Red River Valley

2018/ 04/ 19
                 
起きなさい、目を覚まして
心があの洞窟を思い出す前に
いま起きれば、ぼくの部屋を起点とする
風の旅にきみも乗ることができるよ
風は空気の切れ目を上手に使って
しじみくらいの大きさの小さな蝶をひらひら飛ばす
起きてごらん、水のように疲れた太陽が
葉叢ごしに三日月型の光をたくさん投げかけている
こんな時間は緑色の海流の中を
ゆったりと泳ぐ海亀のように貴重だ
それなのに sleepy head きみの心が
あの洞窟に引き寄せられているのがわかる
きみの瞼のぴくぴくする動きでわかるんだ
きみは掌をかざすようにして
あの水しぶきと光を避けているつもりだね
あの心細い洞窟の
むこうの端に見える光の点をめざして
あのときぼくらは水音の中を歩いた
あのころ世界は途方に暮れていた
あるところから先は全身にふりかかる
水しぶきを避けることができない
玄武岩の洞窟の天井から水のカーテンが落下して
洞窟の床がごつごつした川になる
すさまじい水音が心をおびやかす
降りしきる雨だ、空もないのに
流れる川だ、光もないのに
岩の壁に身を寄せながら
暗い川のほとりを歩いていった。
すると水音も気持ちもガムランのように高まって
心が蒸発するほど熱くなる
しぶきが飛んで人の頬も髪も濡れる
やがて水の皮膜のむこうに
小さく乾いた光の土地が見える
激しい岩に乱反射する小さな、でも何という眩しさ
でも今ここはまだ水の邦で
水音に音声をすっかり掻き消されながら
魂と心がざわざわと会話する
それを身体を代表して目が見ている
存在を代表して心が聴いている
どんなさびしい群衆がここで暮らすのだろう
体験したことのない造形に
すべての行方をまかせながら。
炎のように冷たい水が踝を濡らして
膝にも太腿にも水しぶきがかかり
ただ小さな光の点をめざして歩いてゆくのだ
轟音の中を
どんな通過儀礼を経ても
どんな加持祈祷を準備しても
すべての実効性と実定法が失われる
そんな場所だった
きみがそこに何を見たのかはわからないけれど
きみの心はそこをなつかしがっている
きみの呼吸が速くなり
両脚がゆっくりと水を掻くような動作をすることでもわかる
帰っていくの? 
どうしても?
それが世界に対する意地悪な否定だとしても?
起きなさい、目を覚まして
この紫色の空と鳥のように紅い花の配色をごらん
いまそれを見て記憶しなければ
次の千年もガラス玉のように生きるしかなくなる
空から火山灰が降るのを待望しつつ
生の意味を見失いつつ
ほら、犬たちが吠えた、起床の呼びかけだよ
夢に濡れた足を乾かして
まどろみから出ていく時間だ。
起きなさい、でもきみは起きないので
眠ったままのきみを無理やり立ち上がらせて
ぼくの部屋を起点とする風に一緒に乗ろうと思ったけれど
もう遅い、あの洞窟に引き戻されてしまった。
わかったよ、では歩いていこう
あのときとまったくおなじように
洞窟がはじまる
ここから先は足場も水の中
地中の川を歩いていかなくてはならない
おまけにきみは眠っているので
手を引きつつ四つの足下を確認しなくてはならないんだ
水音はいよいよ激しい
いったい何がそんなに大きな音を
水の分子が岩の分子にぶつかったところで
そんなに大きな音が出るものだろうか
水分子の塊がものすごい量なので
それが落下して岩面にぶつかるとき
水分子の塊と同量の空気がその場所を逃げ出してゆく
その際に空気があげる悲鳴なのか。
それにともない場所の霊たちが
脱出できない自分の悔しさを表そうとするのか。
きみの眠りが解けない分
ぼくは驚くほど覚醒している
足をとられないように細心の注意を払いつつ
何かにすがるように岸壁に右手をふれながら
左手できみの手を引きながら
暗い洞窟を歩いていく
その端の小さな光の点がだんだん大きくなって
出口近くの水のカーテン越しに
外の風景がうかがえる場所まで来た
いつか見た、あの水の皮膜だ
その先はすぐ外の世界
切れ目なく降り注ぐ水のカーテンを前に
覚悟を決めなくてはならない
さあ、走ろうか、きみとぼくは
目を覚ましてよ
でもきみは曖昧に頷くだけ
ぼくはきみを引く手に力をこめ
右手を額にかざして水を避けられるようにして
ともかく走り出す
光にむかって
外にむかって
走るといってもそれは極端なスローモーション
一瞬ごとに水の刃がぼくらを面的に切断するようだ
痛い、痛い、冷たい、冷たい、
でも外がぐんぐん迫って
水のむこうの映像が現実になる
抜けた!
もう大丈夫
速度をゆるめてずぶぬれの体のまま
ふらふらと洞窟の出口に到達した。
息が切れてどうしようもないが
なんという安心感、爽快感
そしてごらん、これが光の世界だ
洞窟の出口は崖の中ほどのテラスにあって
そこからは岩山の地帯を見わたすことができる
こんな景観は見たことがなかった
険しい岩の頂がいくつか
その合間の平地は濃い緑の森に覆われ
そこに細いけれど強烈な輝きのある川が流れている
ぼくらをスライスしようとしたさっきのあの水も
この川に流れこんでいることは明らかだ
人の気配はまったくない
ついにここまでやってきたのかと思うと
心から充実感がこみあげてくる
わかったよ、ここにやってくるために
いつかの旅をつづけるために
きみはずっと眠っていたんだね
風が吹いてきてTシャツとジーンズから気化熱を奪うので
たぶん気温はかなり高いが寒いほどだ
ケーン、ケーンと啼くのは雉子のような鳥だろうか
アイオーンと遠吠えで呼び交すのは山犬だろうか
それ以外には物音のしない
しずかで美しい邦だ
空の低いところで燕が群舞する
空の高いところで猛禽が滑空する
ぼくらの目の前にはしじみのような
小さな蝶がひらひらと舞っている
なんだ、ぼくの部屋を起点とする風に乗ったとしても
行き着く先はおなじこの場所だったんだ、とぼくは悟る
それで誰もうらむ気もなく、うらやむ気もなくなった
ただこの場所でこの光この風を楽しんでいる
これからどうするかは考えることもできない
おなじ地点にいるのにさっきより標高が上がった気がする
目に見える土地の範囲はいよいよ広がって
ここはもう成層圏かもしれない
ぼくは歌をうたった
Red River Valley
赤い川ではないけれど、この谷間のために
険しい岩山に囲まれた、この土地のために
すると眠っていたきみがいつしか声を合わせて
眠ったままおなじ歌をうたいはじめるのだ
おはよう、やっと目が覚めた?
ここは新しい土地、もっとも古い風景だ


