中野信子氏によるサイコパス 私の知ったこと

2017/ 03/ 06
                 
 『サイコパス』「第3章 サイコパスはいかにして発見されたか・精神分析の失墜と脳科学の台頭」の文中、ジークムント・フロイト(1856年5月6日–1939年9月23日)の精神分析学の業績を、いとも簡単に《注意深く読めば科学的証明に乏しい、反証可能性があるとは言いにくい理論であることがわかります。》(123㌻)と、中野信子氏は、脳科学者の立場からひと言で片付けています。
 そのこと(サイコパス)は、精神分析学の範疇ではないということも端的に言い表したいということにもつながるのでしょうか。
 そして、氏は、私は脳科学者ですから、やはり遺伝的要因のほうを重視していますという前置きのもと、《・・・だとすれば、サイコパスになる原因としては、後天的要因よりも遺伝的要因の影響のほうが大きいはずです。》と、145㌻で述べています。

サイコパス 中野信子著


 サイコパスは、アメリカの全人口の4パーセント(〈※〉)(心理学者マーサ・スタウト氏による)にものぼるといいます。

〈※〉『診断名サイコパス」で有名なカナダの犯罪心理学者ロバート・ヘアによれば、男性では全人口の0.75%がサイコパスだとされています。
 中野氏はそれらの文献を引用し、
 《いずれにしろ、おおよそ100人に1人くらいの割合でサイコパスがいると言えます。日本の人口(約1億2700万人)のうち、約120万人はいる計算になります。
 サイコパスは私たちの周囲に紛れ込んでおり、今日もあなたや、あなたの同僚や友人、家族を巻き込んでいるのです。
 あるいは、この本を今読んでいるあなた自身が、サイコパスかもしれません。》
と、序文の「はじめに」で記しています。

 中野信子氏は、かって「MENSA」(人口上位2%の知能指数を有する者が入れる団体)のメンバーでした。
 《・・・そこにはさまざまな現象について法則を見出すことが好きな人たちが集まっていて、パズルやゲームの攻略法を探し出したり、社会を見渡し、あるいは実験を通じて「こうなのではないか」「実はこういうことが言えるのではないか」という法則を考えたり、「みんなが常識だと思っている道徳や『決まり』は、実は最近になって作られた、誰かにとって都合のいいパラダイムだ」ということを見つける》・・・ことを、ゲームのように楽しんでいたそうです。

 ゲームも社会生活も約束事に守られてこそのはずですが・・・

 《・・・隠されたゲームのルールや社会の秩序を見つけたとき、それを悪用しようとする人もいます。抜け穴を使って他者を出し抜いたり、ひとりだけ規則に従わずに済ませたり、面従腹背していいとこ取りをするような行為です。これを指して、ネットスラング由来の言葉で「ルールハック」と呼ぶことがあります。
 普通の人はそういう反道徳的な行為をしません。しかしサイコパスはルールハックを気にせずにやってのける。
 これはとても不思議なことです。彼らにはなぜブレーキがかからないのか?
 また、100人に約1人の割合で存在しているということは、人類進化の過程で、サイコパスは今日まで淘汰されることなく生き残ってこられたということでもあります。
サイコパスの生き方(生存戦略)は、普通の人からすればとんでもないものに見えますが、生存戦略としては意外と有効なのかもしれません。》


◇「勝ち組サイコパス」と「負け組サイコパス」
  「第2章 サイコパスの脳」の、「2」「勝ち組サイコパス」と「負け組サイコパス」に、15ページにわたって論じられている内容が、ある意味、この本のメインイベントとしてアナウンスされる舞台かも知れませんが、あえて割愛とさせていただきました。

 私が知りたかったのは、サイコパスと言われる人たちが、通常の人たちと価値観を共有して同じ約束事のもとに生活できるのかどうかでした。そのことを、中野信子氏の著書から読み解きたいと思いました。
 ということで、「サイコパスの脳」の箇所を転書して、「サイコパスを知る」こととしました。


《◇87㌻~91㌻
 人間の脳の認知機能をつかさどる部分には、大きく分けて「大脳辺縁系を中心とした情動を司る部位の機能」と、「前頭前皮質を中心とした思考を司る部位の機能」の2つがあります。
 まずは、能科学の観点から、「サイコパス」の脳の働きを探ってみましょう。

①恐怖を感じにくい脳――扁桃体の活動が低い
 扁桃体を手術で取り除いてしまうと、うなり声や悲鳴、怒りの声
のような否定的なサインが理解できなくなることが知られています。食べられないものでも手当たり次第に口に運んだり、あらゆるものに対して発情し交尾をしかけたり、以前は恐れていた動物やヘビなどに平気で近づくようになります(クリューバー・ビューシー症候群と呼ばれています)。 
 つまり「サイコパスは扁桃体の活動が低い」ということは、恐怖や不安など、動物が本来持っている基本的な情動の動きが弱い、ということです。
 扁桃体の働きの一つとして、外界からのさまざまな感覚情報(刺激)が伝わる速度は、社会性や理性を司る前頭葉への伝達速度に比べ、扁桃体へは2倍の速さで到達します。考えるより先に、いわば本能的に反応する部分、と思ってもらっていいでしょう。

②「VMPFC」の異常――痛々しい画像を見ても反応しない:
 前頭前皮質については、VMPFC(内側前頭前皮質)ないしはVPFC(前頭前皮質腹内側部)が、一般人とサイコパスでは大きく異なってることも知られています。
 VMPFCが正常に機能していない人は、肉体的な変化が起こらないことです。脳の反応がないから、汗もかきませんし、皮膚の導電率の変化も起こりません。
 ゆえに、道徳的な文脈で「こういうことはしてはいけない」といくら言っても、サイコパスの心には響かない。将来的に自分が社会から大きな罰を受けることを、痛みをともなって想像することができない。
 だから「痛みを回避する」という学習様式を取ることもできないわけです。

