カワセミ百態(MY2016-2017 series・10)  交尾

2017/ 05/ 14
                 
 成就

1-16 20170410


翡翠の愛をつたへる尾のタクト  岩崎憲二


カワセミの平均寿命は、2年位とのことです。
カワセミは繁殖期以外は単独行動ですので、平常はオスでもメスでもお互いが縄張り争いの対象となります。



1-17 20170410



 大学(旧帝大)の博士(文学)の学位論文で、『源氏物語』(論文内容の要旨)記載の中に、「末すこし細りて、色なりとかいふめる翡翠だちていとをかしげに、糸をよりかけたるやうなり」という件(くだり)が出ていましたので、ここにご紹介させていただきます。


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論文題目  『源氏物語』の本文と注釈
(論文内容の要旨)
『源氏物語』に関する論考は多岐にわたるが、作品を研究する上で最も基本となる本文と注釈には、尚考えるべき問題が残っている。本論文は第一編と第二編に分かれる。第一編は『源氏物語』の注釈上の問題、第二編は本文について再検討を試みたも
のである。
『源氏物語』を現代の諸注釈書で読んでいると、「不詳」とある、或いは疑問形で終わる注釈が少なからずあることに気づく。『源氏釈』以来千年近く経ったが、『源氏物語』を読解する上で、意味が判明しない、或いは現在提供されている注釈だけでは釈然としない箇所は、依然として存在している。その原因はいくつかあるが、古歌、漢籍、仏典など、『源氏物語』が著された時代の作者の知識を全て把握することが困難であること、或いは作者が独自の工夫を施したものの後人によって理解されないこと、という二点が主たるものとして挙げられる。
第一編第一章で取り上げた箇所は、そのいずれにも該当する。椎本巻において、大君の髪が、

「末すこし細りて、色なりとかいふめる翡翠だちていとをかしげに、糸をよりかけたるやうなり」

と描かれている。

「色なりとかいふめる翡翠だちて」という、髪を翡翠に譬える一節について、古注釈以来、翡翠、即ちかわせみの毛色やその習性の説明に力を注いできた。しかし、それだけでは、女性の髪を翡翠に譬えるこの表現が一体どこから得られたものか、このような表現が何故わざわざ使用されたのかということは説明されない。上述の疑問を解決するために、椎本巻の当該箇所の表現の源泉を究明することにした。
はじめに、「翡翠」という言葉には鳥(もしくはその羽毛)と緑色の宝石の両義があることを確認した。次に、『源氏物語』以前の和歌集、物語、および日本の漢詩文集の中から、女性の髪を翡翠に譬える用例を求めたが、該当するものは確認できなかった。しかし漢籍に目を向けると、管見の限り三例の用例が確認できる。唐代中期の白居易による二例と、唐代末期の林寛による一例である。作者が白居易である点、および平安朝における「楊柳枝」を題にした作品の享受状況から、三例中、白居易「楊
柳枝二十韻」中の「鬟低翡翠垂」という句が椎本巻の当該箇所に取り入れられた可能性が高い。
また、次の二点の理由により、大君の人物描写に「楊柳枝二十韻」の表現が取り入れられた可能性は一層高くなる。一点目は、「楊柳枝二十韻」に大君という人物の特質と同旨の文言が見られることである。二点目は、同詩において「鬟低翡翠垂」の前に「先将髪比絲」という一句があり、椎本巻当該箇所においても「翡翠だちて」の直後に「糸をよりかけたるやうなり」の一節があり、両者の字句の親近性が高いということである。
以上の考察から、椎本巻の当該箇所の文章表現は「楊柳枝二十韻」を意識した結果と考えられる。このことを踏まえて、作者はその表現を取り入れるにとどまらず、更にそれを大君の人物造形に活用するという独自の工夫も施していることを論じた。
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(論文審査の結果の要旨)
『源氏物語』に注釈をつける営みは、引用された和歌、漢詩文、故事などを注記するという形で、物語成立から約二百年後にはすでにはじまっていた。それ以来現在に至るまで数多の注釈書が著され、作品を正確に理解しようとする努力がなされてきた。それでもなお、典拠未詳とされるところや、解釈の定まらない本文は少なからず残されている。本論文第一編の各章は、そうした疑義の残る箇所について注釈的研究を試みたものである。『源氏物語』の中でも続編とされる後半の巻々を主たる対象とする。
第一章では、椎本巻における宇治大君の髪を描写した「色なりとかいふめる、翡翠だちて」という一節を扱う。後世には「翡翠のかんざし」という慣用句ともなるこの表現は、「翡翠」という漢語を用いることから漢籍に基づく表現であることは容易に予想されたが、明確な典拠は突きとめられないまま放置されていた。論者は近年整備されてきたデータベースの類を活用して、数は少ないものの唐詩に女性の髪を翡翠にたとえる例があることを指摘し、中でも『白氏文集』巻六十五「楊柳枝二十韻」に注目する。そして『源氏物語』の作者が「楊柳枝二十韻」に目をとめた蓋然性が高いこと、物語の前後の表現にも詩の影響が見られることなどから、この詩が典拠であることを丁寧に論証してゆく。「楊柳枝二十韻」では女性を柳の木に見立てているが、大君も柳のイメージで造型されており、後の巻で臨終の様が「ものの枯れゆくやうに」という印象的な形容でもって描写されるところにも、それは一貫しているという。女性をある植物にたとえることは『源氏物語』正編の得意とするところであったが、続編でもその方法が少々形を変えつつ用いられ、しかもその発想に漢籍が深く関わっていることを見抜いた好論である。

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以上、審査したところにより、本論文は博士(文学)の学位論文として価値あるものと認められる。平成二十八年三月八日、調査委員三名が論文内容とそれに関連した事柄について口頭試問を行った結果、合格と認めた。
なお、本論文は、・・大学学位規程第・・条第・項に該当するものと判断し、公表に際しては、当分の間、当該論文の全文に代えてその内容を要約したものとすることを認める。》













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