木曽三社神社 初詣  泉湧玉瀧の宮

2017/ 01/ 04
                 
 このところの初詣は元旦ではなく、二日か三日の日となっています。
 
 昨年続けてテレビで放送された赤城山麓の風景の一コマに、木曽三社神社の境内も映し出されていました。
 それらのテレビ放映以降、木曽三社神社に参拝する人は多くなったとの由、伺いました。

⑮ 木曽三社神社 幟 20170102

 私が初詣に木曽神社の鳥居をくぐったのは二日の午後ということもあり、境内は静謐の中にありました。
 こんこんと湧き出る水は 「湧玉(わくたま)」と呼ばれ、一つの勢いのあるせせらぎとなります。その流れはまもなく小さな滝となり、そして分散した清流は湿地帯をかたちづくり、境内のそこかしの植物たちに息吹を与えながらその先を利根川まで運んでいます。

 ここ北橘村(きたたちばなむら・現渋川市)に、郷土かるたが今に伝わっていますが、そのいろはのいが、湧玉の木曽三社神社をうたっています。

橘陰(キタタチバナ)郷土(ムラ)かるた ㋑「泉湧玉瀧の宮」
郷土かるた 外函

郷土かるた 泉湧玉瀧の宮 -3-

 
 偶々私も見た日曜日の朝の番組から、その「湧玉」のことをお伝えしておきたいと思います。

《NHK 小さな旅 (2016年11月6日〈日〉)

 清き玉湧きいずる ~群馬県赤城山麓~

 《赤城山の麓に向かい広がる山の裾野。標高200~500メートル一帯では、あちこちに泉が湧き出しています。数十年前に降った雨が火山岩に浸透した伏流水です。地中の空気とともに湧き出てくるこの泉を、地元の人たちは「湧玉(わくたま)」と呼び、親しんできました。湧玉の水は、室町時代に建設された専用水路に引き込まれ、涸れることなく、今も山麓の田畑を潤しています。》

①湧玉 20170102

 ~旅人・山田敦子アナウンサーより~
 《「湧玉(わくたま)」。赤城山麓では、ふつふつと湧き出る泉をこう呼びます。きれいな呼び名ですね。その「湧玉」の一つを、木曽三社神社に訪ねると、本殿は道路からはるか下。

⑤ 木曽三社神社 20170102

 何十段もの石段を下った先の境内は緑に包まれ、まるで「もののけ姫」の世界。そして奥まったところにありました。
  美しい水が、水底からまあるく湧き出る水は小さな滝となってしぶきをあげ、せせらぎとなって境内を走り出ていきます。

⑯ 湧玉 20170102 木曽三社神社境内

⑪ 木曽三社神社境内 湧玉 20170102

③瀧 20170102

⑫ 木曽三社神社境内 清流 20170102

 人々の喉をうるおし、稲を育て、おいしいお酒を醸す「湧玉」。
 赤城おろしの風の里は、豊かな湧水の里でもありました。》



 木曽三社神社

〈由緒〉
 元暦元年(1184)、木曽義仲が滋賀県の粟津で源義経に討たれた後、その遺臣であった今井・高梨・町田・小野沢・萩原・串渕・諸田等が、義仲が崇敬した信濃国(長野県)の延喜式内社である筑摩郡の三座「岡田・沙田(いさごだ)・阿礼神社」を、この地に勧請して創建したと伝えられるのが木曽三社神社です。滝の宮・木曽明神とも称されています。
 その後は関東管領上杉氏や、白井城主長尾氏、歴代の前橋城主の崇敬が厚く、神田(しんでん)の寄進や社殿の修復等が行われました。
 寛政元年(1789)に火災にあい、同6年(1794)に再建、さらに明治20年代に大修復をしています。
 明治29年(1896)には、県社に列せられましたが、昭和21年(1946)の法令改正に伴い社格を改正され、現在は神社本庁の所管となっています。
 境内には本殿(間口1間、奥行1間半)、拝殿(間口3間半、奥行2間)、幣殿(間口1間半、奥行2間)があり、湧玉の清泉やセキショウ群落を中心とした全域が、群馬県環境保全地域に指定されています。

 〈祭神〉
 須佐之男命(すさのおのみこと)、彦火火出見命(ひこほほでのみこと)、豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、宇気母智神(うけもちのかみ)

 〈例祭〉
 4月15日・10月15日

 所在地 渋川市北橘町下箱田1番地

              渋川市教育委員会

⑩ 木曽三社神社 20170102







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