  管啓次郎

                 
        

リフレイン パピルス

2018/ 04/ 14
                 
 リフレイン パピルス


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   待っているよ、きみを
   あの山のふもとで
   きみがその頂きをめざすとき
   ぼくもついていく
   ぼくはパピルス
   きみの心にあって
   きみが忘れたすべてを
   ぼくが覚えておくよ









 「犬のパピルス」  (29行中、後段8行) 


   待っているよ、きみを
   あの山のふもとで
   きみがその頂きをめざすとき
   ぼくもついていく
   ぼくはパピルス
   きみの心にあって
   きみが忘れたすべてを
   ぼくが覚えておくよ

         管 啓次郎

 




 犬のパピルス


子どものころ犬を飼っていた
名前はパピルス、虎毛
どこへでもついてきた
春先には黒い土に
うっすらつもる雪をふむ
耳がちぎれそうに冷たい風が吹く
大声で「えっとうたいだ」と叫ぶと
パピルスがおもしろそうな顔で見た
耳は狼のように立ち
尾は竜巻のように巻き
目は光のように鋭い
パピルスは半世紀前フィラリアで死んだ。
昨年の夏タイの古都アユタヤで
歩き疲れて木陰ですわっていると
黄土色の犬がおとなしくやってきて
ちょこんとそばにすわった
鼻面がすっきりと黒い
耳のうしろを掻いてやると
笑うように目をほそめた
「パピルス」と声をかけると
ものうげにゆっくりと尾をふった。


