1月22日は、カレーの日。

2015/ 01/ 22
                 
  1月22日は、カレーの日



「キッコーマン国際食文化研究センター」の公式サイトでは、カレーを洋食として紹介(明治5年(1872年)発行の『西洋料理指南』と『西洋料理通』によるカレーの製法記述)しています。

 ということはさておきまして、きょうは、『カレーの日』です。
 野菜類、肉、ご飯と一皿に栄養のバランスが三拍子揃い、かつ、子供たちの人気ナンバーワン(当時)のカレーライス=ライスカレーが、学校給食のメニューの中で、『〇△□の日』として、唯一選ばれたということでしょうか。

 1982年(昭和57年)、全国学校栄養士協議会が、学校給食が始まって35周年を記念して、1月22日を全国の学校給食の統一献立の日として、カレーを選びました。

 (いわゆる戦後になってからの給食として、1947年(昭和22年)1月22日の水曜日から、主要都市の約300万人の児童にララ物資給食(※)がスタート。この日を学校給食の始まった日としての記念日としました。なお、ユニセフの援助による脱脂粉乳給食は1949年(昭和24年)に始まり、そして1950年(昭和25年)より開始されたアメリカ合衆国の援助による小麦粉給食により完全給食の体制が整ったことを付記しておきます。)

≪※『ララ』はアメリカ合衆国救済統制委員会が1946年6月に設置を認可した日本向け援助団体。1946年1月22日にアメリカサンフランシスコ在住の日系人浅野七之助が中心となって設立した「日本難民救済会」を母体としている。
当時アメリカにおける対外的な慈善活動は海外事業篤志団アメリカ協議会(American Counsel of Voluntary Agency for Work Abroad)が担っていたが、その対象地域は欧州のみであり日本は含まれていなかった。そのため、日本に対する援助物資輸送のために新たな援助団体を設立する必要があった。反日感情が残るなかでの「アジア救援公認団体」認可に際しては知日派のキリスト友会員の協力によるところが大きい。
支援物資は1946年11月から1952年6月までに行われ、重量にして3300万ポンド余の物資と、乳牛や2000頭を越える山羊などもあり、全体の割合は食糧75.3%、衣料19.7%、医薬品0.5%、その他4.4%となった。多数の国にまたがり、多くの民間人、民間団体からの資金や物資の提供であったためその救援総額は不明であるが、推定で当時の400億円という莫大な金額であったと言われている。
南北アメリカ大陸在住の日系人が寄附の中心であったが、日本国内での物資配付にあたっては連合国軍最高司令官総司令部の意向により日系人の関与について秘匿され、アメリカからの援助物資として配付された。(ウィキペディアによる)≫




書きかけです・・・   …

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