般若心経 262文字

2016/ 08/ 14
                 

 お釈迦様には、釈迦(しゃか)、ブッダ〈「目覚めた人」・「悟った人」という意〉、釈尊(しゃくそん)、釈迦牟尼(しゃかむに)、ゴータマ・シッダッタ(ガウタマ・シッダールタ)など、いろいろな呼び名があります。

 ブッダは紀元前5、6世紀頃、ヒマラヤ山脈の南麓にあったカピラヴァットゥという国の王子として生まれています。
 生誕から幾星霜を経たこんにち、 仏教の経典は多種多様となっていますが、おおもとの仏教のことを「釈迦の仏教」と呼んでいます。

 その「釈迦の仏教」の教えとは異なる、日本では特に馴染みの深い『般若心経』は、釈迦没後五百年を経ってから作られました。
 『西遊記』で有名な玄奘三蔵(げんじょうさんぞう.602~664)が、インド語(サンスクリット)の原典から漢文に翻訳した名著として、私たちの身近にあります。

 ブッダの教えが、五百年、千年といった長い時間を経て様々に変化し、それが今の複雑な仏教世界を生み出していますが、(そういった見知らぬ世界のことにかかわりなく)仏教に帰依していない私たちにとって、この262文字が全文の『般若心経』は、いつでも手元に置くことができる身近な経典となっています。

般若心経262文字全文

般若心経262文字全文



【『般若心経』訳】

  〈「五蘊」《※:後日書きたいと思います…》はみな「空」である。〉
 聖なる観自在菩薩が、
 深遠な般若波羅蜜多(智慧の完成)の行を行じながら観察なさった。
 五蘊があり、そしてそれらの本質が空であると見たのである。
 そして一切の苦しみや厄いを超えたのである。(※この一行は、漢訳にはあるが、サンスクリット本にもチベット語訳にもない。もともとなかったのかもしれない。)

  〈決めゼリフ「色即是空」〉
舎利子よ、
この世の「物質要素(色〈しき〉)は「実体がないという状態」(空性〈くうしょう〉)であり、「実体がないという状態」が「物質要素」である。(※この一文は、サンスクリット原典にはあるが漢文には存在しない)
 「物質要素」(色〈しき〉)は「実体がないという状態」(空性)と別ものではなく、「実体がないという状態」は「物質要素」とは別ものではない。
 「物質要素」(色)が、「実体がないという状態)(空性)なのであり、「実体がないという状態」が「物質要素」なのである。
 〔五蘊のその他の要素である〕「感受作用」「受〈じゅ〉)、「構想作用」「想〈そう〉」、意思作用およびその他の様々な心の作用)〈行〈ぎょう〉」、「認識作用」(識〈しき〉)についても、「物質要素」(色)と全く同じことが言える。

舎利子よ、
この世のすべての基本的存在要素(法〈ほう〉)の特性は、「実体がないという状態」である。それらは起こってくることもなく、消滅することもない。汚れることもなく、清らかになることもない。減ることもなく、一杯になることもない。

  〈全宇宙「空」〉
それゆえに、「実体がないという状態」(空)においては、「物質要素」(色)はなく、「感受作用」(受)はなく、「構想作用」(想)はなく、「意思作用およびその他の様々な心の作用」(行)はなく、「認識作用」(識)はない。
 「眼」はなく、「耳」はなく、「鼻」はなく、「舌」はなく、「感触器官」はなく、「意(こころ)」はない。
 「いろかたち」はなく、「音」はなく、「香りはなく、「味」はなく、「感触」はなく、「思い浮かぶもの」はない。
 「眼によって起こる視覚」はなく、〔「耳によって起こる聴覚」はなく、「鼻によって起こる嗅覚」はなく、「舌によって起こる味覚」はなく、「触覚器官によって起こる触覚」はなく、〕「意によって起こる意識」はない。

  〈「十二支縁起」も「四諦」もない〉
「無無明」はなく、また
「無明」が尽きることもない。(※以下、十二支縁起を順にたどって最後にくる)
「老いと死」はなく、また
「老いと死」が尽きることもない。
「苦」「集」「滅」、「道」〔という「四諦(しだい)」〕はない。
「悟りの智」もなく、〔涅槃(ねはん)の〕「獲得」もない。
それゆえ舎利子よ、[涅槃の]「獲得」がないのであるから。

  〈最高の悟り〉
それゆえ、菩薩には「獲得すること」がないのだから、般若波羅蜜多(智慧の完成)に依り、心になんの妨げもなく過ごしている。
心になんの妨げもないから、恐怖することがなく、倒錯した思いを超越しており、涅槃に入った人なのである。

過去、現在、未来におられるすべてのブッダは、般若波羅蜜多(智慧の完成)に依って、
この上ない正しい悟りを完全に悟られたのである。

  〈聖なる「呪文」〉
ゆえに以下のことを理解せよ
般若波羅蜜多(智慧の完成)は大いなる真言(しんごん・マントラ)であり、
大いなる知力を持つ真言であり、
最上の真言であり、比類なき真言であり、
一切の苦しみを鎮める真言であり、
ウソいつわりがないから、真実なのである。

般若波羅蜜多(智慧の完成)において、真言(しんごん)が説かれた。それは以下の如し。
  「羯諦羯諦波羅羯諦 (ガテー ガテー パーラガテー)
   波羅僧羯諦 (パーラサンガテー)
   菩提薩婆訶 (ボーディ スヴァーハ) 」
   (行った者よ、行った者よ、彼岸に行った者よ、向かい岸へと完全に行った者よ、悟りよ、幸いあれ)
 以上、『般若波羅蜜多心』が終った。

※【訳】:佐々木閑氏によるサンスクリット原典からの訳。


◇所収:NHKテレビテキストアンコール放送『100分de名著 般若心経』(佐々木閑)
◇所収:NHKテレビテキストアンコール放送『100分de名著 真理の言葉』(佐々木閑)



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