春の詩 賢治

2015/ 03/ 09
                 
 宮沢賢治 『早春独白』
  《「春と修羅 第二集」より


                  一九二四、三、三〇、

   

   黒髪もぬれ荷縄もぬれて

   やうやくあなたが車室に来れば

   ひるの電燈は雪ぞらにつき

   窓のガラスはぼんやり湯気に曇ります

      ・・・・・・青じろい磐のあかりと

        暗んで過ぎるひばのむら・・・・・・

   身丈にちかい木炭(すみ)すごを

   地蔵菩薩の龕(がん)かなにかのやうに負ひ

   山の襞もけぶってならび

   堰堤(ダム)もごうごう激してゐた

   あの山岨のみぞれのみちを

   あなたがひとり走ってきて

   この町行きの貨物電車にすがったとき

   その木炭(すみ)すごの萓の根は

   秋のしぐれのなかのやう

   もいちど紅く燃えたのでした

      ・・・・・・雨はすきとほってまっすぐに降り

        雪はしづかに舞ひおりる

        妖(あや)しい春のみぞれです・・・・・・

   みぞれにぬれてつつましやかにあなたが立てば

   ひるの電燈は雪ぞらに燃え

   ぼんやり曇る窓のこっちで

   あなたは赤い捺染ネルの一きれを

   エヂプト風にかつぎにします

      ・・・・・・氷期の巨きな吹雪の裔(すゑ)は

        ときどき町の瓦斯燈を侵して

        その住民を沈静にした・・・・・・

   わたくしの黒いしゃっぽから

   つめたくあかるい雫が降り

   どんよりよどんだ雪ぐもの下に

   黄いろなあかりを点じながら

   電車はいっさんにはしります

 

関連記事
スポンサーサイト
                 

コメント