鴻巣⇔渋川一直線 国道17号「上武道路」、3月19日に全線開通 群馬~埼玉の新動脈

 《国道17号バイパス「上武道路」の前橋市内区間3.5kmが2017年3月19日に開通。これにより、埼玉県熊谷市と群馬県前橋市を結ぶ延長40.5kmの全線が開通します。

◇事業開始から47年

 国土交通省関東地方整備局は2017年2月3日(金)、国道17号バイパス「上武道路」が3月19日(日)に全線開通すると発表しました。

「上武道路」は埼玉県熊谷市と群馬県前橋市を結ぶ延長40.5kmの道路です。1970(昭和45)年から順次事業化され、現在は国道17号「深谷バイパス」との分岐点(上武IC)から前橋市上細井町までの区間37.0kmが開通。このうち21.5kmで4車線化が完了しています。

国道17号バイパス「上武道路」の前橋市内3.5kmが開通。終点では渋川市に至る「前橋渋川バイパス」にも接続する。

 今回開通するのは、残りの前橋市上細井町から国道17号田口町南交差点までの区間3.5kmです。暫定2車線で整備されます。これにより、事業開始から47年で「上武道路」の全線が開通します。

「上武道路」は前後の「熊谷バイパス」「深谷バイパス」「前橋渋川バイパス」とともに地域高規格道路「熊谷渋川連絡道路」として位置付けられています。

 全線開通により埼玉県鴻巣市から群馬県渋川市までがほぼ直線状に結ばれる     (〈※〉) ことで、

国土交通省関東地方整備局は「現国道17号の渋滞緩和や地域活性化に寄与するものと期待されます」としています。

  「乗りものニュース編集部」 》

〈※〉熊谷渋川連絡道路=70.0km.




《前橋市 公式サイト:
「国道17号上武道路が開通します〈最終更新日:2017年3月13日(月)〉」

 国道17号上武道路の主要地方道前橋赤城線(前橋市上細井町)から国道17号田口町南交差点(前橋市田口町)までの延長3.5kmの区間が開通し、これにより上武道路延長40.5kmが全線開通となります。
 上武道路は、交通混雑の緩和及び地域活性化を目的とする国道17号のバイパスとして整備され、本区間の開通により埼玉県北部と群馬県北西部のアクセスが向上し、沿線地域の経済や工業・観光等の産業への発展が期待されており、前橋市の発展に多大な貢献が期待されております。

・開通日時:平成29年3月19日(日)午後4時30分より
・上武道路開通イベント
  道路整備による地域間のつながりだけでなく、地域全体で上武道路の開通を祝いさらなる地域の発展を図るため、平成29年3月19日(日)の開通前に開通イベントを行います。
  ※現地会場及び周辺には駐車場がございません。車での来場はご遠慮願います。
・上武道路開放
  開通前に本線を歩くことができます。
  ※自転車や自動車等での通行はできません。
  *時間:午後1時から午後3時まで
  *開放区間:日輪寺町の大堰川付近から渋川方面へ約700m
  ※現地会場及び周辺には駐車場がございません。車での来場はご遠慮願います。

◇ マーチングバンドパレード:
 ・細井小マーチングバンドクラブによるパレードを行います。
 ・時間:午後1時30分から午後1時45分頃を予定
◇:パフォーマンスイベント: 
 ・下小出八木節保存会による八木節や細井小マーチングバンドクラブ、南橘地区こども和太鼓の会による演奏を披露します。
 ・時間:午後2時20分頃から午後3時を予定(開通セレモニー前)
◇開通セレモニー:
 *来賓によるテープカット、くす玉開披、通り初め
 ・時間:午後3時から午後3時30分

♬午後4時30分より一般車両が通ることができるようになります。 》









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芭蕉句碑 木曾三社神社

 枯枝にからすのとまりけり
  秋の暮

天保7年(1836年)9月

芭蕉句碑 木曾三社神社 20170102

 〈※〉藍沢無満(あいざわむまん.1774年~1864年)の書。前橋市上小出に生まれ、国学・漢学・俳諧・書道に足跡を遺す。


〈碑陰〉高梨宣信句

 稲の香の来たり神風
   松の風

 天保7年建立
 木曾三社神社
 神官高梨宣信


 〈※〉『木曾三社神社』〈木曾三社神社発行パンフレット(21cm×10cm.三面見開きにすると両面21cm×30cm)による。〉(発行年月日は未記載)
木曾三社神社パンフレット

