カフェ・ペドロッキ

2014/ 07/ 06
                 
 1831年6月9日、聖人祭の真っ最中に「アントニオ親父」のカフェは開店しました。

 1799年にアントニオが現在の南側の小開廊のところに位置していた父親の小さいカフェを譲り受けたとき、パドヴァには既に「コーヒー屋」が77軒もあったそうです。
18世紀のヨーロッパの流行に従って、粋な上流階級がこれらのカフェの常連様でした。
 
 カフェの主人、アントニオ・ペドロッキは、頭の切れる野心家で、思い立ったことは必ずやり通す質(たち)の人でした。
 建屋を建築した、ジュゼッペ・ヤッペリは柔軟で創造的な知性の持ち主でした。
 この二人の結びつきによって誕生した「カフェ・ペドロッキ」は、かっては24時間開いていたことから「扉のないカフェ」とも呼ばれました。
パドヴァに誕生して以降、大学がすぐ隣にあることも相俟って、アーケード風の造りのこのカフェは、パドヴァ大学「ボ」の学生の溜まり場になりました。

  カフェ・ペドロッキの中に入ると、名高い三つの広間の「緑の間」、「赤の間」、そして、「(美しいアルコープのある酒屋風作りの)白の間」が、イオニア式円柱で仕切られ続いています。
 これらの広間で1848年2月、パドヴァ大学の式典が華々しく行われました。
 (「パドヴァ」:STORTI EDIZION 2001年4月発行を元に文章を組み直しました。)


カフェ・ペドロッキ①  カフェ・ペドロッキ③  カフェ・ペドロッキ⑤
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