   待っているよ、きみを
   あの山のふもとで
   きみがその頂きをめざすとき
   ぼくもついていく
   ぼくはパピルス
   きみの心にあって
   きみが忘れたすべてを
   ぼくが覚えておくよ



      管 啓次郎



                 
        

 雪の詩

2018/ 03/ 22
                 
 2018年3月21日、春の雪が降っています。
 冬をうたっているのが、冬の詩だと思われますが、 雪の詩は、冬のみをうたっているのでしょうか。


 
 20180321 雪もよう



三好達治 「雪」(詩集『測量船』より)

太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。


 12-1
 3-14-1



ボリス・パステルナーク (〈※〉) 「雪が降る(抜粋)」

雪がふる 雪がふる
さながら ふるのは 雪片ではなく
つぎだらけの古外套(ふるがいとう)をまとって
大空が 地上へ降りてくるようだ

さながら 奇人めいたしぐさで
うえの階段の 踊り場から
こっそりと 隠れん坊遊びをしながら
空が 屋根裏から降りてくるようだ

それは 人生が待ってくれないということだ

雪がふる 厚ぼったく 厚ぼったくふる
雪と歩調をあわせて 同じ足どりで
あるいは 同じすばやさで
たぶん 時間も すぎてゆくのだろう

たぶん 年は 年を
追ってゆくだろう 雪がふるように
あるいは 長詩のなかの言葉のように

雪がふる 雪がふる
雪がふると 何もかも あわてふためく
すっかり白くなった道行く人も
びっくりしている木や 草も
十字路の曲がり角も


(〈※〉:「雪が降る」は1957年の作詩。ボリス・パステルナークは、同年、長編小説「ドクトル・ジバゴ」を著しています。*本作品に対する「ノーベル文学賞」受賞と辞退についてのことの顛末はページが足りないなどということもあり割愛。*アメリカとイタリアによる合作映画『ドクトル・ジバゴ』は、1965年に制作されました。*宝塚歌劇団星組によるミュージカル『ドクトル・ジバゴ』公演(2018年2月4日~2月13日)は、記憶に新しいところですね。
 《~ボリス・パステルナーク作「ドクトル・ジバゴ」より~
脚本・演出/原田 諒
 ・ロシアの作家ボリス・パステルナークの代表作「ドクトル・ジバゴ」。1965年の映画版を筆頭に、それ以降も度々映像化されるなど、世界中の多くの人に愛され続けてきた不朽の名作小説を、オリジナル・ミュージカルとして舞台化致します。
 ・20世紀初頭、革命前後の動乱期のロシアで、純真な心を持つ詩人でもある医師ユーリ(ユーリイ・アンドレーヴィチ・ジバゴ)と、彼が愛し続けた運命の女性ラーラが辿る波瀾の生涯を描く。悠久のロシアの大地で、時代のうねりに翻弄されながらも懸命に生きた人々の軌跡、そして愛の形を鮮烈に描き上げる大河ロマン。》)


 5-16-1



堀口大學 「雪」

 雪はふる! 雪はふる!
 見よかし、天の祭なり!
 空なる神の殿堂に
 冬の祭ぞ酣(たけなわ)なる!


 910
 1112



金子みすゞ 「積もった雪」「淡雪」(『金子みすゞ全集』)

積もった雪

上の雪
 さむかろな。
 つめたい月がさしていて。

下の雪
重かろな。
何百人ものせていて。

中の雪
さみしかろな。
空も地面(じべた)もみえないで。


  1314


淡雪

雪がふる、
雪がふる。

落ちては消えて
どろどろな、
ぬかるみになりに
雪がふる。

兄から、妹から、
おととにいもと、
あとから、あとから
雪がふる。

おもしろそうに
舞いながら、
ぬかるみになりに
雪がふる。


 1516
 1718



宮沢賢治 「冬と銀河ステーシヨン」(『心象スケッチ 春と修羅』より)

