「空也を尋ねて」箱田の伯父のこと -6-

2016/ 07/ 15
                 


 初版本のことをあれこれ書いても、誰も見ないよ。ということらしいので、今回で幕引きということに致します。

 
 《 大杉の下に大石一つあり我の時折きて嘆くところ 
  この大杉も大石も家の西南隅にあってその下は幾丈かの土手になり、ここから利根川の向うに榛名山が一望に見晴るかせる。ちょうど真正面に水沢山があり、その真下には銀杏の黄色い水沢観音と、その庭に友人上野勇さんの建てた暮鳥の詩碑がある。秋になると私はいつもここに立って遥か小さな銀杏を望み友人の詩碑を思い浮かべるのであったが、今年は失明してしまって最早何も見えない。・・・ 》(「習俗歳時記 補修再版」あとがきより)

 箱田の家には、何棟もの蔵が塀で囲んだ敷地内に建っています。そのうちの一つを私たちは「隠居蔵」といっていましたが、その2階を「橘山房」として、誰でもが自由に使える図書室としていました。
 伯父は新刊本を贖う時はいつも2冊揃えていました。前橋の煥乎堂がそのつど届けに来ていましたから、全て初版です。
 発行数限定本も時折みかけます。あるとき、出版社から限定本の寄贈があったといって、ある作家のサイン入りの小説を手渡してくれました。私はこのとき、「初版本」という他に、「限定本」という存在を知ることとなりました。
 
 そういえば、この隠居蔵に、女子大生が父親を引率者として、卒業研究のために、夏休み期間中毎日のように出入りしていました。箱田の家に行った折にこの妙齢の人に偶々お会いしたのですが、なんとこの女性は私の中学時代の同窓生でした。前橋市立図書館長の紹介でお邪魔することになったということでした。それにしてもお父様つきとは・・・と心密かに思ったことです。


 「習俗歳時記」の補修再版が発行することが決まり、伯父から私に、この本の校正をするようにと、声がかかりました。
 この当時、サラリーマンの端くれとして、月月、火水、木、金金の日々をおくっていましたので、折角のチャンスであったのにも関わらず、残念ですが・・・という言葉がすぐ口に出ていました。

 あれから幾星霜、今でも時折、このときの情景を思い出します。

 それにしても、隠居蔵の2階は書物などの宝庫でした。書道用紙などは、唐紙(この画仙紙は江戸時代に漉いたものだそうです)なども大切に保存されていました。
 平成27年3月30日発行の『前橋風 創刊号 特集 再考・前橋城』にも、個人蔵として箱田の家の「鎧兜」の写真が掲載されています。鎧兜・真剣を身に纏った一昔前の写真が手元に残っていたことを思い出しました。そういえばこの当時は法螺貝を上手に吹けましたよ。大きな立派な法螺貝でした。ですが、今はホラ話はあまり巧くありません。
 
 江戸、明治、大正、昭和と、伯父のお気に入りの蔵書が並んでいた橘山房の書庫。
 きっと、夏目漱石の「吾輩ハ猫デアル」の初版本が、棚の一隅に鎮座ましましていることでしょう。




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