中原中也の放送番組

2017/ 01/ 17
                 
 昨夜10時25分から、NHKEテレで、『100分de名著・中原中也詩集 第2回』がありましたが外出していたため見ることができませんでした。再放送が明日の午前5時30分からと、正午からの2回ありますので見逃さないようにしたいと思っています。

 中原中也生誕110年、没後80年という節目の年、あちこちのテレビ番組で山口の詩人をとりあげています。

 今日、明日のテレビ番組も録画セットしつつ、見たいと思っています。



《ふるさと発スペシャル 山口 -中原中也生誕百年-「訪ねよう感じよう中也の世界」
 ・2017年1月17日(火) NHKBSプレミアム15時10分~15時53分
..
詩人・中原中也は山口県の出身。詩人の佐々木幹郎さんが山口県立大学の留学生たちとツアーを敢行し知られざる中也の世界に触れる番組(2007年に山口県内向けに放送)。.

◇番組内容

山口市出身の詩人・中原中也の生誕100年である2007年に放送した番組の再放送。詩人で中原中也の研究家でもある佐々木幹郎さんが、山口県立大学の留学生達と中也の世界に触れるツアーを敢行。旅の始まりは、中也が生まれた山口市の湯田温泉から。これまで何気なく見ていた湯田温泉の町並みの中にも、中也の見えない物語が隠されていた!行く先々で、クイズなどを交えながら、中原中也の作品やその生涯について学んでいく。

◇出演者

出演
詩人…佐々木幹郎,
司会
柴田拓,出田奈々 》




《『山口発地域ドラマ 朗読屋』 
 ・2017年1月18日(水) NHKBSプレミアム22時00分~22時59分

 ~荻上直子 × 吉岡秀隆~ 中原中也の詩を軸にした心温まる物語

NHK山口放送局が開局75周年を記念し、山口市や萩市・須佐を主な舞台にした山口発地域ドラマ「朗読屋」を制作することが決定! 山口県が生んだ詩人・中原中也の詩を軸に、美しい風景と詩の朗読が響き合う、ファンタジックで心温まる物語です。

◇主演:吉岡秀隆さんコメント
 中原中也をドラマで朗読できる、喜びと緊張の中にいます。荻上さんの、どこか柔らかな異空間と中也の悲哀ある世界観が優しく胸に響きました。山口のみなさんに喜ばれるような、地域発だからこそできるドラマになるよう、丁寧に演じたいと思います。作者・荻上直子さん

◇作者:荻上直子さんコメント
 毎晩、子どもが寝る前に絵本を読み聞かせています。今回のお話は、そんな経験から生まれたアイデアです。中原中也の詩は胸に刺さります。イタイです。一生懸命『生』にしがみついている人間の苦しみが、そこにあるような気がします。それは、もしかしたら誰もが感じることだから、胸に棘(とげ)が刺さったようにイタイのでしょうか。


◇ストーリー
 ある日突然、妻に去られ、眠れない日々を過ごす主人公。深夜、ひょんなことから“24時間図書館”を訪れたことをきっかけに、物語は動き始めます。
中原中也を愛する老婦人と過ごすひとときのなか、彼は、思わぬ形で妻の思いを知ることに…。

◇出演
 吉岡秀隆、吉岡里帆、緒川たまき、市川実日子、前野朋哉、富岡英里子、山下真司、市原悦子 》


《「ブログ」最新情報》
『朗読屋』いよいよ明日放送です!

山口発地域ドラマ『朗読屋』が
明日、夜10時からBSプレミアムにて放送となります!

脚本の構想やロケハンに1年、
キャスティングや撮影・編集に1年、
丸々2年の歳月をかけて完成した『朗読屋』を、
みなさんにお届けできる日がついにやってきました。

荻上直子さんからとてもステキな脚本をいただき、
おそらくはその脚本の力によって
豪華な出演陣の皆さまにお集まりいただけた上に、
山口県出身の人気作曲家、光田康典さんにも参加していただいて、
ぜいたく極まりない環境で制作されたこのドラマ。

吉岡秀隆さんによる中也の詩の朗読も
山口の詩的で美しい風景も
荻上直子さんの心地よくてどこか不思議な世界観も
すべてこの59分に詰まっています!