 ①社殿
 ②手水舎と祓殿
 ③御腰掛石と箱田伝説
 ④木曽遺臣像
 ⑤稲荷神社(おいなりさま)
 ⑥滝不動尊(不動明王)
 ⑦厳島明社(神社)
 ⑧湧玉
 ⑨セキショウ群
 ⑩旭の滝
 ⑪筆子の石宮
 ⑫末社の石宮(菅原・神明・八幡・愛宕神社など)
 ⑬猿田彦大神
 ⑭芭蕉句碑
 ⑮「瀧之宮」の額(拝殿の前面)
 ⑯畔田清綱の歌額(拝殿の前面)
 ⑰歌碑



木曾三社神社 20170102 神社と滝

木曾三社神社(きそさんしゃじんじゃ・木曽神社)
   渋川市北橘町下箱田1番地

・祭神 須佐之男命〈すさのおのみこと〉(素戔嗚尊)〈疫病退治の神〉
    彦火火出見尊〈ひこほほみのみこと〉(日子穂々手見命)〈山の幸の神〉
    宇気母智命〈うけもちのみこと〉(保食神)〈食物の神〉

・例祭日 1月1日(歳旦祭)、2月第3日曜日(記念祭)、4月15日(例祭)、
     6月第4日曜日(夏越祭)、10月15日(例祭)、
     11月第3日曜日(新嘗祭)、12月第3日曜日(大祓祭)

・由緒 
平安時代の末、寿永3年(1184)木曾(源)義仲が戦死した後、その遺臣達がこの地に逃れ、義仲が崇敬していた信濃(長野県)の延喜式内社である岡田・沙汰・阿礼の三社を勧請して創建したので木曾三社神社という。
以来、室町時代には関東管領上杉氏や白井城主長尾氏、江戸時代には前橋城主酒井・松平氏、明治以降皇族の崇敬が篤かった。
昨今は病気平癒祈願の参拝者が多い。2,4ヘクタールの境内は大木が茂り、清水が湧きいで、セキショウやワカナシダの群落があり、群馬県の自然環境保全地域や自然探勝路に指定されている。旧県社。

・境内社 稲荷神社、菅原神社ほか10社

・神事 人形流し(夏越祭・大祓祭)

・宝物 神主免許場状(市指定重要文化財)ほか三十数点

木曾三社神社 正面 20170102 ⑥
 

 芭蕉句碑は、このあと義仲寺の二つの句碑を訪ねる予定です。










芭蕉句碑 木曾三柱神社(花の明神)


   春なれや名もなき山の朝霞


⑤芭蕉句碑 20170110

〈※〉出典『芭蕉句選』
 貞亨2年(1685年)、二月堂参篭のために伊賀を発って奈良へ向かう途中で詠んだ句。
 ・『野ざらし紀行』には「薄霞」とある。
・慶応4年(1868年)4月18日、根井行雄建立。
・碑陰に「羅明」の句が刻まれている。
  「冬こたちそらさへはるをまつものを」
 (「羅明」は根井行雄の父行広の俳号。橘陰舎。松井素輪門下。安政3年(1856年)7月3日、69歳で没。)




 「木曾三柱神社〈きそみはしらじんじゃ〉(花の明神)」 〈※〉

木曾三柱神社 20170110
 渋川市北橘町箱田777番地

 ・祭神 須佐之男命〈すさのおのみこと〉(素戔嗚尊)〈疫病退治の神〉
    保食神〈うけもちのかみ〉(宇気母智命)〈食物の神〉
    彦火火出見尊〈ひこほほみのみこと〉(日子穂々手見命)〈山の幸の神〉

 ・例祭日 1月1日(元旦祭)、4月第2日曜日(例祭)、10月第3日曜日(秋祭)、12月23日(大祓祭)

 ・由緒 平安時代の末、木曾義仲の遺臣達が長野県の延喜式内社である岡田・紗田・阿礼の三社を勧請し、箱田神社を創建し祭祀して来たが、その後、社殿は荒廃した。安政年間(1854~1860)に下箱田の木曾三社神社から分詞して木曾三柱神社とした。
 明治41年(1908年)境内末社と宇東田の郡玉神社、宇天神東の井出上神社、宇四ノ宮の滋野神社、宇八幡山の八幡宮、宇西裏の大山祇神社を合祀した。
 なお、郡玉神社は『上野の国神名帳』に「正四位下郡玉明神」とあり、井出上神社は「正五位上井出上神」とある。
 
 ・境内社 神明宮、愛宕神社、琴平神社、深田神社、諏訪神社、熊野神社、稲荷神社、地神社、薬王神社

 ・神事芸能 獅子舞

 ・宝物 石剣(県指定重要文化財)
     木曾義長肖像(市指定重要文化財)

〈※〉出典:第62回伊勢神宮式年遷宮記念 『渋川北群馬神社要覧』






赤い郵便ポスト十と二つ

 県道34号線

赤い郵便ポスト十と一つ 20170110
 群馬県前橋市富士見町引田(ひきだ)476-90
   (2017年1月10日)




