木曾三社神社・パンフレット -10〈3/3〉-

2014/ 02/ 16
                 
 

   筆子の石宮   (筆塚)―左から2番目
 今井善兵衛兼明により、同地区に小学校が開校されるまで寺子屋がひらかれた。そこで学んだ生徒が奉納した。
⑪筆子の石宮(筆塚) 木曾三社神社



   末社の石宮 (菅原・神明・八幡・愛宕神社など)
⑫末社の石宮 1/2 木曾三社神社  ⑫末社の石宮 2/2 木曾三社神社




  猿田彦大神
 天孫降臨の際に先頭に立って道案内した神
 交通安全の神
⑬猿田彦大神 木曾三社神社



  芭蕉句碑
 天保7年(1836)9月
枯枝にからすのとまりけり
 秋の暮

(裏面) 高梨宣信の自句
稲の香の来たり神風
 松の風
天保7年建立
木曾三社神社
 神官高梨宣信

藍沢無満(あいざわむまん)(一七七四~一八六四)の書。前橋市上小出の人
国学・漢字・俳諧・書道
⑭芭蕉句碑 木曾三社神社




  「瀧之宮」の額 (拝殿の前面)
戸井田(といだ)研斎(幕末~明治初年)
謹厳なる書体
かっては、各所に湧水が滝をおりなしていたので、このように呼ばれた。
⑮「瀧之宮」の額 木曾三社神社



  黒田清綱の歌額 (拝殿の前面)
群馬県々社木曾神社境内に
湧出る水稀世の清泉なり

 みやしろのみかきのうちにわく水の
 清きや神のこころなるらん
        (従二位源清綱)

 徳富蘆花が愛子夫人と当社を参拝し、夫人はとてもこの歌に感銘したという。
⑯黒田清綱の歌額 木曾三社神社



  歌碑
 (貞宮)多喜子内親王の上野の勢多なる下箱田村の県社に檜幾本を寄附したる時そふる歌とて

うゑし木も神のちきのや深からん
木曽の山路の苗木那勢波
       正三位 源 素彦
⑰歌碑 木曾三社神社



 この碑はどういうものでしょうか。人名などが書いてある個所などは判読できるのですが・・・
木曾神社境内石碑その1













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