ミラノからフィレンツェへ

 ミラノとローマの中間に位置するフィレンツェは、ミラノの南方約300Kmのところにあり、36万人ほどの人口を持つ、中世の面影を残す都市です。 
 「イタリアの旅」の行き先の一つとして、ミラノからローマに向かう場合、フィレンツェの街並みは欠かすことが出来ません。
 イタリア統一後の1865年から1871年の間、フィレンツェにイタリア王国の首都がおかれました。

 ミラノからフィレンツェへ、ユーロスターで、最速で2時間45分ほど(~3時間弱)の旅程。イタリアは鉄道網が発達しているので、都市間の移動は専ら国有鉄道を利用したとのことです。
イタリアの鉄道 ⑨
 フィレンツェに到着 2014年6月23日

「花の都」としても名高いフィレンツェは、今もルネッサンスの華やかな雰囲気が残り、ルネッサンスを開花させたメディチ家の紋章(百合の花と丸薬)をいたるところで見かけます。中世からルネサンス期にかけて、フィレンツェはヨーロッパの商業・金融の重要な中心地のひとつで、文化の中心としても発達し、美術、建築の傑作が数多く残されています。

フィレンツェ ①20140623
 フィレンツェの街並み 2014年6月23日
 奥に見えるのが、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂( Cattedrale di Santa Maria del Fiore)「花の(聖母)マリア」。
 キリスト教・カトリックの教会。フィレンツェの大司教座聖堂であり、ドゥオーモ(大聖堂)、サン・ジョヴァンニ礼拝堂、ジョットの鐘楼の三つの建築物で構成されています。


アルノ川が、市の東西に流れ、情緒ある景観を醸し出しています。
川の北側は街の中心地です。美しいクーポラのドゥオーモとジョットの鐘楼、市庁舎であるヴェッキオ宮、ボッティチェッリの作品でお馴染みのウフィツィ美術館、メディチ家ゆかりのサン・ロレンツォ教会、ミケランジェロも眠るサンタ・クローチェ教会、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会があります。アルノ川南には広大なボーボリ庭園を持つピッティ宮(パラティーナ美術館)、サント・スピリト教会、フィレンツェの街が一望できるミケランジェロ広場など、歴史に刻む数々の施設が、訪れる人々の心を惹きつけてやみません。



6月23日(月) 
 ミラノからフィレンツェへ移動
 フィレンツェ観光(ドゥオーモ、礼拝堂、ポンテベッキオ、ジョットの鐘楼)
  
6月24日(火) 
 フィレンツェ観光(ウフィツイ美術館)
 フィレンツェからローマへ移動 

6月25日(水) 
 ローマ観光 

6月26日(木) 
 ローマ観光
 ローマからパドバへ移動 

6月27日(金) 
 パドバ滞在

6月28日(土) 
 ベニス発 (マルコポーロ空港)







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ミラノ終章:サンタ・マリア・ナシェンテ:Santa Maria Nascente  


サンタ・マリア・ナシェンテ:Santa Maria Nascente(生まれつつある聖母)が、 ミラノのドゥオーモ:Duomo di Milanoの正式名称です。
 イタリアでは珍しい高い尖塔が何本も聳えたつゴシック様式の大聖堂は、北イタリアの雰囲気をよく伝えています。 
天を刺すばかりに聳えたつ尖塔数は135本を数えます。一番上に見えるマドンニーナ:Madonnina と呼ばれる金色マリア像は、 地上からの高さ108.5mにあります。  

ミラノ ドゥオーモ⑪
 ミラノのドゥオーモ 2014年6月23日

ミラノ ドゥオーモ⑫
 ミラノのドゥオーモ 2014年6月23日

ミラノ ドゥオーモ⑬
 ミラノのドゥオーモ 2014年6月23日

ミラノ ドゥオーモ⑭
 ミラノのドゥオーモ 2014年6月23日
    
  《 ドゥオーモ内では、「写真撮影禁止」となっていますが、入り口から入って、左横近くに受付があり、そこで2ユーロを払うと、カメラに紙リボンをつけてくれ、写真撮影が許可されます。気がつくのが遅く、「後の祭りとなりました」とのこと。》


 ミラノを後にして、フィレンツェに向かいます。




ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世

ミラノのガッレリア

 ミラノを象徴する美しいアーチ型ガラス天井のガッレリア(アーケード)は、「ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世」という名称がつけられています。
 4階建てのガッレリアには、カフェ、レストラン、ブックショップなどは勿論のこと、有名なオートクチュール店や、高級ファッションブランド店(グッチ、プラダ、ルイ・ヴィトンなど)が、店を連ねている、人気スポットです。
 2つのアーケード(8角形の建物に2つのアーケードが交差する)に覆われ、ミラノドゥオーモ広場と、ミラノスカラ広場へ通じています。

ガッレリア入口
 ガッレリア入口 (2014年6月22日)



ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世

ヴィットリオ・エマヌエーレ2世像
 騎乗のヴィットーリオ・エマヌエーレ2世像  (2014年6月22日)

