古墳群ガイドツアー 彩の国埼玉県 行田がんこそば 寒晒蕎麦

 《我が国最大の円墳として知られる丸墓山古墳や国宝「金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)」の出土した稲荷山古墳を中心に、埼玉(さきたま)古墳群を学芸員が分かりやすく解説し、公園内をご案内します。》

④さきたま古墳群ガイドツアー 2013年5月6日
 (稲荷山古墳から丸墓山古墳を眺める:2013年5月6日 さきたま古墳群ガイドツアー)


 川里生涯学習センターで見つけた埼玉県立さきたま史跡の博物館「古墳群ガイドツアー」です。


 4月1日(土)、4月5日(水)と既に終わっている日もありましたが、今後の日程を見ると4月29日(土・祝)、5月7日(日)、9月16日(土)とまだ3回あることが判りました。
 11月3日(金・祝)は、古典の記念事業「万葉歌碑を巡る」もプランニングされています。

 各日(雨天中止)、14:00~15:00開催です。それぞれさきたま史跡の博物館入り口前で13:30で受付開始(先着30名)となっています。
 参加費は無料ですが、さきたま史跡の博物館に入館する場合は、観覧料(一般200円、高校生・学生100円、中学生以下、障害者手帳をお持ちの方〈付添1名含む〉は無料)が必要となっています。
 ※ツアー中止となった場合は、さきたま史跡の博物館内で、「鉄剣ガイドツアー」を開催します。

②さきたま古墳群ガイドツアー 20130506
 (2013年5月6日:さきたま古墳群ガイドツアー)


 「埼玉県立さきたま史跡の博物館」での、今年開催のガイドツアーまだまだありますので、引き続きご案内致しましょう。


③さきたま古墳群ガイドツアー 20130506
 (2013年5月6日:さきたま古墳群ガイドツアー)


◇「古墳キッズガイドツアー」:7月8日(土).〈予備日7月9日(日)〉


 ⑤ 20130506 さきたま古墳群ガイドツアー
 (2013年5月6日:さきたま古墳群ガイドツアー)

◇「史跡探訪」《行田市内の古墳と埼玉古墳群を歩いて巡ります。古墳の歴史や概要について、学芸員が分かりやすく解説します。》
 ⁂5月27日(土) 行田市埼玉古墳群と周辺古墳を訪ねる(1日)
 ⁂12月2日(土) 行田市内の古墳を訪ねる(半日)
 ・当館前に集合・解散
 ・受付:開催日1か月前の月初めより、電話にて受付(9:00~.☎048-559-1181)。当日参加不可。
 ・中学生以上対象・先着20名まで
 ・参加費:100円(参加する際の保険料です。)
 ・雨天決行
 ・5月27日は、各自で昼食


⑦ 20130506 さきたま古墳群ガイドツアー
  (2013年5月6日:さきたま古墳群ガイドツアー)


 と、体力維持にももってこいなプランがおりふしにあわせ設けられていますね。
  外に出て歩くきっかけづくりにでもできますよ。

⑧ 2013年5月6日 さきたま古墳群ガイドツアー
   (2013年5月6日:さきたま古墳群ガイドツアー)


 「埼玉県立さきたま史跡の博物館」
 〒361-0025 埼玉県行田市埼玉4834
 ☎ 048-559-1181




 ~~昼食のおすすめスポット・その1~~

さきたま古墳公園から車で5分もかからないところ(行田古代蓮の里近く)に、手打ちそばのお店があります。
その名は「行田がんこそば」。
今では時折、勤めていた会社のOB会役員会の帰途などに、昼食時に立ち寄っていますが、一昔前は、「・・・がんこそば」という看板に恐れをなしてガイド表示に記されている道の先に入っていくのを躊躇っていました。
 が、「がんこ」というのは「十割そば」ということが判ってからは、ニ八や、季節に合わせたそば(「ゆずきり」、「寒晒〈かんさらし〉)をたのしむようになりました。
 月曜定休で、午前11時開店。そばなくなり次第その日はお仕舞いとなっている、ご夫妻二人で営んでいるお店です。
なお、「寒晒そば」は、5月の連休頃までお品書きに載っているそうです。

