コリンウイルソン自伝 発端への旅

2016/ 04/ 26
                 
 飛田茂雄氏が訳したコリンウイルソンの自伝「訳者あとがき」に、
《 ・・・過信、矛盾、独断、論理の飛躍、多作のあまりの杜撰さ等々を指摘して、ウィルソンを"青二才"とか"知的手品師"として片づけることはたやすい。しかし、彼が提起した問題とその解決の方向性とが、現代の特に若い知識人に与えてきた衝撃的な力を無視することはできない。

現代社会の混沌に本質的な違和感をいだいた人々が、もし信じることよりも知ることによって孤立や非現実からの自由を求めるのならば、彼らはウィルソンが辿りつつある執拗な目的意識の追及に冷たい目を向けることはできないはずだ。

・・・》と述べています。
 氏はまた、、コリンウイルソンをして、「思想家」とも言っています。
 
 先回のブログで百田氏の文を引用していますが、その中で、氏はコリン・ウイルソンを「社会学者」としていました。
 見る人の側から見れば、それぞれが、「思想家」となり、「社会学者」と感じ取るということかも知れません。
 
 そうはいっても、コリン・ウイルソンは社会学者なのでしょうか。
 何故か、ひっかかるところがあったので、ブリタニカのお世話を受けることにしました。

 【と、まあ、どうでもいいような、斯様なことなどに首をつっこんだり、般若心経を諳んじたりしながら、日常をついやしています。あなたは日々どんな過ごし方をされていますか・・・】



《※)『ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説』による「社会学(sociology)」では、
《人間およびそれを取巻く社会事象を研究対象とする社会科学の一分野。人間の社会的行為を出発点に,それを規定するパーソナリティ,行為の交換である相互作用や集団,行為の社会的様式としての文化を総合的にとらえ,さらにその変動と発展を,固有の概念,方法を用いて実証的にとらえるとともに理論的法則を明らかにしようとする。》
となっています。

 コリン・ウイルソンの実存的著作のスタイルに、社会学史の実証主義的論法と結びつけて、百田氏は、彼を社会学者と意味づけたのでしょうか。

他のページも引用してみましょう。
《社会学(しゃかいがく、英: sociology)は、社会現象の実態や、現象の起こる原因に関するメカニズム(因果関係)を解明するための学問である。その研究対象は、行為、行動、相互作用といったミクロレベルのものから、家族、コミュニティなどの集団、組織、さらには、社会構造やその変動(社会変動)などマクロレベルに及ぶものまでさまざまである。思想史的に言えば、「同時代(史)を把握する認識・概念(コンセプト)」を作り出そうとする学問である。》

 と、なっているので、コリン・ウイルソンを社会学者と紹介しているのには、すくなくとも私の手元にある諸作品(※※)を見る限りにおいては違和感を覚えます。

〖※※ ・アウトサイダー、 ・続アウトサイダー、 ・アウトサイダーを超えて、 ・ラスプーチン、 ・バーナードショー、 ・わが酒の讃歌、 ・小説のために、 ・性の衝動、 ・宗教と犯行人、 ・三人の超能力者の話、 ・オカルト(上下)、 ・暗黒のまつり、 ・精神寄生体、 ・コリンウイルソン自伝 発端への旅 など、三十数作品。〗



〖前回記事の補足メモです〗
 ※1917年にロシアで2度の革命が起こりました。ユリウス暦にいう「二月革命(グレゴリア歴3月」と、「十月革命(グレゴリア歴11月)」です。
 スビヤトスラフ・リヒテルは、ロシア革命以前に「ウクライナ」という国の地で生誕(1915年3月20日生れ)しています。


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