それでは、明日の夜10時からBSプレミアムにて、
『朗読屋』の世界でお会いしましょう!













                 
        

 中原中也 小林秀雄 大岡昇平

2016/ 06/ 02
                 
 

  『中原中也 山羊の歌』の装幀者は高村光太郎です。
  昭和9年12月10日の発行で、頒價参圓五拾錢。
  發兌文圃堂、限定二百部内百五十部が頒布されています。

  私の手元にある「復刻版」は、奥付き記載で、麥書房刊、限定360部内〈※〉13番本となっています。(昭和45年9月10日刊行)
 〈装幀函の表書きには限定400部と表示されています〉

中原中也 山羊の歌 復刻版


 
 湯田温泉井上公園の一角にある、中原中也の詩碑は、51年前に建てられたものです。

中原中也 詩碑② 20160522

 詩編『山羊の歌』「初期詩篇」「歸郷」の数行から取った
「これが私の古里(ふるさと)だ さやかに風も吹いてゐる あゝおまへは何をして來たのだと 吹き來る風が私に云ふ」

中原中也 詩碑① 20160522

の詩文は、小林秀雄が書き、建立にあたって誌したのが、大岡昇平で、次のように記しています。

 《中原中也は明治四十年四月二十九日この地に近い湯田横町に生れた。その卓れた詩才は県立山口中学校に在学中から現れてゐたが、昭和九年詩集「山羊の歌」が東京で出版されるに及び広く詩を愛する人々に認められるに到った。不幸病を得て、同十二年十月二十三日、第二詩集「在りし日の歌」の上梓に先立って、鎌倉の常居に没した。その名声は死後ますます高く日本近代詩に揺ぎない地位を占めてゐる。
 この度山口市長兼行恵雄の斡旋により、同郷の有志、東京の友人ら相寄り、こゝに詩碑を立てゝ、その詩業を記念することにした。碑表の文字は詩篇「歸郷」より取られ、友人小林秀雄が書いた。
 昭和四十年五月
   友人 大岡昇平 之を誌す

⑤中原中也詩碑 20160522 帰郷の一節





                 
        

中原中也記念館

2016/ 05/ 26
                 
 中原中也の詩と出会ったのが、高校一年の国語の教科書でした。
 「参考」と、右上隅に書かれています。その詩は教材としては取り扱われていないという意味でした。
 私にとっては、他のどの詩よりも強烈な印象をもった詩でした。それ以来、新たに刊行された詩集や、彼に関する書籍を手に取るようになりました。神田の古本屋街で買い求めた中原中也詩集も手元に残っています。

 あれから五十有余年、ようやくにして中也生誕の地を訪れることができました。

中原中也記念館②20160522


◇中原中也記念館(「中原中也記念館」入口の説明文転記)

中原中也記念館①20160522

《この記念館は平成6年(1994年)2月、郷土が生んだ詩人中原中也の業績を記念して、生誕の地に開館した。

日本の近代文学における代表的な詩人中原中也は、ここで産声をあげ、この地から市内の小学校と中学校に通ったのである。

中原家はこのあたりにかなり広い敷地を持つ大きな医院であった。詩人の生家は昭和47年(1972年)の5月(※)に火事で全焼している。現在、この記念館が建っている土地は、その広大な生家跡の一部である。火事の際、中也の自筆の原稿や遺品などの貴重な品々は、実弟の故中原思郎氏をはじめ遺族の決死の作業によって、無事に運び出された。その後もこれら遺品や遺稿は、遺族の手で大切に保存されてきた。この記念館を開設することができたのも、資料の散逸を防いだ中原家の努力に負うところが大きい。

