滝馬室の氷川神社

2013/ 10/ 31
                 
 MUCCANが我が家に来てちょっと経ったころ、滝馬室の氷川神社(埼玉県鴻巣市滝馬室1150-2)に、家族でピクニックに出かけました。

  彼はまだ足腰が万全でない(長い間栄養失調で体調が未だ復していない)状態でしたので、急な石段を上りきれるか宏有さんと私は気がかりでしたが、無事境内までたどり着くことが出来ました。

  木漏れ陽のぬくもりの中で、猫たちが数匹集まってひなたぼっこをしていました。


・階段の上がり口の左右の狛犬です
狛犬1-1  狛犬1-2

・やしろの左右の狛犬です
狛犬2-1  狛犬2-2

・「やしろ」正面です
氷川神社


・この日の荒川は、冠水橋の橋桁のかなりのところまで水かさが届いていました
荒川  荒川河川敷から雲を眺める



氷川神社 由緒

 縁起
 滝馬室は、隣の原馬室と共に、室町期――戦国期に見える「馬室郷」遺称地で、その郷名は『埼玉県地名誌』によれば、古墳の石室を示す「むろ」から生じたという。元禄年間(1688―1704)までに分村したらしく、『元禄郷帳』に滝馬室村と見える。
 当社は荒川低地を望む台地上に鎮座している。老樹に囲まれた境内の一角からは清水が湧き出し、「御手洗(みたらし)の地」となっており、更に滝となって水路に注ぎ、当地一帯の耕地を潤している。この滝が村名の由来になったといわれており、古くから当地の重要な水源であったことが推測される。
 恐らく、いつのころからか当地に住み着いた人々が、湧き出る水の恵みを称(たた)えてその傍らに当社を祀ったものと思われる。また伝説によれば「延暦年間(782―805)坂上田村麻呂(さかのうえたむらまろ)が東征の途次、農作物を荒らす大蛇を退治して、頭を当社に、胴体を地内の常勝寺に、尾は吉見町の岩殿観音に埋めた」とあり、当社と常勝寺のかかわりもうかがわせる。常勝寺は開山開基共に不詳であるが、境内には文久7年(1270)「為種法入道也、などの古碑が残されており、古い時期の草創と思われる。
 往時の別当は、当社隣地にあった真言宗吉祥寺で、常勝寺の末寺で竜泉山と号し、開山光瓊✩が天正11年(1583)に寂している。
 当社は寛延2年(1749)に神祇管領卜部(じんぎかんれいうらべ)兼雄から幣帛(へいはく)を受けた。



祭神と神徳
 ・素戔嗚(すさのお)尊 ・・・災難除け、安産、家内安全

祭日
 ・元旦祭(1月1日)  ・的(まと)祭り(1月12日)  ・風祭り(4月1日)
 ・祈念(きねん)祭(5月5日)  ・天王(てんおう)祭(7月14・15日)  ・夏越大祓(なつごしおおはらえ)(7月28日)
 ・例祭(9月5日)   ・新嘗(にいなめ)祭(11月23日)  ・越年大祓(12月28日)


注記:
⇒「開山光瓊」✩など、おくりがなをふっていただきたいと思ったところが幾つかありました。









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