寒晒しそば 2014年3月30日・日
  (寒晒しそば 2014年3月30日〈日〉)

 《寒晒(かんさらし)そばとは、秋に採れたそばの実を袋に入れて、厳寒期(大寒から立春まで)の冷たい清流に浸してから、天日と寒風で晒し乾燥させて、製粉した粉で打ったそばです。
 江戸時代信州髙遠藩が、[暑中信州寒晒蕎麦]として将軍家に献上した記録が残っています。
 幻の味をぜひご賞味下さい。》

行田がんこそば 寒晒しとがんこ 2015年3月29日(日).
 (寒晒し〈右〉とがんこ〈左〉 2015年3月29日〈日〉)


「行田がんこそば」
埼玉県行田市小針2606
tel 048-559-2951
11:00~(なくなり次第終了) ※私が行った時の日曜日は午前11時に「開店」のボードが掲げられました。何れにせよ11:30にはオープンしていると思います。
定休日:月曜日(たまに火曜日休み.念のための☎おすすめ…)









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行田市忍川の春 2017年4月

  熊谷市市街地の星川通りに沿って、川が流れています。
  鎌倉町の星溪園前で地上に現れた地点から星川と呼ばれている人工水路です。
  両岸は星川通りとして整備されていて、藤井堰など農業用水の取水施設もあります。

  その星川が東北東に進み、国道17号の下に潜って行田市に入り、一級河川忍川となります。
 このあたりから自然河川の雰囲気を漂わせはじめた川は、行田市市街地の西までほぼ真東に流れていきます。
 この間平戸用水・衣川用水等の流末を左岸に合わせ、右岸から杣殿用水等が分かれます。そして、行田市市街地を巻くように大きくカーブし、行田市駅・東行田駅間の中間地点で酒巻導水路と合流して、秩父鉄道・国道125号を潜って東南へ転じます。

 行田市市街地を抜けた後は、ほぼ真南へ流れていきます。

  (行田市忍川の桜〈2017年4月7日〉)
⑯忍川の桜 20170407


 すぐ東側を武蔵水路が並行しています。
 武蔵水路と最も近接する野合橋下流左岸に佐間水門があり、増水時には忍川の一部が武蔵水路に放流されます。

 鴻巣市に入り、武蔵水路が元荒川を伏せ越す地点のすぐ上流で、元荒川左岸に合流する川となっている、忍川です。










さきたま古墳公園の春 2017年4月

 4月5日、さきたま古墳公園の桜です。見頃は、もうちょっと先でした。

 facebookの友だちの一番多かった桜の写真が、さきたま古墳公園の丸墓山古墳の桜でした。
 皆さん、見頃、撮り頃を良く知っていらっしゃいます。

④さきたま古墳公園

③さきたま古墳公園の桜20170405

②さきたま古墳公園の桜

①さきたま古墳公園20170405




 今年の春は、あちこちに花見に行ったというか、写真を撮りに行きました。このあと、記録という意味も含めて、数カ所で撮った写真をアップしたいと思っています。









武蔵国 前玉〖幸魂〗神社(さきたまじんじゃ)  埼玉県名発祥の地

 先日、前玉神社を久しぶりに訪れました。
 家猫が二匹出迎えてくれました。

さきたま神社猫①.

さきたま神社猫.②

さきたま神社猫④.さきたま神社猫⑤


 前玉神社本社に上る階段の手前左右に、1697年(元禄10年10月15日)、当神社の氏子たちが所願成就を記念して奉納した、高さ180センチメートルの2つの燈籠があり、それぞれにこの地を詠んだ万葉集の歌、「小崎沼」と「埼玉の津」が刻まれています。

石灯籠二基

 行田市教育委員会〈平成23年(2011年)〉による説明文には、《・・・この石灯籠は『万葉集』に納められた歌の歌碑としては、全国的にみて非常に古いものになります。江戸時代には『万葉集』の研究が盛んになり、関心も高まっていました。そうした中でいち早くこの歌碑を建立した当時のこの地域の人々の文化的水準の高さと、江戸時代の『万葉集』への関心の高さがうかがえる貴重な文化財と言えるでしょう。》と記されています。
 以下、「前玉神社」公式サイトより、お伝えしていくことにします。


