「わかり合える」ことの難しさ

2014/ 06/ 03
                 
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 大事なことは、
「agree to disiagree」
なのです。
「互いの意見が違うことを認め合う」ことです。・・・ ・・・ これが基本です。

 互いに異なることを認め合えれば、わかって貰えない、自分の意見が捻じ曲げられている、などと感情的になりがちな気持ちが落ち着いてきます。お互い、同意できないのが常識なのですから、同意を求める前に、事実確認をきちんとしましょうと考えるので、建設的です。

 このような冷静な思いで相手を見つめれば、論争をしていても、相手のどこが間違いでどこが正しいのか、どこが矛盾しているのかを、見てとる余裕が生まれてきます。

 「何が事実か」ということは、自明のようで、じつは定義が難しいこともあります。
 このたとえが最善かどうか自信がありませんが、私たち日本人は雪を見たときに「白い」と認識します。事実、雪の色は、「赤」でも「青」でもなく、「白」です。英語なら「White」です。でも、同じ雪をイヌイットの人々が見たとき、その色は「白」ではなく、何通りもの表現分類があるそうです。
 もうひとつ。私たち日本人は虹を「赤、橙、黄、緑、青、藍、紫」の七色でとらえていますが、ドイツ人は「赤、黄、緑、青、紫」の五色だと見ているそうです。
 面白いですね。同じ事実を見ていれば、同じ認識を共有できるという以前に、「事実が同じ」という定義すら、難しいのです。
 それだけに、何が事実かという定義自体の問題も含めて、どの範囲での合意を求めるのかを考え、譲るところは譲るという気持ちも持っているほうがいいと思います。



『迷わない。 -第3章 楽観性の仕事術 「時間」と「情報」とは-』  桜井よしこ 文春新書 943








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