時までに家の前に出しておくということでしたので、その5分前に、「新聞紙・折り込みチラシ」2袋、週刊誌2束、雑誌1束、そしてアルミ缶2袋を出しました。
 濡れないように、大型のビニール袋を、路面に敷き、そして資源類の上に被せました。

  9時半頃、外に出てみましたら、ビニール袋が扉の取っ手にかかっていました。



                 
        

 ワインの話し つづき・・・

2016/ 06/ 10
                 
 杉浦日向子さんの本のどこぞのページに書いてあった、ソバ屋の評価は4度足を運んでから口に出すように・・・というようなニュアンスの言葉を思い出しています。
 一度や二度ほど足を運んだからといって、ウマイマズイを決めつけないようにという、食べる側のたしなみの言葉と受け止めています。


 ワインは当たり年と外れ年があるそうです。
 チリ産の「サンタ・ヘレナ・アルパカ・カベルネ・メルロー」、昨夜初めて口にしましたが、期待の飲み心地から見事に外れていました。
 ○△×サイ。ひとことでいうとそんな感じの舌の感触でした。


 好みに合わなければお披露目することもありませんので、ソバはいつも食べ終わってからブログに載せていました。
 ワインも同様に、飲んだ後に載せるか載せないか判断すれば良かったのにな。と、反省しているところです。




                 
        

手打ちそば

2015/ 12/ 11
                 

 「ソバ」というと、杉浦日向子さんを思い出します。

 今、新潮文庫版の「百物語」を読み直しているところです。
 後掲「解説」のところで、高橋義夫氏は、「・・・日向子さんは絵筆をおいたと宣言されている。 すると、もはや『百物語』一篇を見おさめに、日向子流黄表紙は蔵にしまわれることになる。惜しむべし。といいたいところだが、御本人の決心が固いようだから、いたしかたない。ファンはこの文庫本を、形見おくりと思って、一生たいせつにしなければならない。・・・平成7年10月、作家」と述べています。
 彼女は、1958(昭和33)年11月30日に生まれ、2005(平成17)年7月22日になくなりました。ご存命ならば御年57歳となります。



 ―― たとえば、私たちは毎日その日の天候や行動内容によって最適と思われる服を選んでいるが、そんなふうに、ソバ屋を選ぶことが、真っ当なソバ客のたしなみであろう。 その日の気分にふさわしい店はきっとある。定番も冒険も、望みのまま。ただし、冒険の後に文句をいうときは、再訪する場合が鉄則。金輪際さようならなら、グチなしでさらり別れよう。 ――
と、日向子さんは「ソバ屋の客のたしなみ」で、おっしゃっています。
 《ソバ屋で憩う ―悦楽の名店ガイド101―新潮文庫 》

 ソバ屋の主が病気がちで、年内で店じまいするという話が、とある日の駅前の居酒屋での飲み会で出てきたこともあり、今までそれぞれ一度暖簾をくぐったソバ屋をあらためて再訪しようと思いたちました。
 勿論、今回は地元のソバ屋ばかりとなります。
 新そばの香りが鼻腔をくすぐるはずの師走のどこかの一日、あなたもソバ屋に出かけてみませんか。



                 
        

紅葉 もみぢ もみじ

2015/ 12/ 04
                 

 「紅葉」、「黄葉」、何れも晩秋(10月)の季語です。
 鮮麗な楓の類とはまた別に、「雑木紅葉」の、楢、櫟、欅などの紅葉(こうよう)も趣が深いですね。
 12月に入ってようやく紅葉(こうよう)に装いだしたお山の風情です。

 黄葉山紅葉揺らぐか風の音  むさしの想坊

①20151204もみじ

②もみじ20151204

③もみじ20151204

④もみじ20151204

⑤もみじ20151204

⑥もみじ20151204



                 
        

杉浦日向子さん 間もなく56歳の誕生日

2014/ 11/ 22
                 

杉浦日向子さん、まもなく56歳の誕生日


 鈴木順子さんが本名です。
 1958年(昭和33年)11月30日生れですから、ご存命ならまもなく56歳となるところですが、彼女は2005年(平成17年)7月22日、46歳で帰らぬ人となっています。
永眠されていつのまにか9年となっていました。

 日向子さんの一周期に合わせ、没後最初の単行本となった『杉浦日向子の 食・道・楽』が、2006年(平成18年)7月22日に新潮社より刊行されています。 
 
 「妹としての杉浦日向子」と題して、『杉浦日向子の 食・道・楽』の新潮文庫巻末に、写真家の鈴木雅也が、「杉浦日向子という作家の仕事と人柄について、まだ知らない方にも伝えられるような内容でと、原稿を頼まれました。何故かというと、私は彼女にとって、一人しかいない五つ年上の兄だからです。・・・」という書き出しから始まる文を載せています。

 ちょっと長くなりますが、兄としての妹の文章を思い遣る気持ちが、この中に凝縮されていますので、最後までお付き合いください。

 『 ・・・ ・・・ 妹の漫画の熱烈なファンでもあった私ですが、彼女の書く文章も日向子らしさにあふれていて、軽妙で分かりやすく上手いと思います。ただ正直この本の読み始めはちょっと説教臭い。目線が少し高いことも気になります。江戸時代からやってきて、古き良き気質を尊び、少々頑固な知識人である「杉浦日向子」だったらこう書くのではと、少し無理をしているところがあると思いました。それはそこまでして、今までの自分の経験したことや、人生を言いたい時期だったから、かもしれません。そのことが昔、妹が幼稚園の門をくぐるときに被っていた「ネコ」〈※〉を私に思い出させました。メタファー(隠喩〈いんゆ〉法)としての「それ」は、彼女を落ち着かせるためにはとても大切なものなのです。その中でならば、外の世界に対しての立ち振る舞いや言動、本心までもが滑らかに出せるということを三歳の時から自然に分かっていたのでしょう。

 そう思って読み進めると、だんだんかぶっているものが気にならなくなり、素顔の妹がみえてくるのが分かります。今まで折に触れ考えてきたこと、楽しかったことやうれしかったこと。愛情をかけた動物や様々なものたち。どういうふうに暮らしてきたのか、どんな風に生きたいのか、活きたいのか、エッセイやフィクションの中でのその声は等身大の大きさで今までになく、近くに聞こえてきます。しかもなるべく明るく可愛く、「こんな私ですけど、みなさん。分かりますよね!? 」と、私を好きになってほしいという気持ちが伝わってきます。だから「杉浦日向子」らしくない本だと言う方もいると思いますが、私にとっては、賢く器用に楽しくやっているように見えていたのに、実は相当不器用にアッチャコッチャと懸命に生きていた「私の妹」を感じさせ、愛(いと)おしくなる一冊です。
 (2008年12月、写真家)
 
 《「ネコ」〈※〉:「・・・ 幼稚園に入るまでの妹は、とにかくよく泣く子で、何か気に入らないことがあると、どこにこんな量が入っているのかと思うほどの涙をふきだしながら泣くのです。だから両方のほっぺたはいつも真っ赤なりんごのようになっていました。これでは三年保育の幼稚園に入れたら、さぞかし大変だろうと思っていたところ、幼稚園の門をくぐった途端に、とても優秀な園児に変身を遂げて、また家族をビックリさせて、「内弁慶のネコかぶり」と、いわれていました。 ・・・」
のことを指すと思われます。》


杉浦日向子の 食・道・楽 新潮文庫