原馬室の獅子舞棒術

2013/ 10/ 29
                 
 鴻巣の今年のささら獅子舞。7月と8月に原馬室(はらまむろ)、10月は小谷(こや)と登戸(のぼりと)、そして広田(ひろた)で、奉納されました。



原馬室の獅子舞棒術

 原馬室の獅子舞棒術は埼玉県指定無形民俗文化財です。(1979年〈昭和54年〉3月27日指定) 

 観音堂の境内に平成24年2月の日付で、埼玉県教育委員会と鴻巣市境域委員会の連名で、その由来の札が立てられています。

 原馬室の獅子舞は、家内安全、悪疫退散(あくえきたいさん)、五穀豊穣を願って神前に奉納される民俗芸能で、竹を細く割って作った「ささら」をすり合わせて踊る獅子舞と棒術が組み合わされる。
 獅子舞は、天正二年(1574)にこの地を訪れた田楽師の山田左京助と橋本左衛門の二人が伝えたといわれる。現在は年中行事となっている七月の『祈祷(きとう)』と八月の『祭典(さいてん)』が奉納されている。
 7月の「祈祷の舞」は「笹掛(ささが)かり」といわれ、獅子の持つ強い力を借りて悪疫を退散させようというはらいの獅子舞である。獅子によってはらわれた厄は、納神宮における「荒舞」によって落とされる。
 「家内安全」「悪疫退散」を祈願して家々を厄はらいして回っていたが、戸数の増加にともなって昭和40年(1965)以降は地区内の五社(愛宕神社・雷電社・野宮社・氷川神社・小松原神社)とここ観音堂を一日で巡ることになった。近年は地区内の小・中学校、公園等へも巡回している。
 8月の『祭典』は「獅子舞」と「棒術」の演技が奉納される。以前は8月17・18日の二日間にわたって観音堂と前記の五社で奉納されていたが、昭和47年(1972)以降は8月18日近くの一日だけとなり、会場も愛宕・雷電・氷川・野宮四社の内の一社と観音堂を組み合わせた二か所となった。
 「棒術」は、宮本武蔵(みやもとむさし)の二刀流、佐々木巌流(ささきげんりゅう※)〈小次郎〉の龍高流(りゅうこうりゅう)、柳生十兵衛(やぎゅうじゅうべえ)で有名な新陰流※(しんかげりゅう)の三流派の型を模したといわれる。演技には「四方固(しほうかた)め」から「虎走(とらはし)り」まで三十の型があり、木刀あるいは六尺棒、時には真剣を使って、迫力のある演技が素朴に、時には滑稽に演じられる。
 「獅子舞」は、法眼獅子(ほうがんじし)〈男子獅子〉、中獅子(なかじし)〈女獅子〉、後獅子(あとじし)〈男獅子〉の三頭と花笠、笛方、歌方で構成され、五穀豊穣、天下泰平を祈願して奉納されるが、場所(舞庭)によって演目が異なる。
 舞には『野辺(のべ)の道行(みちゆき)』『深山(みやま)のまどい』『弥生(やよい)の遊山(ゆさん)』『女獅子(めじし)かくし』『岩戸(いわと)の曙(あけぼの)』などの演題が付けられていて、全体が筋立てのある演劇的な構成となっている。とりわけ『女獅子かくし』は中獅子をめぐって法眼獅子と後獅子が激しく争う筋立てとなっていて、早い調子の曲と動きの早い舞は勇壮で迫力があり、獅子舞のなかでも最大の見せ場となっている。
 この原馬室の獅子舞の技術を保存し、後世に伝えることを目的として後世に伝えることを目的として※ 原馬室獅子舞棒術保存会が昭和五十一年(1976)四月に結成された。保存会では『祈祷』『祭典』の実施・保存と後継者の育成などにあたっている。
 ※:原文のママ
 ⇒ 便宜上はらいに下線を施しました。:原文は傍点(´´´)デス
 ✿:西暦の箇所はコチラで追記


観音堂

荒川



棒術公園にてその1

獅子舞会場にてその1

獅子舞会場にてその2





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