芭蕉句碑 木曾三社神社

 枯枝にからすのとまりけり
  秋の暮

天保7年(1836年)9月

芭蕉句碑 木曾三社神社 20170102

 〈※〉藍沢無満(あいざわむまん.1774年~1864年)の書。前橋市上小出に生まれ、国学・漢学・俳諧・書道に足跡を遺す。


〈碑陰〉高梨宣信句

 稲の香の来たり神風
   松の風

 天保7年建立
 木曾三社神社
 神官高梨宣信


 〈※〉『木曾三社神社』〈木曾三社神社発行パンフレット(21cm×10cm.三面見開きにすると両面21cm×30cm)による。〉(発行年月日は未記載)
木曾三社神社パンフレット

 ①社殿
 ②手水舎と祓殿
 ③御腰掛石と箱田伝説
 ④木曽遺臣像
 ⑤稲荷神社(おいなりさま)
 ⑥滝不動尊(不動明王)
 ⑦厳島明社(神社)
 ⑧湧玉
 ⑨セキショウ群
 ⑩旭の滝
 ⑪筆子の石宮
 ⑫末社の石宮(菅原・神明・八幡・愛宕神社など)
 ⑬猿田彦大神
 ⑭芭蕉句碑
 ⑮「瀧之宮」の額(拝殿の前面)
 ⑯畔田清綱の歌額(拝殿の前面)
 ⑰歌碑



木曾三社神社 20170102 神社と滝

木曾三社神社(きそさんしゃじんじゃ・木曽神社)
   渋川市北橘町下箱田1番地

・祭神 須佐之男命〈すさのおのみこと〉(素戔嗚尊)〈疫病退治の神〉
    彦火火出見尊〈ひこほほみのみこと〉(日子穂々手見命)〈山の幸の神〉
    宇気母智命〈うけもちのみこと〉(保食神)〈食物の神〉

・例祭日 1月1日(歳旦祭)、2月第3日曜日(記念祭)、4月15日(例祭)、
     6月第4日曜日(夏越祭)、10月15日(例祭)、
     11月第3日曜日(新嘗祭)、12月第3日曜日(大祓祭)

・由緒 
平安時代の末、寿永3年(1184)木曾(源)義仲が戦死した後、その遺臣達がこの地に逃れ、義仲が崇敬していた信濃(長野県)の延喜式内社である岡田・沙汰・阿礼の三社を勧請して創建したので木曾三社神社という。
以来、室町時代には関東管領上杉氏や白井城主長尾氏、江戸時代には前橋城主酒井・松平氏、明治以降皇族の崇敬が篤かった。
昨今は病気平癒祈願の参拝者が多い。2,4ヘクタールの境内は大木が茂り、清水が湧きいで、セキショウやワカナシダの群落があり、群馬県の自然環境保全地域や自然探勝路に指定されている。旧県社。

・境内社 稲荷神社、菅原神社ほか10社

・神事 人形流し(夏越祭・大祓祭)

・宝物 神主免許場状(市指定重要文化財)ほか三十数点

木曾三社神社 正面 20170102 ⑥
 

 芭蕉句碑は、このあと義仲寺の二つの句碑を訪ねる予定です。










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木曽三社神社 初詣  泉湧玉瀧の宮

 このところの初詣は元旦ではなく、二日か三日の日となっています。
 
 昨年続けてテレビで放送された赤城山麓の風景の一コマに、木曽三社神社の境内も映し出されていました。
 それらのテレビ放映以降、木曽三社神社に参拝する人は多くなったとの由、伺いました。

⑮ 木曽三社神社 幟 20170102

 私が初詣に木曽神社の鳥居をくぐったのは二日の午後ということもあり、境内は静謐の中にありました。
 こんこんと湧き出る水は 「湧玉(わくたま)」と呼ばれ、一つの勢いのあるせせらぎとなります。その流れはまもなく小さな滝となり、そして分散した清流は湿地帯をかたちづくり、境内のそこかしの植物たちに息吹を与えながらその先を利根川まで運んでいます。

 ここ北橘村(きたたちばなむら・現渋川市)に、郷土かるたが今に伝わっていますが、そのいろはのいが、湧玉の木曽三社神社をうたっています。

橘陰(キタタチバナ)郷土(ムラ)かるた ㋑「泉湧玉瀧の宮」
郷土かるた 外函

郷土かるた 泉湧玉瀧の宮 -3-

 
 偶々私も見た日曜日の朝の番組から、その「湧玉」のことをお伝えしておきたいと思います。

《NHK 小さな旅 (2016年11月6日〈日〉)