(Vittorio Emanuele II di Savoia、1820年3月14日 - 1878年1月9日)は、サルデーニャ王国の最後の国王(在位:1849年 - 1861年)、のちイタリア王国の初代国王(在位:1861年 - 1878年)。サルデーニャ王カルロ・アルベルトとトスカーナ大公女マリア・テレーザ・ダズブルゴ=トスカーナの長男としてサルデーニャ王に即位する。父から引き継いだイタリア統一戦争に終止符を打ち、リソルジメントを成し遂げたことから、王国の国父( Padre della Patria)と呼ばれた。
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世は統一イタリアの象徴として国民から敬愛され、王の頭文字 "VERDI"(Vittorio Emanuele Re d'Italia, ヴィットーリオ・エマヌエーレ・レ・ディタリャ、 イタリア王ヴィットーリオ・エマヌエーレ)と呼ばれた。奇しくもイタリア・ロマン派の音楽家ジュゼッペ・ヴェルディの名前と合致したことから、統一戦争の頃には両者を讃えて「"viva! verdi!"」の言葉がイタリア全土で流行した。
〔「ウィキペディア」による〕

スカラ座

 「スカラ座」で検索したら、出るは出るは、スカラ座のオンパレードです。改めて、「ミラノのスカラ座」で検索し直してみました。


 ミラノのスカラ座

ミラノのスカラ座①
 ミラノ・スカラ座 2014年6月22日

 
 「ミラノ・スカラ座」 AMO ITALIA 公式ページ
 イタリアン・オペラの最高峰、ミラノ・スカラ座
「神々への賛辞のための音楽」そう呼ばれるのがここイタリアで生まれたオペラ。
それがここミラノで行われる場所が中心地からほど近い世界的にも有名な「スカラ座」。荘厳な建物の前にはレオナルド・ダ・ヴィンチの像が置かれ、まるで毎晩の公演をひっそりと見守っているかのようだ。
ミラノには世界中から多くのダンサーやオペラ歌手がここ「スカラ座」で公演することを夢見てやってくる。しかしこの「スカラ座」の舞台に立てるのはごく限られたアーティストだけだ。まさに現代ヨーロッパの光と闇。それが舞台という装置を通して劇場に木霊する。ファッションの街「ミラノ」というイメージだが、ここでは世界でもトップクラスの質の高いオペラやダンスを堪能することができる。
またイタリアではオペラは公共の場であり、それなりの格好を求められるが最新のファッションに身を包んだミラネーゼ達と一緒に音楽に身を浸し、ミラノでのロマンティックなオペラ体験に酔いしれるのもイタリアならではの贅沢と言えるだろう。
スカラ座博物館も見学できます
スカラ座は第二次世界大戦の時に一度壊れてしまい、現在の建物は1984年に再建された。建物の外観よりもその内部の豪華さや劇場の美しさをぜひ堪能してもらいたい。残念ながらオペラを見る時間がないという方には「スカラ座博物館」もあり、内部を見学できるようになっている。オペラのチケットは地下鉄駅「ドゥオーモ」内にインフォメーションオフィスがあり、そこで購入できる。

 ミラノ・スカラ座 年間公演日程
 スカラ座・年間公演日程 2014年6月22日


 レオナルド・ダ・ヴィンチの像
 レオナルド・ダ・ヴィンチ像 2014年6月22日


「ミラノ・スカラ座」 世界大百科事典 第2版の解説
スカラざ【スカラ座 Teatro alla Scala】
 イタリアの歌劇場。収容人数3600。1778年皇太后マリア・テレジアの下命により,ミラノのサンタ・マリア・アッラ・スカラ教会の跡地に建設されたことから命名された。サリエリのオペラ《見知られたエウローパ》(1778)で幕を開けた。19世紀末から20世紀初めにかけて,ベルディの《オテロ》(1887)や《ファルスタッフ》(1893),プッチーニの《蝶々夫人》(1904)など今日イタリア・オペラの古典的名作とされる数々の作品がここで初演されている。








ドゥオーモ

〈ミラノ大聖堂 Milan Cathedral (Duomo)〉


ミラノ⑤
 2014年6月22日 ドゥオーモ

ドゥオーモに行ったら、広場から見上げるだけでなく、屋上まで足を運びたいものです。
その容姿は、全長158m、翼廊の幅93m、全高108.5mの世界最大級のゴシック建築で、 聖堂としてはローマのサン・ピエトロ寺院に次いで2番目の1万1700㎡の広さを誇る壮大な建物です。内部は、52本の巨大な石柱が並び、ゴシック建築そのものの厳かな雰囲気が漂っています。135本の尖塔、2245体の彫刻との融合美はまさに圧巻の一言です。

屋上までは、階段を使うか、エレベーターを使います。屋上昇降口は、9:00~17:20までの間、利用出来ます。エレベーターは10ユーロ、階段を上り下りしても、5ユーロの料金が必要です。
 
着工されたのは1386年でしたが、度重なる戦火で何度も中断され、最後に残った西正面部が完成したのは1813年です。イタリアを征服したナポレオンが突貫工事を命じて、ようやくにして大聖堂の機能を有する建物としました。
その後も、引き続き19世紀を通じて、尖塔と全ての装飾の仕上げが行なわれました。
建築の最後を飾ったのが、「尖塔」です。実に着工後500年経って、ドゥオーモが完成したのでした。



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むさしの想坊

Author:むさしの想坊
 これから何が飛び出してくるのでしょうか。ひきだしの奥にしまっていたものと合わせ、足跡を綴っていきたいと思います。
 昨日は金環日食をみることが出来ました。
・東京スカイツリー開業日の2012年5月22日記。

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