木曽三社神社 初詣  泉湧玉瀧の宮

 このところの初詣は元旦ではなく、二日か三日の日となっています。
 
 昨年続けてテレビで放送された赤城山麓の風景の一コマに、木曽三社神社の境内も映し出されていました。
 それらのテレビ放映以降、木曽三社神社に参拝する人は多くなったとの由、伺いました。

⑮ 木曽三社神社 幟 20170102

 私が初詣に木曽神社の鳥居をくぐったのは二日の午後ということもあり、境内は静謐の中にありました。
 こんこんと湧き出る水は 「湧玉(わくたま)」と呼ばれ、一つの勢いのあるせせらぎとなります。その流れはまもなく小さな滝となり、そして分散した清流は湿地帯をかたちづくり、境内のそこかしの植物たちに息吹を与えながらその先を利根川まで運んでいます。

 ここ北橘村(きたたちばなむら・現渋川市)に、郷土かるたが今に伝わっていますが、そのいろはのいが、湧玉の木曽三社神社をうたっています。

橘陰(キタタチバナ)郷土(ムラ)かるた ㋑「泉湧玉瀧の宮」
郷土かるた 外函

郷土かるた 泉湧玉瀧の宮 -3-

 
 偶々私も見た日曜日の朝の番組から、その「湧玉」のことをお伝えしておきたいと思います。

《NHK 小さな旅 (2016年11月6日〈日〉)

 清き玉湧きいずる ~群馬県赤城山麓~

 《赤城山の麓に向かい広がる山の裾野。標高200~500メートル一帯では、あちこちに泉が湧き出しています。数十年前に降った雨が火山岩に浸透した伏流水です。地中の空気とともに湧き出てくるこの泉を、地元の人たちは「湧玉(わくたま)」と呼び、親しんできました。湧玉の水は、室町時代に建設された専用水路に引き込まれ、涸れることなく、今も山麓の田畑を潤しています。》

①湧玉 20170102

 ~旅人・山田敦子アナウンサーより~
 《「湧玉(わくたま)」。赤城山麓では、ふつふつと湧き出る泉をこう呼びます。きれいな呼び名ですね。その「湧玉」の一つを、木曽三社神社に訪ねると、本殿は道路からはるか下。

⑤ 木曽三社神社 20170102

 何十段もの石段を下った先の境内は緑に包まれ、まるで「もののけ姫」の世界。そして奥まったところにありました。
  美しい水が、水底からまあるく湧き出る水は小さな滝となってしぶきをあげ、せせらぎとなって境内を走り出ていきます。

⑯ 湧玉 20170102 木曽三社神社境内

⑪ 木曽三社神社境内 湧玉 20170102

③瀧 20170102

⑫ 木曽三社神社境内 清流 20170102

 人々の喉をうるおし、稲を育て、おいしいお酒を醸す「湧玉」。
 赤城おろしの風の里は、豊かな湧水の里でもありました。》



 木曽三社神社

〈由緒〉
 元暦元年(1184)、木曽義仲が滋賀県の粟津で源義経に討たれた後、その遺臣であった今井・高梨・町田・小野沢・萩原・串渕・諸田等が、義仲が崇敬した信濃国(長野県)の延喜式内社である筑摩郡の三座「岡田・沙田(いさごだ)・阿礼神社」を、この地に勧請して創建したと伝えられるのが木曽三社神社です。滝の宮・木曽明神とも称されています。
 その後は関東管領上杉氏や、白井城主長尾氏、歴代の前橋城主の崇敬が厚く、神田(しんでん)の寄進や社殿の修復等が行われました。
 寛政元年(1789)に火災にあい、同6年(1794)に再建、さらに明治20年代に大修復をしています。
 明治29年(1896)には、県社に列せられましたが、昭和21年(1946)の法令改正に伴い社格を改正され、現在は神社本庁の所管となっています。
 境内には本殿(間口1間、奥行1間半)、拝殿(間口3間半、奥行2間)、幣殿(間口1間半、奥行2間)があり、湧玉の清泉やセキショウ群落を中心とした全域が、群馬県環境保全地域に指定されています。

 〈祭神〉
 須佐之男命(すさのおのみこと)、彦火火出見命(ひこほほでのみこと)、豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、宇気母智神(うけもちのかみ)

 〈例祭〉
 4月15日・10月15日

 所在地 渋川市北橘町下箱田1番地

              渋川市教育委員会

⑩ 木曽三社神社 20170102







プロフィール

むさしの想坊

Author:むさしの想坊
 これから何が飛び出してくるのでしょうか。ひきだしの奥にしまっていたものと合わせ、足跡を綴っていきたいと思います。
 昨日は金環日食をみることが出来ました。
・東京スカイツリー開業日の2012年5月22日記。

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