そらにはちりのやうに小鳥がとび
かげろふや青いギリシヤ文字は
せはしく野はらの雪に燃えます
パツセン大街道のひのきからは
凍つたしづくが燦々(さんさん)と降り
銀河ステーシヨンの遠方シグナルも
けさはまつ赤(か)に澱んでゐます
川はどんどん氷(ザエ)を流してゐるのに
みんなは生(なま)ゴムの長靴をはき
狐や犬の毛皮を着て
陶器の露店をひやかしたり
ぶらさがつた章魚(たこ)を品さだめしたりする
あのにぎやかな土沢の冬の市日(いちび)です
(はんの木とまばゆい雲のアルコホル
 あすこにやどりぎの黄金のゴールが
 さめざめとしてひかつてもいい)
あゝ Josef Pasternack の指揮する
この冬の銀河軽便鉄道は
幾重のあえかな氷をくぐり
(でんしんばしらの赤い碍子と松の森)
にせものの金のメタルをぶらさげて
茶いろの瞳をりんと張り
つめたく青らむ天椀の下
うららかな雪の台地を急ぐもの
(窓のガラスの氷の羊歯は
 だんだん白い湯気にかはる)
パツセン大街道のひのきから
しづくは燃えていちめんに降り
はねあがる青い枝や
紅玉やトパースまたいろいろのスペクトルや
もうまるで市場のやうな盛んな取引です

(一九二三、一二、一〇


 1920



中原中也

生い立ちの歌
 
   Ⅰ

    幼 年 時
私の上に降る雪は
真綿(まわた)のようでありました

    少 年 時
私の上に降る雪は
霙(みぞれ)のようでありました

    十七〜十九
私の上に降る雪は
霰(あられ)のように散りました

    二十〜二十二
私の上に降る雪は
雹(ひょう)であるかと思われた

    二十三
私の上に降る雪は
ひどい吹雪(ふぶき)とみえました

    二十四
私の上に降る雪は
いとしめやかになりました……

   Ⅱ

私の上に降る雪は
花びらのように降ってきます
薪(たきぎ)の燃える音もして
凍(こお)るみ空の黝(くろ)む頃

私の上に降る雪は
いとなよびかになつかしく
手を差伸(さしの)べて降りました

私の上に降る雪は
熱い額(ひたい)に落ちもくる
涙のようでありました

私の上に降る雪に
いとねんごろに感謝して、神様に
長生(ながいき)したいと祈りました

私の上に降る雪は
いと貞潔(ていけつ)でありました


 22








                 
        

落葉松 北原白秋 軽井沢町北原白秋文学碑

2017/ 11/ 27
                 
「落葉松詩碑」は、しなの鉄道中軽井沢駅(軽井沢町長倉3037-2.tel 0267-45-5234.駅前駐車場80台.1時間まで無料)を出て北に向かった先にあります。

 「石の教会・内村鑑三記念堂」、「軽井沢高原教会」、「ハレニレ テラス」などを横目で見ながら行った先に、「北原白秋文学碑」が建っています。
 昭和44年(1969年)、北原白秋の功績を讃え、軽井沢町によって建立されました。自然石の大石には、この地に滞在中、カラマツの林を散策して生まれた白秋の名作「落葉松」の詩が彫られています。
 (ちょっと判りづらい場所にあります。)

11-1 落葉松 北原白秋


 その詩碑の先を行くと、「星野温泉 トンボの湯」、「ピッキオビジターセンター」(長倉2148.駐車場特定日〈土日祝〉以外は無料.特定日は30分まで無料、以降1時間ごとに300円.中軽井沢駅から徒歩30分、2.2km.)、「星のや軽井沢」、「軽井沢野鳥の森」への道がつながっています。




