2014/ 11/ 01
                 
 竹

竹②

 小諸の冬。
 リンゴを入れる木箱に竹をくくりつけて、橇の足をつくりました。
 竹スキーも作りました。
 
 お正月。
 竹馬をつくって庭で遊びました。

竹①

 箱田の家。
 竹馬に乗って、いとこ達と遊びました。
 竹の節を、二段、三段、四段と徐々に上げて、足を乗せる高さを競います。
 信州の小諸から上州の北橘へは、折に触れて、冬休みや夏休み、ときには春休みに泊まりがけで遊びに行きました。

 箱田の家の囲炉裏端。
 ナポレオンさんが、囲炉裏端に並び座った私たち子どもを前にして、尺八を吹いてくれます。
 尺八は、真竹でできています。尺八の長さは、一尺八寸で、もともとは中国由来の寸法で、これが正統派のものなんだそうです。
 冬の夕方です。
 犬のコロも、チロチロと燃える囲炉裏端で、うたた寝をしています。




クモと竹③


 ナポレオン。
 【「七〇   」
 今は乞食というものは来なくなりましたが、以前にはよく来たものでした。私の小さい頃きた乞食に とか、そもそもとかいうものがありました。それはその乞食の出身地が という村であり、その物乞いする時の芸能がそもそもという謡だったからです。
 そもそも熊谷直実は
 頼朝公の身内にて
 阪東一の旗頭
などと唄いだすのでした。いつでもきまってこの唄を一つ覚えにおぼえていてただそれだけを唄うのでした。
 それから又暫くして という人がきました。この人は何も唄わずただだまって門口に立つのでした。村に祝儀、不祝儀があるときまってやってきて台所のお余りなどをもらってゆきました。この人は学校の先生が頭が変になったのだとか言って算術が大変上手だったということです。
 よく鎌など持出して畑の草などむしってくれた事があります。ある寒い朝、私の家の肥料小舎の上に倒れていたことがありました。 さんに死なれたのかと思って大いに驚きましたがその中に、のこのこと起き上って歩き出したので、ただ寝ていたのだという事がわかりました。あんな寒い所へ寝ても平気な体だったのです。いろり端へ招じて体を暖めて暖かい御飯をやったらば「有りがたいのう」とつぶやきながら帰りました。
 ナポレオンという乞食がありました。或秋のさつま芋のとれた時来てその中の二本だけもらってゆきました。なぜもっともらわないのかと尋ねました、「俺は日本中にあずけてあって必要なだけもらってゆくのだ」と答えました。このナポレオンは大の旅行家で関東以北を重い荷を背負って歩き廻っているのでした。私の家ではきまった飯と汁のお椀があってそれで食事をしてゆきました。私の娘が東京のある女子大の寮に居た時その話をしましたら山形のお友達が、「私の家へもその人は来る」と言ったので大いに驚きました。この人は九州の出身でナポレオンマニアが昂じて遂には気が変になり乞食にまでなったのだということです。この人は終戦後よく家にきました。】



ジョロウグモの雌と雄
 ジョロウグモのメスとオス
 (カマキリと同じく、オスがメスに近づくと、メスに食べられてしまいます。メスが食事をしている隙を狙って、オスは交尾をします。メスは産卵すると、寿命がつきます。)



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