永訣(えいけつ)の朝 宮沢賢治

2013/ 10/ 25
                 
永訣(えいけつ)の朝

けふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
 (  あめゆじゅとてちてけんじゃ)
うすあかくいっそう陰惨(いんさん)な雲から
みぞれはびちょびちょふってくる
 (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
青い蓴菜(じゅんさい)のもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀(たうわん)に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがったてっぱうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
 (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
蒼鉛(さうえん)いろの暗い雲から
みぞれはびちょびちょ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになって
わたくしをいっしゃうあかるくするために
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまっすぐにすすんでいくから
 (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
はげしいはげしい熱やあへぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
銀河や太陽 気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
……ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまってゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまっしろな二相系(にそうけい)をたもち
すきとほるつめたい雫(しづく)にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものををもらっていかう
わたしたちがいっしょにそだってきたあひだ
みなれたちゃわんのこの藍(あい)のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(  Ora Ora de Shitori Egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびゃぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまっしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
 (  うまれでくるたて 
こんどはこたにわりゃのごとばかりで 
くるしまなぁよにうまれでくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが兜卒(とそつ)の天の食に変って
やがておまへとみんなとに
聖(たふと)い資糧(しりやう)をもたらすことを
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

 原註
 ※ あめゆきをとってきてください
 ※ あたしはあたしでひとりいきます
 ※ こんなにじぶんのことばかりで くるしまないやうにうまれてきます 



 日本詩人全集 20 宮沢賢治 
 昭和42年4月10日発行 
 著作者 宮沢賢治
 編 者 草野心平
 発行所 株式会社 新潮社









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