落葉松(からまつ)
           北原白秋「水墨集」より


     落葉松

       一 
   からまつの林を過ぎて、
   からまつをしみじみと見き。
   からまつはさびしかりけり。
   たびゆくはさびしかりけり。

       二  
   からまつの林を出でて、
   からまつの林に入りぬ。
   からまつの林に入りて、
   また細く道はつづけり。

       三 
   からまつの林の奥も
   わが通る道はありけり。
   霧雨(きりさめ)のかかる道なり。
   山風(やまかぜ)のかよふ道なり。

       四 
   からまつの林の道は
   われのみか、ひともかよひぬ。
   ほそぼそと通(かよ)ふ道なり。
   さびさびといそぐ道なり。

       五
   からまつの林を過ぎて、
   ゆゑしらず歩みひそめつ。
   からまつはさびしかりけり、   
   からまつとささやきにけり。

       六
   からまつの林を出(い)でて、
   浅間嶺(あさまね)にけぶり立つ見つ。   
   浅間嶺にけぶり立つ見つ。
   からまつのまたそのうへに。

       七
   からまつの林の雨は
   さびしけどいよよしづけし。
   かんこ鳥鳴けるのみなる。
   からまつの濡(ぬ)るるのみなる。
  
       八 
   世の中よ、あはれなりけり。
   常(つね)なけどうれしかりけり。
   山川(やまがは)に山がはの音、
   からまつにからまつのかぜ。


  (出処:日本詩人全集7・北原白秋」.昭和42年5月10日発行.発行所:株式会社新潮社)



  〈※一口メモ・「軽井沢町」公式サイトより〉

  軽井沢の文学碑

 ◇万葉集(まんようしゅう)歌碑
  ~わが国最古の歌集『万葉集』20巻に碓氷峠の歌が二首収められている。歌碑はその二首を刻んで、1967年(昭和42)、軽井沢町により旧碓氷峠見晴台に建立された。<日の暮れに宇須比(うすひ)の山を越ゆる日は夫(せ)なのが袖もさやに振らしつ>(巻十四・よみ人知らず)<ひなくもり宇須比(うすひ)の坂を越えしだに妹(いも)が恋しく忘らえぬかも>(巻二十・他田部子磐前(おさだべのこいわさき))前者は夫と別れ、碓氷峠を越える妻が夫を思いうたった歌。後者は防人に赴く夫が妻を思ってうたった歌。当時の古代東山道は、中山道ルートより南の入山峠付近を通っていたと推定されている。~

 ◇一つ家(ひとつや)の歌碑
  ~世に一つ家の碑といわれる数字歌碑。旧中山道のほとりに大石碑があったというが、1783年(天明3)の浅間大噴火で埋没し、その後洪水で流されて不明になったという。幕末の頃、峠の熊野神社の社人がこの歌の滅失をおそれて、この場所に再建したという。峠から上州の方へすこし下りた所にある。<八万三千八 三六九三三四七 一八二 四五十三二四六 百四億四六>(山道は 寒く寂しな 一つ家に 夜毎身にしむ 百夜置く霜)~

 ◇芭蕉(ばしょう)句碑
  ~江戸前期の俳人松尾芭蕉(1644-1694)の『更科(さらしな)紀行』1688年(元禄元)中の句<ふきとばす 石も浅間の 野分かな>の碑。芭蕉の百年忌にあたる1793年(寛政5)8月、佐久の春秋庵連により追分の浅間神社境内に建てられた。春秋庵長翠の筆。『更科紀行』は芭蕉が門人越智越人(おちえつじん)を伴い、尾張から木曽路を通り、信州更科の里・姨捨山へ月見に行った折の紀行文。なお、芭蕉句碑は町内にもう一基あり、場所は旧軽井沢のショー氏記念之碑と道をへだてた反対側。句は<馬をさへ なかむる雪の あした哉>(甲子吟行の句)。こちらは1843年(天保14)、軽井沢の俳人小林玉蓬により建てられた。~

 ◇タゴール記念像
  ~インドの詩人タゴール(1861-1941)が1916年(大正5)に来日の折、8月に軽井沢を訪れ、三井邸に滞在し、日本女子大の修養会に講師として招かれ、学生を前に「祈り」について講話を行った。この像はそれを記念し、タゴール生誕120年にあたる1980年(昭和55)、日本タゴール協会等によって峠の見晴台に建立された。高田博厚(たかだひろあつ)作。背後の壁に、彼の言葉「人類不戦」の文字が記される。~

