山羊の歌 中原中也

2015/ 12/ 31
                 
 「羊を右に、山羊を左に」は、聖書の言葉。
 (英語の右(ライト)は、正義(善)を意味しています。相対する側(悪)に「山羊」が置かれています)

山羊の歌 復刻版 中原中也
 中原中也 「山羊の歌」復刻版


 中原中也の「山羊の歌」の論考は、2015年1月1日の読売新聞元旦特集版に、文化部の待田晋哉記者が、2015年「未年」に因み、群馬県の「多胡碑」とともに一面を割いて述べています。
 氏はかく疑問符を投げかけます。「・・・夭折(ようせつ)の詩人、中原中也(1907~37)は、未年生まれだ。彼の文学には、「羊」を巡る謎が一つある。1934年(昭和9年)に出版した生前唯一の詩集『山羊(やぎ)の歌』に、「羊の歌」と題する最終章があるのだ。「山羊」なのに、なぜ「羊」なのか。・・・」

 そして末尾に、詩集「山羊の歌」の、「初期詩篇」、「少年時」、「みちこ」、「秋」に続く最後の篇「羊の歌」中、「羊の歌 安原喜弘に Ⅰ 祈り」のお終い2行を引用してかく文章を締め括っています。


〖 <あゝ、その時、私の仰向かんことを!
  せめてその時、私も、すべてを感ずる者であらんことを!>

 人間の悲しみ、喜び、その「すべて」を感じられる心優しき「羊」になりたい。そのように願いながら、中也は詩人の荒ぶる魂を抱えた「山羊」として生きた。
 中原家の墓は山口市内にあり、小さな川がそばをながれる。冬ざれて、流れはさらさらと音をたてていた。  〗




①ムッチャン



『山羊の歌』


「初期詩篇」篇より「朝の歌」

 天井に 朱(あか)きいろいで
   戸の隙を 洩れ入る光、
 鄙びたる 軍楽の憶ひ、
   手にてなす なにごともなし。

 小鳥らの うたはきこえず
   空は今日 はなだ色らし、
 倦んじてし 人のこころを
   諌めする なにものもなし。

 樹脂(じゅし)の香に 朝は悩まし
   うしなひし さまざまのゆめ、
 森竝は 風に鳴るかな

 ひろごりて たひらかの空、
   土手づたひ きえてゆくかな
 うつくしき さまざまの夢。



②ムッチャン



「少年時」篇より「心象 Ⅰ」

 松の木に風が吹き、
 踏む砂利の音は寂しかつた。
 暖い風が私の額を洗ひ
 思ひはるかに、なつかしかつた。

 腰をおろすと、
 浪の音がひときは聞えた。
 星はなく
 空は暗い綿だつた。

 とほりかかつた小舟の中で
 船頭がその女房に向つて何か云つた。 
 ――その言葉は、聞きとれなかつた。

 浪の音がひときはきこえた。



③ムッチャン



「みちこ」篇より「みちこ」

 そなたの胸は海のやう
 おほらかにこそうちあぐる。
 はるかなる空、あをき浪、
 涼しかぜさへ吹きそひて
 松の梢をわたりつつ
 磯白々とつづきけり。

 またなが目にはかの空の
 いやはてまでもうつしゐて
 竝びくるなみ、渚なみ、
 いとすみやかにうつろひぬ。
 みるとしもなく、ま帆片帆
 沖ゆく舟にみとれたる。

 またその顙のうつくしさ
 ふと物音におどろきて
 午睡の夢をさまされし
 牡牛のごとも、あどけなく
 かろやかにまたしとやかに
 もたげられ、さてうち俯しぬ。

 しどけなき、なれが頸は虹にして
 絃(いと)うたあはせはやきふし、なれの踊れば、
 海原はなみだぐましき金(きん)にして夕陽をたたへ
 沖つ瀬は、いよとほく、かしこしづかにうるほへる
 空になん、汝(な)の息絶ゆるとわれははがめぬ。



④ムッチャン



「秋」篇より「生ひ立ちの歌」

 Ⅰ

    幼年期
 私の上に降る雪は
 真綿のやうでありました

    少年期
 私の上に降る雪は
 霙のやうでありました

    十七―十九
 私の上に降る雪は
 霰のやうに散りました

    二十―二十二
 私の上に降る雪は
 雹であるかと思はれた

    二十三
 私の上に降る雪は
 ひどい吹雪とみえました

    二十四
 私の上に降る雪は
 いとしめやかになりました・・・・・・

 Ⅱ

 私の上に降る雪は
 花びらのやうに降ってきます
 薪の燃える音もして
 凍るみ空の黝(※)む頃

 私の上に降る雪は
 いとなよびかになつかしく
 手を差伸べて降りました

 私の上に降る雪は
 熱い額に落ちもくる
 涙のやうでありました

 私の上に降る雪は
 いとねんごろに感謝して、神様に
 長生したいと祈りました

 私の上に降る雪は
 いと貞潔でありました

(※「クロ」む、または「クス」む)




⑤ムッチャン



「羊の歌 安原喜弘に」篇「憔悴」

    Ⅲ

 しかし此の世の善だの悪だの
 容易に人間に分りはせぬ

 人間に分らない無数の理由が
 あれもこれをも支配してゐるのだ

 山蔭の清水(しみづ)のやうに忍耐ぶかく
 つぐむでゐれば愉しいだけだ

 汽車からみえる 山も 草も
 空も 川も みんなみんな

 やがては全体の調和に溶けて
 空に昇って 虹となるのだろうとおもふ・・・・・・



⑦ムッチャン


 (※「山羊の歌」出処:「中原中也全集 第一巻」 著者中原中也 発行所株式会社東京創元社.昭和26年4月30日初版発行)



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