東映映画『ぼくのおじさん』  原作 北 杜夫 11月3日から全国ロードショー

2016/ 10/ 29
                 
 北杜夫の原作『ぼくのおじさん』は、200㌻に満たない紙面の中で、ユーモア溢れる場面ばめんがこれでもかこれでもかと出てきて、読む人を飽きさせない展開が続きます。
 映画『ぼくのおじさん』が、この11月3日(木・祝)、全国ロードショー(ここ「こうのすシネマ」も上映)となります。
 監督は、山下敦弘。
 
 映画『ぼくのおじさん』の企画・脚本を手掛けたのは、須藤泰司プロデューサーです。
 それでは、公式サイトを拝借して、映画誕生までのいきさつを拾い上げてみることに致しましょう。
 
 《須藤プロデューサーが小学校の頃に読み、その面白さから強く印象に残っていた原作「ぼくのおじさん」。
 インテリボンクラで起伏の激しい個性的なキャラクターである“おじさん”は、北氏自らをモデルに描かれています。
 雪男が暮らす春山家(おじさんの兄一家)は、北 杜夫の父である斎藤茂吉の一家を模したというエピソードがある作品でもあり、本作の映画化を「いつか…!」と狙っていた須藤プロデューサーが、「もう少し年齢を重ねた彼に“おじさん”を演じてもらいたい」と切望し、自ら脚本を書き上げ映画化にこぎつけました。
 昭和40年代(1965年~)をベースに書かれている原作を、時代設定は現代に置き換えつつ、家族とのやり取りに感じられるどこか懐かしい昭和感は健在。しっかりものの甥っ子目線から語られる、ダメ人間だけどどこか面白おかしい“おじさん”の物語は、大人も子供も誰もが楽しめるあの名シリーズ「寅さん」を彷彿とさせます。》


 あの松田龍平(「あまちゃん」水口琢磨)が、あの宮藤官九郎(「あまちゃん」脚本)が、あのキムラ緑子(「ごちそうさん」山下〈西門〉和江、小姑役)が、あの銀粉蝶(「梅ちゃん先生」相沢八重子、ベテラン看護婦役)が、と、NHK朝ドラでお馴染みの面々が顔を揃えています。
  
  真木よう子、 大西利空(子役)、 戸次重幸、寺島しのぶ、戸田恵梨香といった皆さんの演技が、この映画でどのようなものとして映し出されていくのか、今から胸わくわくといった思いに駆られます。私は映画はときおりしか見ない人間なのですが、出演の皆さん一人ひとりのお顔が、久しぶりの映画へ誘(いざな)います。

 そういえば、松田龍平は、三浦しをん原作の『舟を編む』の映画で、玄武書房辞書編集部員として登場する、主人公の馬締光也(まじめ みつや)を演(や)っていましたね。


 ◇北杜夫は、今から5年前の10月24日に亡くなっています。(1927〈昭和2〉年5月1日-2011〈平成23〉年10月24日。享年84歳。)
 北杜夫作『ぼくのおじさん』は、昭和47年(1972年)11月20日、旺文社から初版が発行されました。翌年の1月20日には、重版が発行されています。(北杜夫作品は、ダンボール箱3つに収めています。先ほど5年振りかにテープを剥がしました。探した最後の段ボール箱の左列最奥から、初版本と重版本が重なって出てきました。)
 外函の帯カバーには、「5・6年生むき」とも書かれています。

ぼくのおじさん 北杜夫作 
 追補:
『ぼくのおじさん』は、旺文社(おうぶんしゃ)発行の中学生向け月刊誌、「中二時代」の昭和37(1962)年5月号から、翌年の「中三時代」4月号まで掲載されたものを一冊にまとめた本です。
 追追補:上記、「追補」の出典は、『ぼくのおじさん』の「あとがき」178㌻に、北杜夫氏自身が記しているものを、そのまま書き写しましたので、念のため申し添えさせていただきます。(記録を正しく表記すると、「中二時代」を「小学時代5年生」に、「中三時代」を「小学時代6年生」と置き換えるのが本来です。氏のユーモア精神が、読者の皆さんに伝わってきますネ・・・) 



 ◇身近な人の筆跡で、私宛のテープ(テープ速度9.5cm/sec.)が、ダンボール箱から出てきました。1968(昭和43)年4月24日、日本テレビ、午後10時30分から放送された、遠藤周作と、北杜夫の対談「こりや アカンワ(狐狸庵閑話)」を録音したものです。
 私が、北杜夫ファンと知っていて、わざわざ録音して送ってくれたのです。あれからもう48年も経っているのですね。