 清き玉湧きいずる ~群馬県赤城山麓~

 《赤城山の麓に向かい広がる山の裾野。標高200~500メートル一帯では、あちこちに泉が湧き出しています。数十年前に降った雨が火山岩に浸透した伏流水です。地中の空気とともに湧き出てくるこの泉を、地元の人たちは「湧玉(わくたま)」と呼び、親しんできました。湧玉の水は、室町時代に建設された専用水路に引き込まれ、涸れることなく、今も山麓の田畑を潤しています。》

①湧玉 20170102

 ~旅人・山田敦子アナウンサーより~
 《「湧玉(わくたま)」。赤城山麓では、ふつふつと湧き出る泉をこう呼びます。きれいな呼び名ですね。その「湧玉」の一つを、木曽三社神社に訪ねると、本殿は道路からはるか下。

⑤ 木曽三社神社 20170102

 何十段もの石段を下った先の境内は緑に包まれ、まるで「もののけ姫」の世界。そして奥まったところにありました。
  美しい水が、水底からまあるく湧き出る水は小さな滝となってしぶきをあげ、せせらぎとなって境内を走り出ていきます。

⑯ 湧玉 20170102 木曽三社神社境内

⑪ 木曽三社神社境内 湧玉 20170102

③瀧 20170102

⑫ 木曽三社神社境内 清流 20170102

 人々の喉をうるおし、稲を育て、おいしいお酒を醸す「湧玉」。
 赤城おろしの風の里は、豊かな湧水の里でもありました。》



 木曽三社神社

〈由緒〉
 元暦元年(1184)、木曽義仲が滋賀県の粟津で源義経に討たれた後、その遺臣であった今井・高梨・町田・小野沢・萩原・串渕・諸田等が、義仲が崇敬した信濃国(長野県)の延喜式内社である筑摩郡の三座「岡田・沙田(いさごだ)・阿礼神社」を、この地に勧請して創建したと伝えられるのが木曽三社神社です。滝の宮・木曽明神とも称されています。
 その後は関東管領上杉氏や、白井城主長尾氏、歴代の前橋城主の崇敬が厚く、神田(しんでん)の寄進や社殿の修復等が行われました。
 寛政元年(1789)に火災にあい、同6年(1794)に再建、さらに明治20年代に大修復をしています。
 明治29年(1896)には、県社に列せられましたが、昭和21年(1946)の法令改正に伴い社格を改正され、現在は神社本庁の所管となっています。
 境内には本殿(間口1間、奥行1間半)、拝殿(間口3間半、奥行2間)、幣殿(間口1間半、奥行2間)があり、湧玉の清泉やセキショウ群落を中心とした全域が、群馬県環境保全地域に指定されています。

 〈祭神〉
 須佐之男命(すさのおのみこと)、彦火火出見命(ひこほほでのみこと)、豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、宇気母智神(うけもちのかみ)

 〈例祭〉
 4月15日・10月15日

 所在地 渋川市北橘町下箱田1番地

              渋川市教育委員会

⑩ 木曽三社神社 20170102







木曾三社神社・パンフレット -10〈3/3〉-

 

   筆子の石宮   (筆塚)―左から2番目
 今井善兵衛兼明により、同地区に小学校が開校されるまで寺子屋がひらかれた。そこで学んだ生徒が奉納した。
⑪筆子の石宮(筆塚) 木曾三社神社



   末社の石宮 (菅原・神明・八幡・愛宕神社など)
⑫末社の石宮 1/2 木曾三社神社  ⑫末社の石宮 2/2 木曾三社神社




  猿田彦大神
 天孫降臨の際に先頭に立って道案内した神
 交通安全の神
⑬猿田彦大神 木曾三社神社



  芭蕉句碑
 天保7年(1836)9月
枯枝にからすのとまりけり
 秋の暮

(裏面) 高梨宣信の自句
稲の香の来たり神風
 松の風
天保7年建立
木曾三社神社
 神官高梨宣信

藍沢無満(あいざわむまん)(一七七四~一八六四)の書。前橋市上小出の人
国学・漢字・俳諧・書道
⑭芭蕉句碑 木曾三社神社




  「瀧之宮」の額 (拝殿の前面)
戸井田(といだ)研斎(幕末~明治初年)
謹厳なる書体
かっては、各所に湧水が滝をおりなしていたので、このように呼ばれた。
⑮「瀧之宮」の額 木曾三社神社



  黒田清綱の歌額 (拝殿の前面)
群馬県々社木曾神社境内に
湧出る水稀世の清泉なり

 みやしろのみかきのうちにわく水の
 清きや神のこころなるらん
        (従二位源清綱)