◇右側「埼玉の津」の碑 :巻十四 三三八〇
 『佐吉多万能  津爾乎流布禰乃  可是乎伊多美
 埼玉(さきたま)の 津(つ)に居(を)る船の  風をいたみ

          都奈波多由登毛  許登奈多延曽禰』
          綱は絶ゆとも  言(こと)な絶えそね

 ※ 訳 ・・・
 埼玉の渡し場に停まっている船の(船を留めておくためのその)綱が、烈しく吹く風のために切れることがあっても、私たちの恋は切れて絶えないでおくれ(例え二人は逢えずとも、決して心伝える便りは絶やさないで下さい)。
 ※ 解釈・・・・・
 現在の行田市下中条のあたりが詠まれた地である。利根川の流路の船着き場であり、下総の国府から来た水路でかなり賑わいがあったと思われる。現在の行田市も、利根川土手あたりをはじめ赤城颪(おろし)のように烈しく風が吹く。
 北風の強いときは自転車を漕いでも、風に向かうと全然進めないくらいである。そのことを考えると烈しく吹く風の中で揺れたり激しく船に叩きつけられている「もやいの綱」を見ている実感が伝わってくる歌である。


◇左側「小埼沼」の碑 :巻十四 三三八〇
 『前玉之 小埼乃沼爾 鴨曽翼霧 
 埼玉の  小埼の沼に  鴨そ翼(はね)霧(き)る

   己尾爾   零置流霜乎  掃等爾有欺』
   己(おの)が尾に 降りおける霜(しも)を 払(はら)ふとにあらし

 ※ 訳 ・・・・・
 埼玉の小埼の沼で、鴨が羽ばたきをして水しぶきを上げている。自分の尾にふり降りた霜を払おうとしていようだ。
 ※ 解釈 ・・・・・
 虫麻呂は常陸の国守藤原宇合(うまかい)の臣下であり、ここ埼玉以外でも、美里町広木で歌を詠んでいる。公用の旅で訪れたときに、目に触れた情景に対して感じたままに歌を詠んだのであろう。




前玉神社( 埼玉県行田市大字埼玉字宮前5450 TEL.048−559−0464 )は、「さきたま古墳群」に隣接する神社です。

前玉神社鳥居

 前玉神社の御祭神は、『古事記』に記す出雲の神、前玉比売神(サキタマヒメノミコト)と前玉彦命(サキタマヒコノミコト)の二柱です。天之甕主神(アマノミカヌシノカミ)の子で、甕主日子神(ミカヌシヒコノカミ)の母です。  
 女神と男神が一緒に祀られていることから、恋愛成就を祈願する神社として、つとに知られています。


 高さ8.7m、周囲92mほどの浅間塚と呼ばれる古墳上に建てられている前玉神社ですが、一説には大化の改新(645年)より一世紀以上さかのぼる安閑天皇、宣化天皇あるいは雄略天皇の頃の古墳時代(400年代後半~500年代前半)ではないかとも考察されています。
 その名残として、社はさきたま古墳群に向かって祈願するように建立されています。

前玉神社正面

 記録による前玉神社は、「延喜式」(927年)に名前が載る古社で、幸魂(さいわいのみたま)神社ともいいます。700年代の古において当神社由来によりつけられた〖前玉郡〗は、後に「埼玉郡〗へと漢字が変化し、現在の埼玉県の名称にへとつながっていきます。かようにして前玉神社は、埼玉県名の発祥となった神社であると、こんにちいわれているところです。

 また、武蔵国前玉郡(むさしのくにさきたまのこおり)は、726年(神亀3年)正倉院文書戸籍帳に見える地名だと言われています。
 1978年(昭和53年)に解読された稲荷山古墳出土の鉄剣の銘文から、471年には大和朝廷の支配する東国領域が、北武蔵国に及んでいたのは確実であろうといわれる由縁です。