 ◇その遠藤周作の『周作口談 新連載』(1966〈昭和41〉年.週刊朝日66㌻~)のシリーズの一番目に、「どくとるマンボウ 北杜夫」をとりあげています。(この週刊誌記事は、自分でコピーしたものが保存されていました。)
 その中に、齋藤宗吉(北杜夫の本名)と慶応病院医局時代に同じ研究室にいた同僚が、彼のエピソードを語った内容をお披露目しています。
 《 … 「あの人は、変わってましたなア」 としみじみ呟いた。どう変っているかと聞くと、北はここの研究室にいた頃から、もう一人の変った男と二人で飲んでは伊勢丹の前で一人が逆立ちをしたり猿の真似をしたりすると、もう一人が通行人に手をさしのべて見物料を要求したと言うのである。 … 》


 ◇『別冊新評「北杜夫の世界」 '75 SPRING (第8巻第1号 通巻第30号)』昭和50(1975)年4月15日発行.発行所:株式会社新評社)も、出てきました。
 北杜夫存命中の、北杜夫特集となっていますので、作家自らの読者へのメッセージが巻頭に収められています。「ごく若い文学志望者へ」、「ろくでもない本の話」などの言葉のはし端に、北杜夫の文学や小説に対する思い入れが滲み出て、読む者の身近に迫ってきます。


 ◇岩波新書のラインナップの中に、北杜夫著の『マンボウ雑学記』(1981〈昭和56〉年発行)が入っています。氏はその「はしがき」の冒頭、《 これは伝統ある「岩波新書」にはふさわしくない本である。むしろ、中学生や高校生むきのエッセイといってよい。》と書き始めています。


 ◇展覧会情報です。
 山梨県立文学館( 展示室C)で、企画展『 北杜夫展 ユーモアがあるのは人間だけです』が、開催されています。
 甲斐路を訪ねた折にでも立ち寄って見られたら、如何でしょう。
 ・開催概要
 「幼少期の記憶や繊細をみずみずしく描いた「幽霊」、東京の精神病院を舞台に個性豊かな登場人物が織りなす長篇小説「楡家の人びと」、みずからの体験を軽妙に語る「どくとるマンボウ」シリーズなど、多彩な作品で多くの読者に愛された北杜夫(きたもりお 本名齋藤宗吉 1927~2011)。齋藤茂吉の次男に生まれ、精神科医をつとめながら作家としてのスタートを切ったその生涯は起伏に富み、私生活の様々な側面が話題を呼びました。本展は、清新な詩情とユーモアをたたえた作品によって現代文学に独自の足跡をのこした北杜夫の魅力を、若き日の山梨との関わりにふれつつ、原稿、書簡、書画など約150点の資料で紹介します。」

【開催期間】2016年9月17日(土)~11月23日(水・祝)
【休館日】月曜日(祝日の場合は翌日、11月21日は開館)
【時間】9:00-17:00(入室は16:30まで)
【観覧料】
  個人 一般600円.大学生400円.
   団体(20名以上) 一般480円.大学生320円.
 (県内宿泊者割引料金有)
 ・高校生以下の児童・生徒、県内在住の65歳以上の方、障害者手帳をお持ちの方と介護者1名様は観覧無料です。
 ・11月20日(県民の日)は観覧無料。

 ・住所:山梨県甲府市貢川1-5-35
 ・電話:055-235-8080
 ・最寄り駅:竜王駅[出口1]から徒歩約29分-



《北杜夫 - Wikipediaによる》
〔北 杜夫(きた もりお、本名:斎藤 宗吉(さいとう そうきち)、1927年5月1日 - 2011年10 月24日)は、日本の小説家、エッセイスト、精神科医、医学博士。祖父は医師で政治家の斎藤紀一。父は紀一の養子で、歌人で医師の斎藤茂吉。兄はエッセイストで精神科医の斎藤茂太。娘はエッセイストの斎藤由香。〕
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コメント

        

北杜夫
私が 初めて読んだ北杜夫の作品は
高校生の頃の ドクトルマンボー昆虫記? だったはずですが
なにぶん 50数年前の話 読んだはずの本 探しましたが 今はなく
でも あの頃のこと 懐かしく 思い出しました。
Re: 北杜夫 ドクトルシリーズ
> 私が 初めて読んだ北杜夫の作品は
> 高校生の頃の ドクトルマンボー昆虫記? だったはずですが
> なにぶん 50数年前の話 読んだはずの本 探しましたが 今はなく
> でも あの頃のこと 懐かしく 思い出しました。
 

 こんばんは。
私も、北杜夫の本は、ドクトルシリーズが最初で、「ドクトルマンボウ航海記」からでした。
そのあと、手当たり次第に読み耽ることになりました。

10月29日 むさしの想坊