 ◇与謝野寛(よさのひろし)・晶子(あきこ)夫妻歌碑
  ~1921年(大正10)、歌人与謝野寛(1873-1935)・晶子(1878-1942)夫妻が星野温泉明星館に滞在し、多くの歌を残した。この時詠んだ歌をもとに1971年(昭和46)、当時の星野温泉当主星野嘉助(ほしのかすけ)が明星の池のほとりに建立した。碑は夫妻の歌が一首ずつ、各自筆の流麗な文字で浮彫りされている。<一むらの しこ鳥のごと わかき人 明星の湯に あそぶ 初秋  寛><秋風に しろく なびけり 山ぐにの 浅間の王の いただきの髪  晶子>現在、歌碑はトンボの湯近くに移された。~

 ◇有島武郎(ありしまたけお)終焉地碑
  ~小説家有島武郎が雑誌記者波多野秋子(はたのあきこ)と1923年(大正12)6月9日に情死した三笠の別荘“浄月庵”跡に建てられた碑。有島生馬(ありしまいくま)の雄渾な筆で有島武郎終焉地と刻まれ、左側に吹田順助(すいたじゅんすけ)著『葦の曲』の中の「混沌の沸乱」という詩の一節が書かれている。1951年(昭和26)夏建立。碑のそばに「ティルダへの友情の碑」(有島からティルダへあてた英文の手紙)もある。なお、浄月庵は1989年(平成元)、三笠から移されていた新軽井沢から軽井沢高原文庫敷地内に再移築された。~

 ◇正宗白鳥(まさむねはくちょう)詩碑
  ~六本辻そばに別荘をかまえ、長く軽井沢を愛した小説家・評論家の正宗白鳥詩碑は、二手橋のずっと奥、一文字山の中腹にひっそりと建つ。正宗白鳥が愛唱したギリシャの詩が、白鳥の筆で、十字型のスウェーデン産黒御影石に刻まれる。石の下に愛用の万年筆が入れてあるという。白鳥没後、丹羽文雄(にわふみお)の発案、ジャーナリズム、文壇からの醵金で、1965年(昭和40)7月に建立。谷口吉郎(たにぐちよしろう)設計。<花さうび 花のいのちは いく年ぞ 時過ぎてたづぬれば 花はなく あるはただ いばらのみ>~

 ◇北原白秋(きたはらはくしゅう)詩碑
  ~1921年(大正10)8月、星野温泉で開かれた自由教育夏季講習会に詩人北原白秋(きたはらはくしゅう)(1885~1942)も講師として参加し、児童自由詩について講話した。この折、落葉松の林を散策して生まれたといわれる詩「落葉松」。1921年(大正10)「明星」11月(創刊)号に発表された。<からまつの林を過ぎて。からまつをしみじみと見き。からまつはさびしかりけり。たびゆくはさびしかりけり。>(第一連)に始まり、第八連まで続く。詩碑は、1969年(昭和44)、軽井沢町により、自然石を使い、星野温泉入口の湯川沿いに建てられた。~

 ◇室生犀星(むろうさいせい)文学碑
  ~室生犀星は1960年(昭和35)、『かげろふの日記遺文』が野間文芸賞を受賞したのを機に、自らの文学碑をつくった。詩の選択、設計、建設費用など一切を自らで行った。場所は二手橋を渡った矢ヶ崎川沿い。詩は『鶴』1928年(昭和3)所収の「切なき思いぞ知る」。碑のかたわらに、犀星が中国東北部へ旅行した折に求めた俑人二体が立っている。~

 ◇中西悟堂(なかにしごどう)詩碑
  ~野鳥研究家として自然保護運動を続け、「日本野鳥の会」を創設し、愛鳥運動を進めた詩人・歌人の中西悟堂(1895-1984)の碑。中西は軽井沢でもよく探鳥会をおこない、地元住民からも敬意をこめて深く感謝された。自筆の詩「ここぞたかはら」の全文が刻まれている。1979年(昭和54)、野鳥の森入口に建立。その後、1986年(昭和61)、肩に小鳥がとまる中西の胸像が碑の隣に加えられた。~

