木曾三社神社・敷島公園ばら園 -8-

2014/ 02/ 14
                 
 群馬県営敷島公園内にある県営野球場あたりから、敷島桜並木と称する国体道路を通り、国道17号線「下箱田」信号にクロスする手前まで、桜並木が延々と続いています。総延長はどのくらいになるのでしょうか。
 木曾神社にお参りするときなど桜が満開の時に、車でこの道路を通っていくと、桜の花の中に埋め込まれていくような錯覚を覚えるほどです。

 県営敷島公園に隣接する前橋市営敷島公園ばら園内に、萩原朔太郎の詩碑(「帰郷」の一節)があります。
 [ばら園管理事務所:群馬県前橋市敷島町262 電話027-32-2891]
 以前は県営敷島公園内にありましたが、1983年9月に、現在地に移設しました。
 (詩碑は、1955年5月13日に設置されています。)
 
 
 朔太郎詩碑「帰郷」

          朔太郎
わが故郷に帰れる日
 汽車は烈風の中を突き行けり
 ひとり車窓に目醒むれば
 汽笛は闇に吠え叫び
 火焔(ほのほ)は平野を明るくせり
 まだ上州の山は見えずや



帰郷

昭和四年の冬、妻と離別し二児を抱へて故郷に帰る
わが故郷に帰れる日
汽車は烈風の中を突き行けり。
ひとり車窓に目醒むれば
汽笛は闇に吠え叫び
火焔(ほのほ)は平野を明るくせり。
まだ上州の山は見えずや。
夜汽車の仄暗き車燈の影に
母なき子供等は眠り泣き
ひそかに皆わが憂愁を探(さぐ)れるなり。
鳴呼また都を逃れ来て
何所(いづこ)の家郷に行かむとするぞ。
過去は寂寥の谷に連なり
未来は絶望の岸に向へり。
砂礫(されき)のごとき人生かな!
われ既に勇気おとろへ
暗憺として長(とこし)なへに生きるに倦みたり。
いかんぞ故郷に独り帰り
さびしくまた利根川の岸に立たんや。
汽車は曠野を走り行き
自然の荒寥たる意志の彼岸に
人の憤怒(いきどほり)を烈しくせり。

[詩篇小解]
帰郷昭和四年。妻は二児を残して家を去り、杳(よう)として行方を知らず。我れ独り後に残り、蹌踉(そうろう)として父の居る上州の故郷に帰る。上野発七時十分、小山行高崎廻り。夜汽車の暗爾(あんじ)たる車燈の影に、長女は疲れて眠り、次女は醒めて夢に歔欷(きよき)す。声最も悲しく、わが心すべて断腸せり。既にして家に帰れば、父の病とみに重く、万景悉く蕭条たり。

 ・前橋市内には、萩原朔太郎の詩碑が、この「帰郷」のほか、6か所に設置されています。
 ・詩碑 ○「広瀬川」:厩橋下流広瀬川畔 ○「月夜」:諏訪橋際広瀬川畔 ○「才川町」:才川公園 
      ○「新前橋駅」:新前橋駅前広場 ○「利根の松原」:前橋こども公園内
 ・碑   ○大渡橋の碑:大渡橋上



朔太郎詩碑帰郷遠景
 朔太郎詩碑「帰郷」

萩原朔太郎記念館
 萩原朔太郎記念館


敷島公園ばら園入口
 敷島公園ばら園入口 [正面に見える山は「武尊山」(ほたかさん・ほたかやま)、標高2,158m。日本百名山、新花の百名山の一つ。沖武尊山の山頂付近と、前武尊山には山名の由来となっている、「日本武尊」の像が設置されています。]


敷島公園①
 敷島公園

敷島公園②
 敷島公園 [池後方に見える山は「赤城山」(あかぎやま・あかぎさん)、標高1828m。日本百名山、日本百景の一つ。




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