荻野吟子

2013/ 11/ 17
                 
 今までゴルフ場への行き帰りに目にとまっていた「荻野吟子記念館」・・・気には留めていたのですが、今回一人ということもあり、「赤岩の渡し」の熊谷側の渡船場からの帰り道に立ち寄ることができました。

 人その友のために
  己の命を損つるは
   是より大なる 愛はなし
 (ヨハネ伝15章第13節より) 
 記念館に置かれたパンフレットには、「荻野吟子が愛唱した聖句…」と書かれています。
 そのパンフの「荻野吟子の歩み」に、明治19年〈1885〉本郷協会※にて洗礼…とあります。

【補遺】
 ・群馬県安中から来て本郷協会を立ち上げた牧師の一人、海老名弾正から受洗。
 ※本郷教会:現在の「弓町本郷教会」を指す。(1941年、日本基督教団創立に合わせ教団加入。このときに「本郷教会」を「弓町本郷教会」と改称。)・現在地に教会が立ったのは、吟子没13年後の1926年(大正15年/「埼玉県HP」及び「近代建築散策HP」による。ウイキペディアでは1927年と書かれている)
 なお、本郷教会と名前がつく教会は、「カトリック本郷教会」「ルーテル本郷教会」「本郷中央教会」「本郷教会」・・・が挙げられる。

荻野吟子記念館②

荻野吟子記念館①



荻野吟子

嘉永4年(1851年)に荻野吟子は、現在の熊谷市俵瀬に生まれました。自分の体験から女性医師の必要性を痛感し、医師になることを決意します。
当時、女性には医師の道は閉ざされていましたが、目の前に立ちはだかる壁を信念とたゆまぬ努力で克服し、明治18年(1885年)医業開業試験に合格して、日本公許登録女医第1号となった埼玉県三大偉人の一人です。
記念館は荻野吟子女史の生家の長屋門を模した、瓦葺屋根・漆喰一部下見板の和風建築で、部屋は展示室と休憩室に分かれ、展示室には荻野吟子女史の生涯を時代に合わせて説明した年表や資料を展示しています。
(熊谷市ホームページより)



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