 徳富蘆花が愛子夫人と当社を参拝し、夫人はとてもこの歌に感銘したという。
⑯黒田清綱の歌額 木曾三社神社



  歌碑
 (貞宮)多喜子内親王の上野の勢多なる下箱田村の県社に檜幾本を寄附したる時そふる歌とて

うゑし木も神のちきのや深からん
木曽の山路の苗木那勢波
       正三位 源 素彦
⑰歌碑 木曾三社神社



 この碑はどういうものでしょうか。人名などが書いてある個所などは判読できるのですが・・・
木曾神社境内石碑その1













木曾三社神社・パンフレット -10〈2/3〉-

  滝不動尊 (不動明王)
 大日如来の命令によって、悪魔や煩悩を滅ぼすたねにあらわれた明王を祭る、滝の守り仏でもある。
⑥滝不動尊(不動明王)・木曽三社神社


  厳島明社 (いつくしま・神社)
 市杵島姫命(いちきしまひめみこと)を祭り、湧玉の守りの神
↓「パンフレット」の写真デス
⑦いつくしま明社(厳島神社) 木曾三社神社 ⑦-2湧玉の守りの神〈厳島明社〉


  湧玉
 赤城山嶺で最大の湧水で、澄んだ水が砂を巻き上げる湧水口は数か所あり湧水地をっつくっている。
 渋川市の下箱田から八崎に至る利根川を宮内省の御用鮎の漁場と定め、境内の湧水を明治41年(一九〇八)に宮内省御用生洲として、鮎をここで清め、天皇に献上していた。
⑧湧玉・木曾三社神社


  セキショウ群
 湧玉は小川と湿地帯をつくり、その湿地帯には多種多様な植物が自生し、特に日本でこの地で最初に発見された「ワカナシダ」やショウブの一種で地下茎が漢方薬に使用される「セキショウ」の群落となっている。
⑨セキショウ群・木曾三社神社


  旭の滝
 清水が美しい滝をなしている。そのためか「滝の明神」とも呼ばれている。
 この滝をみつめていると、なやみが自然と解消され、心が洗われるといわれている。
⑩旭の滝 木曾三社神社





木曾三社神社・パンフレット -10〈1/3〉-

 「木曾三社神社 パンフレット」は、発行日、発行所、発行者の記載がありません。
 昨年頂戴しました。
 このブログに載せるパンフレットの内容は、校訂前のものか、校訂後のものか、ちょっと気にかかっています。
 もし、完成版でなかったらゴメンナサイ。


①  社殿
 寛政元年(一七八九) 社殿が全焼
 寛政6年(一七九四) 本殿を再建
 明治4年(一八七一) 拝殿を再建
創建
 平安時代の末、木曽義仲が砺波(富山県)倶利伽羅峠(くりからとうげ)戦で平家を討って入京してから、後白河院と反目し、院の命令により源義経と源範頼に寿永3年(一一八四)に近江国(滋賀県)の粟津で討たれた後、その遺臣達(今井・高梨・町田・小野沢・萩原・諸田・串渕)らが、木曽義仲の崇敬していた、信濃国(長野県)の延喜式内社である岡田(おかだ)神社(松本市)・沙田(いさごだ)神社(まつもとし)・阿礼(あれ)神社(塩尻市)の三座を勧請して創建したので木曾三社神社と言う。
祭神
 須佐之男命(すさのおのみこと)〈素戔嗚尊〉――武軍、疫病退治の神
 彦火火出見命(ひこほほでみのみこと)――山の幸の神
 宇気母智命(うけもちのみこと)――食物の神
木曽三社神社・社殿①


  手水舎と祓殿
手水舎
 手を洗い清める
祓殿
 罪や穢(けがれ)をお祓いする
木曽三社神社・手水舎と祓殿②


  御腰掛石と箱田伝説
 木曽義仲が討たれた後、遺臣達は木曽谷にのがれていたが、源頼朝の詮議がきびしくなって来たので、三社の神官の高梨南学院は、"この神を東方の安全な地に遷せ"という神託を受け、御神体を七重の箱に納め、東国へと旅立ち、山中の清い泉の所に着いた。
 そこにあった石に箱を置き、休憩をとり、出発しようとしたが、箱は石に固くついて動かなくなった。住民達が怪しんで「この箱は何か」とたずねると「只の箱田」と答えたので、この地を箱田と呼ぶようになり、この地に社殿を建てたという。
木曽三社神社・御腰掛石と箱田伝説③


  木曽遺臣像
 御神体を背負って来た、神官の高梨南学院の石像
木曽三社神社・木曽遺臣像④


  稲荷神社 (おいなりさま)
 稲または農耕をつかさどる倉稲魂神(うかのみたまのかみ)〈御饌神〈みけつかみ〉)を祭る。
 富をもたらす神である。
木曽三社神社・稲荷神社⑤







プロフィール

むさしの想坊

Author:むさしの想坊
 これから何が飛び出してくるのでしょうか。ひきだしの奥にしまっていたものと合わせ、足跡を綴っていきたいと思います。
 昨日は金環日食をみることが出来ました。
・東京スカイツリー開業日の2012年5月22日記。

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