「皇后美智子さま」秘録 最終回

2014/ 12/ 20
                 



「皇后美智子さま」秘録 最終回 

 ≪ 皇太子明人親王結婚の儀は、昭和34年(1959年)4月10日(金)。正田美智子さんが、美智子さまになられてから55年の歳月が流れています。
 いわゆる、ミッチー・ブームは、この日のご成婚パレードで頂点に達しています。皇居から渋谷の東宮仮御所までの8.18km、四頭立ての場所が目抜き通りを走っています。その沿道には53万人を超える人々が、お二人を祝福するために集まっていました。


 日本における週刊誌は、このミッチー・ブームをきっかけとして、多くの出版社が創刊号を発行したといわれています。
 昭和31年(1956年)2月、【週刊新潮】(新潮社)の創刊に始まって、
 昭和32年(1957年)に、【週刊女性】(主婦と生活社)、
 昭和33年(1958年)に、【週刊女性自身】(光文社)、【週刊明星】(集英社)、【週刊大衆】(双葉社)、【週刊実話】(日本ジャーナル出版)と続き、
 ご成婚の年、昭和34年(1959年)4月には、【週刊文春】(文藝春秋社)が創刊されました。

 (※日経新聞を除く日本を代表する三つの新聞社が発行する週刊誌の創刊年を参考に載せました。
【週刊朝日】(【朝日新聞社発行.〈平成20年(2008年)4月以降は朝日新聞出版刊〉)は当初【旬間朝日】として大正11年(1922年)2月に創刊され、
同年に【サンデー毎日】(毎日新聞社)が発刊されています。
追補:【読売ウイークリー】(読売新聞東京本社発行)昭和18年〈1943年〉創刊~平成6年〈2008年〉休刊。・【月刊読売】、【週刊読売】、【Yomiuri Weekly】と名称変更の後に【読売ウィークリー】となる。)


 工藤美代子が、直近の週刊新潮で、「・・・常に国民に心を添わせ、「愛と犠牲」の精神に溢れる皇后に、人々は尊崇と感謝の念を抱いてきた。そして、もしかしたら、美智子皇后が長い歴史を正しく継承した最後の皇后となるのではないかと、・・・」という文章で「皇后美智子さま」秘録を締め括っています。 ≫
 

≪ ノンフィクション作家 工藤美代子による、ご成婚55年「皇后美智子さま」秘録は、第29回をもって最終回となりました。〈※週刊新潮2014年№49.12月25日選挙増大号〉 ≫

◇   ◇   ◇

 含む乳の真白きにごり溢れいづ 
  子の紅(くれない)の唇生きて

 あづかれる宝にも似てあるときは
  吾子(わこ)ながらかひな畏れつつ抱(いだ)く

 新居に落ち着いた美智子妃は、若い母親としての心情を込めた歌を二首詠まれている。

 前の一首は「真白き」と「紅」という鮮やかな色彩を振り分け、乳を口に含む親王の生命感と若い母親としての喜びを謳い上げたもの。
 後の歌には、わが子ながらいずれの日にか皇太子となり、やがて天皇になる。そう考えると、宝物のように腕全体で「畏れつつ抱」いてしまうという率直な心が詠まれている。いずれも秀歌と形容するにふさわしい歌であるが、特筆すべきはやはり民間出身の妃殿下だからこそ詠めた歌だという点だろう。
 これらの歌を通して、皇室が新しい夜明けを迎えたことを実感した人は多かった。

◇   ◇   ◇   

≪ 工藤美代子が、最終回、最終行に書いた文章は、次の文言で終わっています。 ≫

◇   ◇   ◇   

  昭和64年1月7日朝、昭和天皇が崩御され、その翌日「平成」と改元される。
 美智子妃は美智子皇后となり、さらなる重責が待ち受けることとなった。
 それから四半世紀以上の月日が流れた。常に国民に心を添わせ、「愛と犠牲」の精神に溢れる皇后に、人々は尊崇と感謝の念を抱いてきた。そして、もしかしたら、美智子皇后が長い歴史を正しく継承した最後の皇后となるのではないかと、多くの国民は感じているのである。

◇   ◇   ◇   

≪ 工藤美代子の文章を前後してしまいますが、「ナルちゃん憲法」のことが書かれていますので、ラストエンプレスとして書き記します。 
 浩宮を残しての長旅(昭和35年〈1960年〉9月22日から10月7日にかけての日米修好百年親善アメリカ合衆国訪問)に際し、美智子妃は育児に関するメモを侍従、女官に託して出発しました。この最終回では「憲法」のそのほんの一部を、佐藤久「浩宮さま」ほかの著作から拾って紹介しています。 ≫

◇   ◇   ◇      

 「一日一回ぐらいはしっかり抱いてあげてください」
 「自由に廊下を遊びまわっているときは、入っていけない部屋や、危険な階段に通ずるドアは、忘れずに閉めてください」
 「おそうめんをいただいたあと、口のまわりは、ぬれたガーゼでよくふいてあげてください」
 「ひとり遊びは続けさせてください。遊んでいるときは多くの人でとりかこまないように」
 「お食事のときは、ご本はあげないように」
 「悪いことをしたら、時には厳しく『ナルちゃん、止めなさい』と叱ってくっださい」

 これが一般に「ナルちゃん憲法」と呼ばれたメモで、「憲法」と名付けたのは美智子妃自身である。絶対に守ってもらいたい決まりごとという意味を込めて付けられたのだと言われている。
 留守をあずかる侍従、女官、侍医、看護婦たちの育児法は当然ながら、それぞれ違いがある。その基本を統一したいと考えてのことだった。



 
正田美智子さん婚約発表直前の写真
 正田美智子さん(婚約発表直前の毎日新聞スクープ写真)





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