小諸

2015/ 10/ 24
                 
 懐古園は白鶴城や酔月城とも呼ばれた小諸城の跡で三の門には徳川家達(いえさと)公の筆になる「懐古園」の大額が掛かっています。
  小諸城は、全国的にも珍しい城下町より低い穴城で、浅間山の火山灰で出来ている谷と丘を利用して造られ、水を用いず、崩れやすい断崖が堅固な要塞となっています。
また、文豪島崎藤村の千曲川旅情の歌「小諸なる古城のほとり」でも知られる信州の名園となっています。
 (小諸市「懐古園」:小諸城址懐古園オフィシャルサイト)


  小諸に住んでいました。
  父の転勤で、沼田から移り住みました。
  引っ越しそうそう、「アソバズ!」と玄関先で大きな声がします。
  「アソバズ」とは何ぞやと思いましたが、「遊ぼうよ」ということだよ。と、シュウちゃんたちが教えてくれました。
  小学校にあがる前の年の頃から、小学4年生の夏休みまで過ごしました。
 依田君、馬場君、佐藤君、田中君、小山(ゆう)君、小山(かず)君、大野君、中村君、泉君、山中君、林君、名前がどんどん出てきます。
 一年、二年の学級担任は赤岡栄市先生、三年、四年は上原文三先生でした。
 上原先生から頂いたたよりの中に、今、我が家に泊まりこみで(この時は岩村田かな…)、松木さんや佐藤君、田中君たちがスケートをしにきているよ。と書かれていたことを思い出しました。
 

 千曲川ではメダカもとれました。
 ジンケンという魚をご存知ですか。
 子供が竿をいれてもすぐかかるような小魚です。
 地方ちほうによって呼び名が変わります、このあたりだけの言い方かも知れません。
 ハヤとクキ。名前は違えど同じ魚のことをいったり、または、異なる魚だったりします。
 このあたりの千曲川では、ハヤといっていた魚は、そんなに当たり前には釣ることができませんでした。
 あちこちの小川や沢では、川エビ、シジミ、沢蟹など獲れました。
 大人たちはアユの解禁を心待ちにしていました。
 我が家の食卓に上るアユは、いつも頂き物です。
 父が庭の真ん中で、燻すように焼くアユの塩焼きは、また格別な味がしました。

 21 千曲川を望む懐古園より20151023
 ・懐古園より千曲川を望む 

22 千曲川に至る 懐古園20151023
 ・これより千曲川に至る



◇懐古園

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24 20151023

26 20151023

27 和弓



◇島崎藤村詩碑
30懐古園島崎藤村詩碑千曲川旅情のうた


千曲川旅情のうた 29-1
  千曲川旅情のうた

 小諸なる古城のほとり 雲白く 遊子
 悲しむ 緑なす繫縷は萌えず
 若草も籍くによしなし しろがねの
 衾の岡邊 日に溶けて淡雪流る
  あたゝかき光はあれど 野に満つる香も
 知らず 淺くのみ春は霞みて 麥の色

千曲川旅情のうた 29-2
 わづかに靑し 旅人の群はいくつか 畠中の
 道を急ぎぬ 暮れ行けば淺間も見えず
 歌哀し佐久の草笛 千曲川いざよふ
 波の 岸近き宿にのぼりつ 濁り酒
 濁れる飲みて 草枕しばし慰む

       島崎藤村
 信濃路之(の)おもひで尓(に)旧詩之(の)
 一つ越(を)志(し)るす


《※:写真の碑文の詩と添え書きは島崎藤村自筆のもので、その一部が万葉仮名などで書かれています。ここで読みやすいように表記した詩文は、落梅集「小諸なる古城のほとり」を引用しました。
 また、添え書きのみをソノママ書き写しました。読み方については、ブログ作者(むさしの想坊)が書き加えましたことを申し添えさせていただきます。》


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