中原中也記念館の建設は、中也の詩を愛する人々の長年にわたる願いであった。
没後57年を経てようやく、縁の深いこの地に中原中也記念館を設立することができた。
異郷で没した中也も、これで故郷に帰ることができたといえよう。》

中原中也記念館③20160522
 中原中也記念館



註「手元切抜き記事による」:(※)昭和47年(1972年)5月7日の朝日新聞朝刊
新聞記事①中原中也生家焼ける新聞記事②中原中也生家焼ける
《◇……中原文学の生家焼ける
 山口市湯田温泉にある昭和初期の代表的な詩人、中原中也の生家が六日朝、火事で焼けた。
 保存してあった中也の原稿約二千枚は実弟が持出して無事だったが、川端康成、小林秀雄、大岡昇平などの手紙二百通と、中原文学の研究資料など一万点が焼けた。
 最近でも中原ファンが多く、日に五十人ほどの見学者があり、たまたま四月二十九日が中也の誕生日で、ふだんは土蔵にしまっておく資料を、焼けた母屋に陳列していたために灰になってしまった。》



                 
        

山羊の歌 中原中也

2015/ 12/ 31
                 
 「羊を右に、山羊を左に」は、聖書の言葉。
 (英語の右(ライト)は、正義(善)を意味しています。相対する側(悪)に「山羊」が置かれています)

山羊の歌 復刻版 中原中也
 中原中也 「山羊の歌」復刻版


 中原中也の「山羊の歌」の論考は、2015年1月1日の読売新聞元旦特集版に、文化部の待田晋哉記者が、2015年「未年」に因み、群馬県の「多胡碑」とともに一面を割いて述べています。
 氏はかく疑問符を投げかけます。「・・・夭折(ようせつ)の詩人、中原中也(1907~37)は、未年生まれだ。彼の文学には、「羊」を巡る謎が一つある。1934年(昭和9年)に出版した生前唯一の詩集『山羊(やぎ)の歌』に、「羊の歌」と題する最終章があるのだ。「山羊」なのに、なぜ「羊」なのか。・・・」

 そして末尾に、詩集「山羊の歌」の、「初期詩篇」、「少年時」、「みちこ」、「秋」に続く最後の篇「羊の歌」中、「羊の歌 安原喜弘に Ⅰ 祈り」のお終い2行を引用してかく文章を締め括っています。


〖 <あゝ、その時、私の仰向かんことを!
  せめてその時、私も、すべてを感ずる者であらんことを!>

 人間の悲しみ、喜び、その「すべて」を感じられる心優しき「羊」になりたい。そのように願いながら、中也は詩人の荒ぶる魂を抱えた「山羊」として生きた。
 中原家の墓は山口市内にあり、小さな川がそばをながれる。冬ざれて、流れはさらさらと音をたてていた。  〗




