橘山

2014/ 04/ 18
                 
 じゅんこさん、如何お過ごしですか。

 きょうは、わたしのふるさとの一つ、北橘村(きたたちばなむら)の名前由来のことをはなしてみたいと思います。
 当時、橘山(たちばなやま)の南東側は、南橘村(みなみたちばなむら)、北西側は北橘村でした。
 南橘村は、早くに前橋市に編入され、北橘村も平成大合併の折りに渋川市の一部となり、今、渋川市北橘町(しぶかわしほっきつまち)と呼ばれています。

橘山20140210
 橘山 (2014年2月10日撮影)


 その橘山伝説として、神話の時代に遡りましょう。
 倭建命(日本武尊)が、東征の途中、利根川を眼下に見やる小高い山に登りました。
 頂上の石に腰かけ、坂東の滔々と流れる大河を眺めやると、太平洋の荒海を鎮めるために身を投げた、吾妻の弟橘姫のことが、突如として思い起こされました。
 しばし姫を恋し、腰をおろした石が、こののち、神社の御神体となり、「妻が恋しい」、「恋しい石」が変じて、小石神社となったということです。

 倭建命が弟橘姫を偲び、涙し、ひと時を過ごした山を、後の人が橘山と名付けたということです。

 その後、恋し石は前橋市の敷島公園近くの小石神社に移され、今は橘山山頂に小さな石の祠が残るだけとなっています。

 倭建命(日本武尊)の東征による東国伝説は、関東各地に多々残っています。
 同じ群馬県の吾妻(アガツマ)、武尊山(ホタカサン)、そして碓氷峠(ウスイトウゲ)など、建命の足跡を綴ることによって、あらためて「古事記」、「日本書紀」を紐解くきっかけとなりそうです。



・1889年(M22)、4月1日、町村制施行により、北橘村、南橘村となる。
・南橘村は、1954年(S29)、9月1日に前橋市川原町となる。
・北橘村は、2006年(H18)、2月20日に渋川市北橘町となる。
・現在の小石神社は、1971年(S46)に、建てられている。







 
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