百田尚樹「逆境」を楽しめ! 「幻庵 上巻・下巻」同時刊行(文藝春秋)

2017/ 01/ 02
                 
 週刊文春で、2015年1月8日号から始まった、百田尚樹著『幻庵(げんなん)』が、2016年11月10日号の第91回で最終回となっています。
 
 週刊文春 1月5日・12日号 新年特大号の169㌻の見出し記事に、碁会最高権威「名人碁所」の座をめぐる、男たちの命懸けの勝負の行方――と書かれている、『百田尚樹 幻庵(げんなん) 上・下』を見つけました。
 
 週刊文春の同じ号に、百田尚樹「逆境」を楽しめ!と題した記事が4㌻にわたって掲載されています。

 その出だしは次の言葉で始まっています。
《 幕末の棋士、幻庵因碩(げんなんいんせき)を書きたい。小説家になったときから、ずっとそう思っていました。
 幻庵はまごうかたなき天才でしたが、不遇でした。しかし、どんなに辛酸をなめても決してあきらめません。幻庵の碁には彼の性格が表れていて、窮地に陥っても、常に逆転の手を狙い、簡単に勝負を投げません。
 最後の最後、刀折れ矢尽きるまで闘う。私はそういう人物が好きなんです。・・・》

 その後の文章は一転して、『海賊とよばれた男』〈※〉の主人公、国岡鐡造のモデル、出光佐三のことに話を持っていっていますが、ここでも、どんなに逆風が吹いてもあきらめない男の生きざまを述べています。

 (〈※〉『海賊とよばれた男』『百田尚樹原作)の映画は上映中ですが、昨年一人で見ましたので、今年は二人で見に行きたいと思っています。
 〈※〉2016年12月29日(木) 午後10時30分から放送の、NHK・BSプレミアム「日本のVFXを変えた男 ヒットメーカー 山崎貴の挑戦」あっという間の60分でした。☆映画『海賊とよばれた男』の制作過程における山崎監督のこだわりの現場など、とても印象深く感じました。)
 

 さて、私は囲碁のイロハどころか、「イ」の字も知らない人間ですが、週刊文春連載中の『幻庵』は第1回から第91回までの全てを端から端まで読みました。その書き手の文章に引きずり込まれていったからに他なりません。

 百田尚樹氏は、週刊文春最新号に、《 しかし、ここで私は困ってしまいました。幻庵の魅力をどう書けば「読者を楽しませる」ことができるのか、それがわからなかたのです。 》と、小説にしたいと思っていながら、長い間書くことができなかった心境を述べています。

 それではどうして週刊誌に載せるシリーズとして書くことができるようになったのか、引き続いて文章を追ってみます。

 《 いま、日本の囲碁人口は、全国民の1パーセントくらいでしょう。そのなかで、江戸時代の碁に興味がある人は、さらに少ないはずです。普通のやり方で書いても、読者はまずついてこれません。それで長い間、幻庵を書くことができませんでした。
 ところが、私が江戸時代の碁界の話をすると、碁にまったく興味がない人でも皆「面白い」と夢中で聞いてくれるのです。それである時、ふと思いました。しゃべっているように書けばいいんじゃないか。と。囲碁を知らない99パーセントの人たちに向けて、ふだん私がしゃべっているように、現在の視点や解説、私の感想を交えながら書いていったのが『幻庵』です。 》

 週刊誌の連載が終わった後、何度も手を入れ、そして書いていて本当に楽しい作品だったと作者が読者に伝えた『幻庵」は、単行本として2016年12月31日に株式会社文藝春秋社より第1刷が発行されました。

幻庵 上 百田尚樹

幻庵 下 百田尚樹


 百田尚樹氏の幻庵に対する思いを語った箇所を引用して、今日のページをお仕舞にします。

《 幻庵は晩年に「碁は運の芸なり」という言葉を遺しました。碁というゲームを極めた幻庵の人生哲学がここにあらわれています。幻庵は名人になれる程の力量を持ちながら、ここ一番の大勝負ではことごとくうまくいかなかった。
 幻庵の生涯は失敗や挫折の連続でしたが、幻庵は幸せな人生だったのではないかと私は思っています。
 ・・・ 
 私は、最終的に「自分の人生、楽しかった」と思えれば、勝ちだと思います。それまではいくら負けてもいい。そう考えると、逆境や敗北感を楽しめる気持ちになれるはずです。 》








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