③海馬と後帯状回の機能障害――情動記憶についての欠陥
 扁桃体や前頭前皮質以外にも、サイコパスの脳の特徴は報告されています。
 たとえばサイコパスの脳の学習能力に関しては、複数の調査が「海馬」の機能低下とサイコパスである傾向の高さの関連を指摘しています。
 海馬とは、情動を司る大脳辺縁系の一部です(扁桃体と近い場所にあります)。海馬は学習や記憶、空間の把握に重要な役割を果たしており、恐怖条件付けにも関わります。何をすべきか、何をすべきでないかを学ぶうえで重要な場所が、海馬だといえます。
 サイコパスは情動障害を持ち、怖れを感じない存在であることを今まで見てきましたから、「サイコパスは海馬に機能低下がみられる」という点について、違和感はないのではないかと思います。
 海馬機能が低下すると、状況判断の誤認をもたらし、攻撃的な行動のコントロールを失わせます。》


《◇70㌻. 80㌻
 能科学の観点から、「サイコパス」の脳の働きを探る。
①「熱い共感」を持たない脳:「サイコパス」は道徳によって判断することはありません。「合理的なのだから、それが正しい」と考えます。》


《◇82㌻
 「サイコパス」は、次に示すいずれかの理由、あるいはそれが複合することで、恐怖や罰から社会的な文脈を学習して痛みや罪、恥の意識を覚えることができません。
①扁桃体の活動が低い
②眼窩前頭皮質や内側前頭皮質の活動が低い
③扁桃体と眼窩前頭皮質や内側前頭皮質の結びつきが弱い

 (一方、サイコパスとは逆に、前頭前皮質と扁桃体の結びつきが強すぎる人もなかにはいます。このような人は、社会不安障害(対人恐怖など)やパニック障害、うつなどに罹患しやすいこともわかっています。)》

 
《◇107㌻
 「サイコパス」を対象にした脳画像の研究から、示唆されたのは次の4つのことです。
①脳梁の拡大
②海馬後部の体積減少
③海馬前部の非対称(左側より右側のほうが著しく大きい)
④前頭前皮質の灰白質の容積減少
 (このうち、③と④は、「成功していない」(負け組)サイコパスに見られるもので、「成功した」(勝ち組)サイコパスには認められていません。》


《◇216㌻
  「心理療法」は、大きく分けて次の3種類に分類できます。
①精神分析的心理療法
②人間学的心理療法(〈※〉)
③認知行動療法

〈※〉人間学的心理療法とは、人間性心理学(自己実現など肯定的価値観を主体とする心理学)をベースにしたもので、アメリカの臨床心理学者カール・ロジャースが提唱したパーソンセンタード・セラピー(来訪者中心療法)、ドイツの精神医学者フレデリック・パールズによるゲシュタルト療法などがあります。)

 認知行動療法は、ものの受け取り方や考え方(認知)に働きかけ、その帰結としての人間のふるまい(行動)を変化させていくという心理療法です。
 ただし、認知行動療法を含む心理療法は、前提として患者が「何を不安に思い、苦しんでいるのか?」が出発点になります。サイコパスにはそもそも「不安」がありません。出発点がないのです。しかも彼らは行動を改めることを拒みます。サイコパスは裁判所をはじめ、刑期を左右する人間に取り入れるためだけに(悔悛していることを装うために)、治療プログラムに参加するのです。》

追補です。(「認知行動療法」をとって治療しているあなたへ・・・) 
 (サイコパスは〉
《◇150㌻
・脳の機能について、遺伝の影響は大きい。
・生育環境が引き金となって反社会性が高まる可能性がある。
◇221㌻
・このように、サイコパスの治療は、そう簡単にはいきません。場合によっては、"治療後”のほうが再犯率は上がってしまいます。近所の精神科に通うレベルではとうてい治すことは不可能なのです。》

 ということで、「サイコパス」という一端を知ることができたという本となりました。



 中野信子著『サイコパス』の中から、歴史上にその名を残している人物を一人描き出し、この章を終わります。


《◇革命家・独裁者としての勝ち組サイコパス

 ミシガン州オークランド大学工学部教授のバーバラ・オークレィの著署『悪の遺伝子』では、毛沢東もサイコパスだったのではないかという推察がなされています。
 幼少期の毛沢東は父親に向かって、「年長者なのだから年少者の自分より仕事をするべきだ」と主張したといいます。これは儒教社会の中国ではとんでもない非礼にあたります。「長幼の序」という価値観を否定した毛沢東は、生まれながらの権威の破壊者、革命家だったのかもしれません。
 そして彼は持ち前の弁舌の巧さで人々を魅了し、権力を獲得しました。毛沢東の名言の一端は、『毛沢東語録』にまとめられています。
 しかし、毛沢東の私生活は破綻していました。複数の愛人をもち、最初の妻やその息子が捨てられて零落し、精神疾患で苦しんでも、憐憫の情をまったく示さなかったそうです。
 家族を含めた他人の痛みがわからない人間でなければ大粛清(〈※〉)をおこなうことなど不可能だったでしょうし、文化大革命で貴重な歴史的遺産や芸術作品を破壊するなどということもできなかったでしょう。》

〈※〉:文革には共産党内部の権力闘争と、その大衆運動化という二重の性格があり、悲劇は拡大した。文革中の奪権闘争や武闘で約2000万人もの死者が出たともいう。
出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」
(それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。)