①ムッチャン



『山羊の歌』


「初期詩篇」篇より「朝の歌」

 天井に 朱(あか)きいろいで
   戸の隙を 洩れ入る光、
 鄙びたる 軍楽の憶ひ、
   手にてなす なにごともなし。

 小鳥らの うたはきこえず
   空は今日 はなだ色らし、
 倦んじてし 人のこころを
   諌めする なにものもなし。

 樹脂(じゅし)の香に 朝は悩まし
   うしなひし さまざまのゆめ、
 森竝は 風に鳴るかな

 ひろごりて たひらかの空、
   土手づたひ きえてゆくかな
 うつくしき さまざまの夢。



②ムッチャン



「少年時」篇より「心象 Ⅰ」

 松の木に風が吹き、
 踏む砂利の音は寂しかつた。
 暖い風が私の額を洗ひ
 思ひはるかに、なつかしかつた。

 腰をおろすと、
 浪の音がひときは聞えた。
 星はなく
 空は暗い綿だつた。

 とほりかかつた小舟の中で
 船頭がその女房に向つて何か云つた。 
 ――その言葉は、聞きとれなかつた。

 浪の音がひときはきこえた。



③ムッチャン



「みちこ」篇より「みちこ」

 そなたの胸は海のやう
 おほらかにこそうちあぐる。
 はるかなる空、あをき浪、
 涼しかぜさへ吹きそひて
 松の梢をわたりつつ
 磯白々とつづきけり。

 またなが目にはかの空の
 いやはてまでもうつしゐて
 竝びくるなみ、渚なみ、
 いとすみやかにうつろひぬ。
 みるとしもなく、ま帆片帆
 沖ゆく舟にみとれたる。

 またその顙のうつくしさ
 ふと物音におどろきて
 午睡の夢をさまされし
 牡牛のごとも、あどけなく
 かろやかにまたしとやかに
 もたげられ、さてうち俯しぬ。

 しどけなき、なれが頸は虹にして
 絃(いと)うたあはせはやきふし、なれの踊れば、
 海原はなみだぐましき金(きん)にして夕陽をたたへ
 沖つ瀬は、いよとほく、かしこしづかにうるほへる
 空になん、汝(な)の息絶ゆるとわれははがめぬ。



④ムッチャン



「秋」篇より「生ひ立ちの歌」

 Ⅰ

    幼年期
 私の上に降る雪は
 真綿のやうでありました

    少年期
 私の上に降る雪は
 霙のやうでありました

    十七―十九
 私の上に降る雪は
 霰のやうに散りました

    二十―二十二
 私の上に降る雪は
 雹であるかと思はれた

    二十三
 私の上に降る雪は
 ひどい吹雪とみえました

    二十四
 私の上に降る雪は
 いとしめやかになりました・・・・・・

 Ⅱ

 私の上に降る雪は
 花びらのやうに降ってきます
 薪の燃える音もして
 凍るみ空の黝(※)む頃

 私の上に降る雪は
 いとなよびかになつかしく
 手を差伸べて降りました

 私の上に降る雪は
 熱い額に落ちもくる
 涙のやうでありました

 私の上に降る雪は
 いとねんごろに感謝して、神様に
 長生したいと祈りました

 私の上に降る雪は
 いと貞潔でありました

(※「クロ」む、または「クス」む)




⑤ムッチャン



「羊の歌 安原喜弘に」篇「憔悴」

    Ⅲ

 しかし此の世の善だの悪だの
 容易に人間に分りはせぬ

 人間に分らない無数の理由が
 あれもこれをも支配してゐるのだ

 山蔭の清水(しみづ)のやうに忍耐ぶかく
 つぐむでゐれば愉しいだけだ

 汽車からみえる 山も 草も
 空も 川も みんなみんな

 やがては全体の調和に溶けて
 空に昇って 虹となるのだろうとおもふ・・・・・・



⑦ムッチャン


 (※「山羊の歌」出処:「中原中也全集 第一巻」 著者中原中也 発行所株式会社東京創元社.昭和26年4月30日初版発行)



                 
        

春の詩 中也

2015/ 03/ 10
                 
 中原中也 『吹く風を心の友と』
   《「日本の詩集10 中原中也詩集〈未刊詩篇〉昭和43年2月10日初版発行 発行所角川書店》 


 
吹く風を心の友と
口笛に心まぎらはし
私がげんげ田を歩いてゐた十五の春は
煙のやうに、野羊(やぎ)のやうに、パルプのように、

とんで行って、もう今頃は、
どこか遠い別の世界で花咲いてゐるであらうか
耳を澄(す)ますと
げんげの色のやうにはぢらひながら遠く聞こえる

あれは、十五の春の遠い音信なのだらうか
滲(にじ)むやうに、日が暮れても空のどこかに
あの日の昼のまゝに
あの時が、あの時の物音が経過しつつあるやうに思はれる

それが何処か?――とにかく僕に其処にゆけたらなあ……
心一杯に懺悔(ざんげ)して、
恕(ゆる)されたといふ気持の中に、再び生きて、
僕は努力家になろうと思ふんだ――




111パンジーハウス20150310
 〈パンジーハウス2015年3月10日撮影〉