 ◇中村草田男(なかむらくさたお)句碑
  ~人間探求派として称せられ、『萬緑』を主宰した俳人中村草田男(1901~1983)の句碑が2004年(平成16)8月、萬緑同人会により聖パウロカトリック教会裏に建立された。台座も含め高さ80㎝ほどの自然石の裏面に<八月も 落葉松淡し 小會堂>の句が彫られる。表面は聖母子像のレリーフ。会堂が創建された翌年1936年(昭和11)より、妻に導かれ毎夏ミサに通ったという。~

                 
        

セミ 蝉 せみ  

2017/ 08/ 06
                 
 ある年の晩春のゴルフ場です。
 ウグイスの声の合間に、セミの鳴き声が耳に入ってきます。
 その声の主は、ハルゼミです。

 このところ、とんとハルゼミの声を聞かなくなりました。

 私が住んでいたところは、群馬県、長野県、東京都、神奈川県、愛知県、そして埼玉県です。
 ゴルフはこのところ、栃木県が多くなっています。
 それらのところで目にしたり耳にしたりしたセミの種類を、早く鳴く順に並べてみますと、

 ・ハルゼミ
 ・ヒメハルゼミ
 ・ニイニイゼミ
 ・エゾゼミ
 ・クマゼミ 
 ・ヒグラシ
 ・ツクツクボウシ
 ・チッチゼミ

 となっています。
 勿論、声はすれども姿は見えずといった塩梅が多く、その鳴き声で、中て推量した分も含んだセミの種類です。


 セミは俳句によく詠まれています。あの松尾芭蕉の句は誰でも諳んじている通りです。
 セミは夏の季語となっていますが、法師蝉(ツクツクボウシ)だけは、秋の季語となっています。

一方、詩のジャンルでは、「セミ」そのものをタイトルとしたものはあまりお見受けしません。
 私が群馬県に住んでいた頃、山村暮鳥の、

 《 ある時
   また蜩(ひぐらし)のなく頃となった
   かな かな
   かな かな
   どこかに
   いい国があるんだ 》

という詩の一節に出会い、不思議な感覚に満たされたことがありますが、それは「雲 より」というタイトルの35行で成り立っている詩の中の数行であらわしているもので、蜩がタイトルとはなっていませんでした。


夏です。
蝉の声が耳に入ってきます。
詩で表現する蝉は、どんな蝉となるのか。

工藤直子と、金子みすゞの詩です。
  



       せみのなつ

               せみ すすむ

いろんな せみが
せっせと なくぞ
ワシワシワシワシ      
ちょっと一息*Cafe Time*
わしらの なつだ
ミーン ミンミン
みんな でてこい
ツクツク ボーシ
ぼうしをかぶって
まるまるいちにち
うたってあそべば
カナカナカナカナ
もうひぐれ・かな?

 ―工藤直子―




  蝉のおべべ

母さま
裏の木のかげに、
蝉のおべべが
ありました。

蝉も暑くて
脱いだのよ。
脱いで、忘れていったのよ。

晩になったら
さむかろに、
どこへ届けて
やりましょか

 ―金子みすゞ―

 

               
  雲 より

 ふるさと
淙々(そうそう)として
天(あま)の川が流れてゐる
すっかり秋だ
とほく
とほく
豆粒のやうなふるさとだのう

 ある時
また蜩(ひぐらし)のなく頃となった
かな かな
かな かな
どこかに
いい国があるんだ

 赤い林檎
 おなじく
こどもはいふ
赤い林檎のゆめをみたと
いいゆめをみたもんだな
ほんとにいい
いつまでも
わすれないがいいよ
大人(おとな)になってしまへば
もう二どと
そんないい夢は見られないんだ

 雲
丘の上で
としよりと
こどもと
うっとりと雲をながめてゐる

 おなじく
おうい雲よ
ゆうゆうと
馬鹿にのんきさうぢゃないか
どこまでゆくんだ
ずっと磐城平(いはきだひら)の方までゆくんか


  ―山村暮鳥―