おおとりまつり 祝・コウノトリの便り

2016/ 10/ 16
                 
  現在の「おおとりまつり」という名前に変わったのが、昭和53年(1978年)ということですから、もうかれこれ38年も経っています。
 江戸時代から始まり、明治、大正を経て伝わっている伝承行事です。こうのとり伝説に肖り、鴻神社を起点にしてまつりが始まります。

 鴻神社の御祭神は、素戔嗚(すさのお)尊、伊弉岐(いざなぎ)命、伊弉冊(いざなみ)命、速玉男(はやたまのお)命、事解男(ことさかのお)命、別雷(わけいかずち)命です。
 御祭神がかくも列挙されるのは、鴻神社の由来の故と申せましょう。
 
 鴻神社は、明治6年(1873年)に、氷川社と熊野社、雷電社が合祀されて「鴻三社」となり、その後さらに7つの神社を合祀し、明治40年(1907年)に、現在の「鴻神社」となりました。

 「鴻巣」の地名は、「こうのとり伝説」が由来となっているといわれています。
 江戸幕府が編纂した「新編武蔵風土記稿」(1810年-1828年)には、「氷川社は、鴻巣宿の総鎮守で鴻ノ宮ともいい、鴻巣の地名の由来となる神社である」との記載があり、古くから人々の尊崇の念高いことが伺われます。

旧鴻ノ宮 20161016 おおとりまつり①

 鴻神社境内には、樹齢500年以上と言い伝えられている銀杏の大木が今でも二本あり、「夫婦銀杏」として親しまれています。


 「おおとりまつり」本部前で挨拶に立った原口市長から、お祝いの便りのお披露目がありました。
 先週、吹上の荊原(ばらはら)というところに、コウノトリが舞い降りたという嬉しいトピックスです。
 経緯(いきさつ)としては、「野田市こうのとりの里」で放鳥された2羽の幼鳥のうちの1羽で、「きずな」という名前のこうのとりが、7月6日、荒川の川向こうの川島町に飛来してきたというニュースに端を発します。

 鴻巣市は、こうのとりが住みやすい環境を整える「コウノトリの里づくり」基本計画が、平成27年(2015年)3月に発効されました。「コウノトリの里 こうのす」の実現に向けた第一歩です。
 荒川の河川敷には、湿地や小沼など、至るところに葦やガマの穂などが生い茂っているエリアが散見されるようになりました。
 そして、つい先週、荒川沿いの荊原でコウノトリが飛翔しているところを見たという、お祝いする出来事が、「おおとりまつり」に合わせるかのように飛び込んできたのです。
 
 2016年10月16日の日曜日は、「おおとりまつり」に集う鴻巣市民にとって記念する日となりました。


「おおとりまつり」:お祓い
おおとりまつり② お祓い 20161016
 

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