鎮静剤  『やすらぎの郷・下巻』

2017/ 07/ 28
                 
 姫(九条摂子〈八千草薫〉)はゴンドラの歌が好きだったそうです。

 今際、姫が秀さん(〈高井秀次〈藤竜也〉)に言ったそうです。
 《「秀さん、私、――何だかずうっと死なない気がするのって」》
 ・・・ ・・・
 《秀次
  「世阿弥の花伝書に従えば、若い時代の姫の美しさは
  彼の云ういわゆる“時の花”です。それに対して今の美しさは、
  幽玄を秘めた“真の花”です。今の方が自分は美しい
  と思います。」
       しのぶ(及川しのぶ〈有馬稲子〉)の歌が演奏に加わる。



「第112話」
◆ サロン

      しのぶの歌うゴンドラの唄。
   〽命短かし 恋せよ乙女
     紅き唇 褪せぬ間に
     熱き血潮の 冷えぬ間に
     明日の月日の ないものを
 N 「その夜、11時52分。
    姫の命は、天に召された」
     音楽――

「第114話」
  ・・・ ・・・
    名倉(名倉修平〈名高達男〉)、ポケットから一冊の文庫本を出す。
 名倉「あの人、まるで忘れ物みたいに、九条さんの枕元にポンとこの
本を置いてったンですよ。
 (間)
    マリー・ローラサンの詩集なンですがね」
      音楽――消えてゆく。
 名倉「その中のここの、”鎮静剤”っていうこの詩の所に、栞をはさんで、
わざわざ線まで引いてあるンです。こんな詩なンですがね。
    (間)
    (読む)”退屈な女よりもっと哀れなのは
     かなしい女です
     かなしい女よりもっと哀れなのは
     不幸な女です”
  ・・・ ・・・
 名倉「この詩の最後がこう結ばれてます。
     ”追われた女より もっと哀れなのは 
     死んだ女です
     死んだ女より もっと哀れなのは 
     忘れられた女です”」
        長い間
 栄(菊村栄〈石坂浩二〉) 「その本、お借りしていいですか」
 名倉「どうぞ」

 ・・・ ・・・

◆ 203号
      栄入ってきてデスクの前に座る。
      かきさしの追悼文。
      煙草を咬える栄。
      その顔に、
      姫の記憶がフラッシュインサート。
      いくつか。
      そして――

◆ 記憶
      棺にすがりついた及川しのぶの姿。

◆ 203号
      栄
      ――借りて来た詩集のページを開く。

◆ 及川しのぶのインサート

◆ 203号
      栄。
      一切の音がしんとなくなり、しのぶの
      声がホイスパーで詩を読む。

  しのぶの声
   
   「退屈な女より もっと哀れなのは 
    かなしい女です

   かなしい女より もっと哀れなのは 
    不幸な女です

   不幸な女より もっと哀れなのは 
    病気の女です

   病気の女より もっと哀れなのは 
    捨てられた女です

   捨てられた女より もっと哀れなのは 
    よるべない女です。

   よるべない女より もっと哀れなのは 
   追われた女です

    追われた女より もっと哀れなのは 
   死んだ女です

   死んだ女より もっと哀れなのは 
   忘れられた女です」
      栄。
      遠くから、かすかに忍びこむ姫の唄声。
      間。
      書きさしの追悼文をとって破り、くず
      かごに捨てる。
      間。
      栄。

◆ 記憶
      あの夜、浜辺で歌っていた姫。
      〽あした 浜辺を
      さまよえば
      昔のことぞ
      しのばるる

◆ 203号
      栄。
      ペンをとる。
      新しい原稿用紙に向かって、
      一気呵成にペンを走らせる。
      音楽――

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