成就院三重塔 日本の五重塔・三重塔

 五重塔といえば、
 昨年は、瑠璃光寺の五重塔(31.2m.国宝・室町時代〈嘉吉2年五重組上・1442年.山口県〉、
瑠璃光寺五重塔2016年5月23日
(瑠璃光寺五重塔:2016年年5月22日~23日〈中也墓参〉)

 今年は、東寺の五重塔(54.8m.国宝・江戸時代〈正保元年入仏・1644年〉.京都府)、
東寺五重塔2017年1月21日
(東寺五重塔:2017年1月20日~21日〈七福神まわり〉)

 法観寺の五重塔「通称「八坂の塔」(38.8m.重要文化財・室町時代〈永享12年建立供養・1440年.京都府〉
法観寺五重塔・八坂の塔2017年1月21日
(法観寺五重塔:2017年1月20日~21日〈近江兼平墓前祭・義仲忌・七福神まわり〉)

の姿を見ることができました。
 

 江戸時代以前に建立した木造五重塔は、国宝11基(ウチ小塔2基)、重要文化財14基を数えます。
  ちなみに、法隆寺の五重塔(31.5m.国宝・世界遺産.〈奈良時代・7世紀末~8世紀初〉)は、世界最古の木造五重塔で、東寺の五重塔(54.8m)は、日本で一番高い五重塔です。

 一方、国内107基(重文の小塔2基を加えています)を数える三重塔は、国宝13基、重要文化財45基(小塔2基を加えています)が各地に点在しています。
 現存する五重塔、三重塔の中で日本最古は、法起寺三重塔(24m.国宝・飛鳥時代建立.奈良県)です。


 三重塔といえば、食べ物の甘さを控えることのなかったあの当時、かの知る人ぞ知る「くるみおはぎ」食べたさに、信州上田の前山寺(ぜんざんじ)の三重塔(室町時代・重要文化財)に何回か足を運んだことがありました。
 
 三重塔が身近なところにあったのを知ったのは、デジカメを手にしてこのかた6年も経っていない頃でした。
 吉見町の安楽寺三重塔〈明暦2年 (1656年)頃 〉です。この境内の裏手の畑で、幾年か前に野兎に遭遇することができました 。
安楽寺三重塔2016年2月27日
(安楽寺三重塔:2016年2月27日)

 そして、今年初めて訪れた(2月26日)のが、行田市の成就院三重塔です。
 埼玉県には、あと一つ川口市に福寺三重塔〈元禄6年 (1693年) 〉がありますが、何れも江戸時代に建立され、県指定文化財となっています。

成就院三重塔2017年2月26日
 《成就院三重塔は、享保14年(1729年)に建立されたもので、昭和56年(1981年)~57年(1982年)に解体復原工事を実施し、現在に至っています。塔内には、忍城主阿部豊後守忠秋より拝領と伝えられる葉衣(ようえ)観世音菩薩が本尊として安置されています。

 地方の大工の手による特色ある塔で、1間4面、初重(しょじゅう)柱間一間、銅瓦棒葺の構造となっています。各層とも二手先の料栱(りょうきょう)、吹寄棰(ふきよせたるき)一軒、各種箱型の積み上げで、塔の中心柱は2層で止めて下に降ろさず、内陣には須弥檀(しゅみだん)を設け、格天井(ごうてんじょう)を組み、花鳥の図を飾っています。

読み  じょうじゅいんさんじゅうのとう
区分  県指定有形文化財
種別  建造物
員数  1基
所在地 行田市長野7618 成就院
時代  江戸
形状  総高11.18m、間口奥行2.24m、相輪高2.92m
公開/非公開  公開
指定年月日   昭和50年(1975年)3月31日 》









プロフィール

むさしの想坊

Author:むさしの想坊
 これから何が飛び出してくるのでしょうか。ひきだしの奥にしまっていたものと合わせ、足跡を綴っていきたいと思います。
 昨日は金環日食をみることが出来ました。
・東京スカイツリー開業日の2012年5月22日記。

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