ヴェネツィア

2014/ 07/ 13
                 
 一日当たり5万9千人が訪れているという、観光客で賑わっているヴェネツィア市は、メーストレ区域を含めて市全体の人口では26万人ほどとなっていますが、(所謂)「水の都、ヴェネツィア」の市街地には、5万8千人弱の人たちが住んでいるだけです。
 毎年まいねん人口の減少に歯止めがかからない、水の都「ヴェネツィア」。
 どうしてそうなっているのか、地元の声に耳を傾けてみましょう。

≪・本年2013年1月4日の《La Nuova》紙は、次のような事を書いていました。即ち《昨年1年で722名の住民がヴェネツィアから減少し、58,269人となった。2013年中には58,000を割るだろう……》と。
 ・以前、2009年9月28日には60,041人いた住民が、2009年10月23日には6万人の大台を割り、ヴェネツィアの人口減少は悪夢である。今や自らの葬儀を準備しなければならないと《La Nuova 1》紙は報じました。
 ・そして今月2013年5月9日の《La Nuova 2》紙は、更に58,000人を割ったと書きました。以下がその記事の頭の部分です。
「5万8千人を割ったヴェネツィア市。4ヶ月ほど前、心理的にも我慢の限界を超えるような、人口統計上、歯止めの利かない下落傾向について述べた。市の統計局のデータでは、この5月7日に5万8千という一つの限界を突き抜けてしまったということである。
年初、我々住民は58,269人いた。しかしこの間住民は、270名減少した。2012年のトータルな落下していく勢いは、722名の減少に達していた。
 ・こういう風に2013年も推移するだろう。ヴェネツィア市(メーストレも含めて)の全人口の減少は、年初頭269,643人であったものが、現在268,974人である。……」
・【7月5日 AFP】イタリアの環境保護団体「イタリア・ノストラ(Italia Nostra)」は4日、観光客が大挙して押しかけることにより、ベネチア(Venice)のラグーン(潟)が浸食されつつあると警鐘を鳴らした。不動産開発や、不十分な水上交通網も浸食に拍車をかけていると指摘している。
 ・建築家のクリスチアーノ・ガスパレット(Cristiano Gasparetto)氏によると、1988年の調査でベネチアの観光客の最大許容人数は1日当たり3万3000人と明記されたにもかかわらず、現在では1日当たり平均で5万9000人が訪れている。
 ・イタリア・ノストラによると、アドリア海(Adriatic Sea)の入り江であるベネチアでは、観光客の大量流入で水上交通が過密になり、海水と淡水が混ざり合った浅瀬が広がるラグーンの生態系が徐々に破壊されている。航行速度を上げたボートのプロペラがラグーンに流れ込んだ水底のシルト(沈泥)を巻き上げ、入り江というよりは湾に近づきつつあるという。
 ベネチアのラグーンは、幾重にも連なる砂州により、海水の行き来が妨げられている。一方で、ラグーンに流れ込む淡水の大部分はラグーンを経由して海に流出していた。ところが数世紀前から、淡水の大半が海に直接流れ出しているという。その結果、ラグーン内の水は今やアドリア海と同程度の塩分濃度になっている。
 ・イタリア・パドヴァ大(Padoa University)のルイジ・ダルパオス(Luigi D'Alpaos)教授(流体力学)は、ベネチアのラグーンは過去70年で平均して1メートル沈下したと分析した。
 ・イタリア・ノストラは、地元経済の低迷を招くことになるとしても、観光客数を大幅に制限すべきだと主張している。
 同団体は、カジノを擁するテッセラ・シティ(Tessera-City)を近郊に建設し、高速鉄道でベネチアと結ぶというベネチア当局の計画にも反対している。鉄道はラグーンの地下に長さ9キロのトンネルを掘る計画で、前述のガスパレット氏は、さらなる地盤沈下を招くと警告している。(c)AFP≫



ヴェネツィア②
 2014年6月19日 ヴェネツィア

 
 ヴェネツィア④
 2014年6月19日 ヴェネツィア

ヴェネツィア③
 2014年6月19日 ヴェネツィア


 サン・マルコの鐘楼( Campanile di San Marco)はヴェネツィアのサン・マルコ広場にあり、市内観光名所の中でも特に有名で、街のシンボルとされています。
 高さは98.6mあり、サン・マルコ寺院の前の角に単独で建っています。下半分はシンプルなレンガ造りになっていて、その上部にアーチ型の鐘架があり中に5つの鐘があります。鐘架の上にはヴェネツィアを象徴する歩行中のライオンと女性の形が象ってあるレンガ造りの壁となっていて、さらのその上がピラミッド型の尖塔となっています。この尖塔の頂上にある金色の像は大天使ガブリエルを模しています。鐘楼は1514年に完成しましたが、1902年に崩壊したため、完成した当時と同じ状態で、1912年に再建されました。
ヴェネツィア・サンマルコの鐘楼①
 2014年6月19日 ヴェネツィア・サンマルコの鐘楼











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