雨ニモマケズ  宮沢賢治

2016/ 08/ 08
                 


 二人の東北旅行のおりに、 宮沢賢治の古里もおとずれました。
 賢治の記念品の一つとなっている「雨ニモマケズ」。童話「銀河鉄道の夜」とともに、ときに心に響いてくる詩です。


《 「雨ニモマケズの周辺」

 宮沢賢治の没後、賢治愛用のトランク蓋裏のポケットから、一冊の黒手帳が発見されました。これが有名な「雨ニモマケズ」の手帳です。くり返し書かれた南無妙法蓮華経のお題目、快楽もほしがらずに見られる反省や悲願のことば、等といっしょに「雨ニモマケズ」が書いてありました。

 最初に 11.3 とあるのは、昭和6年11月3日を示す日付です。当時、賢治は病床に臥せっておりました。しかし、病人の手になるものとは思えない程の大きな、しっかりした字で、前後9ページに及んで書き込まれております。

 この「雨ニモマケズ」を書いたとき、賢治はおそらく、死を予感していたと想像されます。それを念頭におけば、最後の方の「ソウイウモノニワタシハナリタイ」という悲願が、ずっしりとした重みで、われわれの胸をうちます。

 賢治が晩年、農民と共に生きようとしてつくった「羅須地人協会」のあとには、昭和11年に、「野原ノ松ノ林ノ蔭ノ・・・・・・」からはじまる石碑が建立され、今でも訪れる人が多くおります。

       財団法人
         宮沢賢治記念会 》

①雨ニモマケズ

③印刷雨ニモマケズ


雨ニモマケズ -1-

雨ニモマケズ -2-

雨ニモマケズ -3-



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