五八 川の幸

2014/ 09/ 07
                 
 利根川の鮎 ⑤


 利根川が家から一キロばかりの所を走って居りますから、当然川の幸が多いわけなのですが、どういうわけか昔からそんなに川の幸に多く恵まれていません。鯉やクキなどはむしろ庭の池に養って居りました。昔から来客があると下の庭にある池から鯉をあげて御馳走するのでした。然し、なんと云っても川の御馳走は鮎でした。私の小さいころは方々に簗があって水が出る毎に魚がとれ、しかもその水の出方が悪いと簗が流れてしまって、簗師はその度毎に大損害をするのでした。私の家の杉山は生育の悪い木が多かったので、その簗に並べるのは手頃でしたからよくその簗材に求められました。父はその求めに応じた事が多かったのですが、その代金は又もらえない事の方が多いようでした。簗というのはそんなに危険が多く、簗師というのはしばしば一攫千金の夢と身代限りの現実を味わう商売のようでした。

 昔、明治の時代に祖父の弟にあたる大叔父はこの利根川の鮎を明治天皇樣に献納して御嘉納いただきました。明治天皇様は特に利根川の鮎をお好み遊ばされまして宮内省の大膳寮の役人を時折御差遣になりまして利根川筋の鮎をお召しになりました。この為大叔父は木曾神社の湧玉の泉に生洲を設け、その御用に当てました。それで生洲の側に小屋を建て宮内省の役人の出張される時のお休み処と致しました。大叔父は木曾神社の神主をして居りました。そして右の小屋を宮城遥拝所と名づけ、平常は皇居の遥拝所にあてて居りました。宮内省の役人の出張のない時には良い漁を選んで大叔父は鮎を湧玉の泉に養っては宮内省に差上げました。当時民間で直接に献上の栄を得ていた産物と献上人が八人ありました。例えば見沼の螢は大宮の氷川神社の宮司、香は鳩居堂の熊谷氏などでしたが、木曾神社宮司としての大叔父はその一人に加えて頂きました。そこで木曾神社の湧玉の泉は宮内省の御用生洲となり、主猟官の御差遣もまたしばしばありました。これみな鮎漁でありましたが、春になって或時立派な山女がとれた事がありまして、これも献納しましたがその時又主漁官の御差遣がありました。然し山女の時期は短いのでその時は御漁がなかったと云います。

 以上はいずれも明治時代祖父の生存した頃のことでしたが、大正になって大叔父のその身一代献納をさし許された時代は過ぎました。大正時代以後の事は私も記憶があります。その頃は父の代になり叔父の所へ館林から叔母が来て交際が開けました。毎年初秋になると、父はその親戚へ鮎を送りました。

 その時分私の家に出入りした職人に野島の初さんという川の漁に明るい人が居りました。鮎の時期になると一日出かけて方々の釣師から大きな魚ばかり集めて来ました。私の家の台所は見事な魚ばかり集まりました。丸ショウギという平らな竹籠に頭を中心にして矢車状に並べ、その丸ショウギを何枚も重ねて、それを野島の初さんがお使役として館林の親戚に届けました。

 その鮎は一尺位ずつありその丸ショウギの上に羽子板を並べた様にならんでいました。これは私が見て記憶しているのですからこれから推しても明治の鮎は立派だったと思います。館林へ送り物をしたおこぼれは当然私達も口にしたので憶えば勿体ない様な川の幸を私達はたべたものです。館林の家は醤油屋でしたが大きな農場を自営して居り初さんが魚を持っていくと帰りにはその農場で出来た梨をお返しに頂いたものでした。その梨が又、一つ一つとても大きかったので今でも記憶に新たです。

 鮎を食べるのは嵐のあった翌日の利根川の出水の時です。坂東橋の下流で長い竿の先に丸いすくい網をつけたもので村の人達は揃って流れ落ちてくる鮎をすくったのです。そんな時は実に沢山の鮎がとれました。自然に私共の台所まで充分この魚で賑わいました。

 その他利根川筋の懇意な人達から時折鱒やクキなど頂きました。鱒と云っても今の養殖鱒ではなく鮭と並ぶ様なものでした。その他山女、岩魚など時たま味わいましたがこれは極稀でした。

 関東発電所が出来てから利根川に堰堤が出来、それ以後魚は途絶えました。


 習俗歳時記 
昭和50年10月1日発行
 著者 今井善一郎
 発行所 株式会社 煥乎堂


 箱田の家  ⑤
 左が「母屋」。母屋から屋根つきの渡り廊下を通って「隠居・蔵」へ。隠居蔵の手前に「下の池」がありました。下の池は、今は土で埋められています。この写真では見ることが出来ませんが、今では「上の池」だけになっています。(東南にある蔵と蔵の間にあるくぐり戸を抜けた先の「東屋」には池がありますが、昨今枯山水の風を呈していて水がはってありません。※隠居蔵の2階は蔵書蔵となっていて、『橘山房』として地元の図書室としても使われています…。)












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