8月14日 浅間山噴火 その記録

2017/ 08/ 14
                 
 昭和22年(1947年)、8月14日に浅間山が爆発し、死者がでました。
 同年8月19日の毎日新聞記事を、「昭和毎日」による昭和ニュースは次のように伝えています。

 《長野、群馬両県にまたがる浅間山が大爆発、溶岩が西南部の山腹を流れ出し、10人の登山者が死亡した。同山は海抜2542m(〈※〉)。685年以来、約50回の噴火記録があり、1783年の大噴火では約2000人((※〉)の死者を出した。現在も噴煙を上げる最も活動的な火山のひとつ。》

 この記事では、噴火により「10人死亡」と書き、そして浅間山の海抜を「2542m」としています。
 ちなみにウィキペデイアによれば、「噴石により11名の犠牲者・・・」となっています。
 また、1991年時の気象庁公式記録では、「登山者11名死亡」とあり、直近のホームページには「登山者9名死亡」と記されています。

 (〈※浅間山標高:2,568m〉=「国土地理院」・「気象庁ホームページ」による)
 (〈※「1783年の大噴火では約2000人の死者」➮「気象庁ホームページ」記載では、「死者1151名」)

活火山、浅間山の有史以降の火山活動(気象庁公式サイト)をみると、685年(天武天皇14年)の、「噴火? 火砕物落下」の記事から始まっています。今から1332年前のことです。そして、1108年(天仁元年)の、「大規模、マグマ噴火」と続きます。

 浅間山爆発による死者の記録をみると、
  ・1596年(慶長元年)、中規模、マグマ噴火、死者多数、
  ・1721年(享保6年)、小規模、噴火、噴石のため登山者15名死亡、重傷1名、
  ・1783年(天明3年)、大規模、マグマ噴火、5月9日~8月5日まで約90日間活動、死者1151名、
  ・1908年~1914年(明治41年~大正3年)、小規模、マグマ噴火、1911年8月15日死者多数(他の年も、1名×2年の記載有り)
  ・1929年~1932年(昭和4年~昭和7年)、小規模、マグマ噴火、死者6名、
  ・1934年~1937年(昭和9年~昭和12年、死者1名、
  ・1938年~1942年(昭和13年~昭和17年)、2つの年で、若干名、1名の記載有り、

  ・1947年(昭和22年)、小規模、マグマ噴火。7月6日、8月14日。
   ◇8月14日 12:17噴火.登山者9名死亡.

  ・1950年~1951年(昭和25年~昭和26年)、1名死亡、
  ・1961年(昭和36年)、行方不明1名。

 
 と、なっています。
 今から70年前の今日、浅間山の噴火により、多くの方が登山中に亡くなられています。



浅間山20130928
 浅間山(2013年9月28日)



浅間山20150304
 浅間山(2015年3月4日)


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