フジコ ヘミング ヤマハホールでのリサイタル

2014/ 12/ 17
                 
   
 新ヤマハホールの座席数は、333となっています。
 フジコ・ヘミングが若かりし頃のコンサート会場だった頃とは、そのすべてにおいて趣を変えていました。


 フジコ ヘミング プログラム追加曲


 【私が20代の頃 たびたびヤマハホールでリサイタルをしたものでした。いつも満員の客に友人がおどろいていました。山葉の社長さんも私のファンで私の画を客間にがくに入れたのをかざって下さいました。浜松の家で。Nov.2014  I fuziko.H】

 12月15日、ヤマハホール(※)の会場に置かれたグランドピアノはどこのメーカーだったのでしょう。母音の上にウムライトがついていましたから、ドイツで製造されたのかなと思いましたが、判りません。
 ベーゼンドルファー、ベヒシュタイン、ブロードウッド、ファツィオリ、シンメル、スタインウェイなどが、海外では主に使われているやに聞き及んでいますが、日本では、スタインウェイを置く会場(クラシック音楽会でのピアノ演奏の場合)が多いように感じます。

 いずれにせよ、今日の会場に置かれたピアノには、YAMAHAという文字は書かれていませんでした。

 結構以前のことになりますが、スヴャトスラフ・リヒテルが、来日の折には、いつもといっていいほどYAMAHA製のものを使っていましたので、フジコさんもヤマハホールでのリサイタルなのなら、ヤマハのピアノで弾くのかなと勝手に思い込んでいた節も無きにしも非ずでしたけれど。

今日の演奏曲目ですが、プログラムに追加が二曲ありました。
 追加の曲を二つも加えるというのは、フジコさんの演奏スタイルとしては、かなり珍しいのではないでしょうか。
 第一部に、ショパンのバラード「第1番 作品23」、第二部では、リストの「3つの演奏会用練習曲 作品144より第3番(ため息)」。

 定番の、ラ・カンパネッラが終わり、いったん舞台裏に引き下がった後、再び登場して弾いたのが、ベートーヴェン ピアノソナタ第17番ニ短調作品31-2 テンペスト 第3楽章、そして、バッハ 「主よ人の望みの喜びよ(アリア)」で、最後を締めています。

  ドビッシーも曲目は違いましたが前回に続けて聴けましたし、ショパンの黒鍵も久しぶりに聴くことができました。
 

※1951年に建てられたヤマハ銀座ビルは、2010年2月、(新)ヤマハ銀座ビルとして生まれ変わっています。
 リヒテルやフジコ・ヘミングのコンサート会場となったヤマハホールは、当然のことではありますが、旧建物時代のものです。念のために申し添えさせて頂きました。


プログラム②表

プログラム① 演目



ヤマハビル①
 ヤマハ銀座ビル


ヤマハビル② ホワイエより壁面を見上げる
 ヤマハ銀座ビル7Fのホワイエより内壁面を見上げて撮りました。














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