人生の意味と神 信仰をめぐる対話

2015/ 12/ 07
                 
 教会を訪れたことがありますか。
 
 今からどれくらい前のことだったのでしょうか。
 クリスマスの劇で、私も登場人物の一人でした。
 『 「エマ エマ レマ サバクタニ… 主よ、主よ、どうしてあなたはわたしをお見捨てになられたのですか」と、言われたというのだ・・・』 という台詞がわたしの口元から発せられています。
 イエスの死と復活に至る場面転換の重要な幕間です。
 そのときの劇中では、「何故見捨てたのですか」という訳に従っているのですが、本来は、イエス・キリストが問うたとされている言葉は「何のために見捨てたのですか」ということのようです。

 書棚には幾冊かの聖書(文語体のもあります)が置いてありますが、その一つ「聖書 新共同訳 ―旧約聖書続編つき (共同訳聖書実行委員会 1987 印刷三省堂印刷.製本星共社)」の、マルコによる福音書15章34節は、「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」・・・「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」となっています。


 エロイ エロイ レマ サバクタニ (マルコ福音書15章34節 ――詩編22編のはじめの言葉――)は、ドイツ語とギリシャ語においてよく間違って訳されました。すべてのドイツ語の翻訳では、「わが神、わが神、なぜあなたはわたしを見捨てられたのですか」となっています。それに対してヘブライ語が言っているのは、「わが神、わが神、何のためにあなたはわたしを見捨てられたのですか」ということです。二光年ほどの相違があります。というのは、「なぜあなたはわたしを見捨てられたのですか」は、神に対する疑いに由来し、神を疑問視し、後ろ向きに、過去へ、動機付けへ向かいます。それに対して、ヘブライ語で三千年前立てられ、イエスもきっと知っていたであろう問いは、未来を見ており、したがって神を疑問視しているのではなく、神に問いを立てています。その問いは、この苦しみの意味をまったく確かなものとして前提したうえで、なぜ神がそれをわたしに課せられたのかを知りたく思っています。
 (『人生の意味と神 信仰をめぐる対話 132㌻・ラピーデの言葉.2014年9月1日第1版第1刷発行.著者……ヴィクトール・フランクル.ピンハス・ラピーデ.訳者……芝田豊彦.広岡義之.発行所株式会社新教出版社)



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