麦の秋

2014/ 05/ 26
                 
 麦の秋
 「むぎのあき」「麦秋(むぎあき)」「麦秋(ばくしゅう)」

 麦の熟したこと、またその頃の季節にもいう。
 早熟の麦は晩春から黄熟するが、立春後、百二十日前後(五月下旬)が麦刈の時期とされる。
 梅雨期をひかえて、農家の人たちが忙しく働く時である。
 
 深山路を出抜けて明けし麦の秋   炭 太祇
 麦秋の雨のやうなる夜風かな    田中冬二
 麦秋の野を従へて川曲る       内藤吐天




四三  麦 の 秋

 私の家のうしろは小高い山になって居ります。観音山といって山の西南の方に観音様のお堂があります。山の大半は松や杉が繁っていますが他の部分は畑になっております。

 この山には不思議に墓地が幾場所かあり、もしかすると古い葬地の跡であるかも知れません。その畑は主に私の家で作って居ります。麦の秋でした。幾枚もある畑の一番上の方は小麦畑でした。小麦が真黄色に熟れてそこから見わたすかぎり田にも向うの丘にも黄色い麦と小麦の波でした。大麦の畑は大体刈り取られて多くの小麦の畑が六月の風に黄色い波を打って居りました。観音山には郭公が鋭い声でさけんでおります。その声は谷を越えて、向こうの芝山或は瓜山などという丘々にぶつかってはね返ってきます。私は家の人達と小麦を刈ってこの山の一番高い所にだんだんと刈り登ってゆきました。
 小麦畑の上に墓地があります。その墓地の畑の方の端にやや大きな石塔が一つありました。気がつくとその石塔の上に烏が一羽止っています。そして小麦を刈っている私達の方を低くのぞく様にして、
 「カア」と大きく叫びました。
 私達は刈る手をやめて烏を見ました。烏は挨拶がすんだというような顔付をして隣の石塔の下へ飛び下りました。そこには数日前亡くなった人の墓標が立って居りそこに団子が上げてあるのでした。烏はその中の一ヶをひょっと口にくわえて先の石塔の上へ飛び上がり、更に今一度さっと飛び上がり谷を越えて大きな羽を拡げてそのまま空気を切って渡って行くのでした。谷の向こうには芝山という山があり、そこの老松の間に多分烏の巣があるのでしょう。
 私達は小麦を刈り続けました。すると又、烏の「カア」という叫び声をききました。思わず頭を上げると烏は又石塔の上に来ているのです。そして再び団子の所へ下り、これをくわえて谷を渡ってゆくのでした。こうすること少なくとも四、五回、私達が小麦畑を刈り切って山を下りてこようとする時もこの烏の谷渡りの運送は続いておりました。多分日が暮れて私等が山から下りてもこの運送は続いていたかも知れません。ただ一回毎に大きく「カア」と鳴いたあの挨拶のような叫び声だけは仮に烏の習性だったとしても、私等が居なくなっても続けたかどうかはわかりません。
 裏の山はすっかり青葉づくの声が「ホウホウ」と薄暗に鳴き始めていました。麦の秋の長い一日も暮れるのでした。

 補修 習俗歳時記 今井善一郎著
 昭和50年10月1日  発行
 発行所 株式会社煥乎堂

筆者①

囲炉裏② (祖父奥)

玄関の大戸③






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