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信州 雪の浅間山 私の小学生の頃の小諸でのコマゴマ・・・

2020/ 01/ 17
                 
 浅間山恋ふる懐かし冬の空

 1-1浅間山 -


 浅間山を眺めると、小諸での思い出がよみがえります。

 小学校の冬の暖房は、石炭ストーブで暖をとりました。
 ストーブ当番の時は、いつもよりかなり早く登校します。
 千曲川が眼下に見下ろせる社宅から、急な坂道を上って、野岸小学校までは、それなりの距離があるのです。
 ふだんは、近所の遊び友達と一緒に登校するのですが、石炭当番のときは、一人だけで学校に行かなければなりません。
 牛乳配達のおじさんは、そういった冬のシーズンでも朝早く届けに来てくれます。
 私が家を出るころには、牛乳瓶の中の液体は既にうっすらと凍っているのです。
 シャーベット風になった牛乳を一気に飲み干してから、行ってきます!と大声で家の中に声をかけてから、玄関を飛び出していきます。

 1-3 雲海・・・

遊び・・・
 リンゴ箱で作った橇
 竹で作ったスキー
 スケートは、市販の下駄スケート
  ・・・建物の陰にある小学校の校庭は、冬の間スケートリンクになっているのです。・・・

 1-2 冬の浅間山.JPG

食べ物・・・
 信州ぐるみ
 ハチの子
 信州リンゴ

                 
        

ムベ 無病長寿 むべなるかなと天智天皇

2020/ 01/ 03
                 
 ムベの実は無病長寿の言い伝え故郷の棚にたわわに実る

 3-1 ムベ


 ムべは、アケビ科の一種ですが、アケビが落葉樹なのに対し、ムベは常緑樹です。春になると白い花をつけ、秋には赤紫の実がなります。

 〈令和元年の暮れに・・・〉
 たくさんの実をつけた田舎の棚。
 まだ残っている中から、兄が見目形の良い実を選んで、つつんでくれました。


                 
        

故郷の庭の巴旦杏 ハタンキョウ ボタンキョウ

2019/ 12/ 18
                 

 
 年の瀬に何を思い出すやら由無事


 わが家では、ハタンキョウのことをボタンキョウといっていました。

 スモモ-1


 李の一品種ですが、植木屋さんに名前を教えてもらった時に、聞き間違えてしまったようです。
 NHKの連続テレビ小説「おしん」(12月16日再放送)をみていたときに、何の脈絡もありませんが、ふと、このスモモのことを思い出しました。
 庭の片隅にあったボタンキョウを、植え替えてからは、なお一層、多くの実をつけるようになっていました。

 赤城山の裾野に住んでいる人で、毎年、我が家に季節の野菜などを持って来てくださる方がいました。
 父に、戦時中、戦地で大変お世話になったという方でした。
 父母が前橋に移り住んで以降、何十年もの間欠かさず、顔を出しに来て頂いていたのです。

 李ー2-


 息子心に、何かお礼をと思い、庭でとれた「ボタンキョウ」なら、心やすく受け取って頂けるだろうと思い、大きな粒の一つひとつを傷めないようにしながら箱におさめました。

 私は、初対面でしたので、自己紹介をして、日頃のお礼をお伝えし、気持ちばかりのものですがと前置きしてから、庭でとれたサクランボですといって、差し出しました。

 家に上がってお茶でも・・・と、何度も何度も繰り返しおっしゃっていただいたのですが、何しろ前触れのない突然の訪問ですから、お邪魔するのは申し訳ないと思い、軒先で辞去しました。

 それから、数年たってからのお正月のことです。
父が私に、ボソッと言いました。
あれ以来、○○さんは、来なくなったよ・・・
と。
 


                 
        

遥かなるふるさと 祭太鼓

2019/ 08/ 01
                 
 遥(はる)けきや笛や太鼓の音の色も闇の奥処(おくか)にひそやかに消ゆ

 遥かなる祭太鼓の音恋し

 耳元に祭太鼓の残照しじま


 4-6祭太鼓 - 20190721

 
 ふるさとをもっていますか・・・


  2-4熊谷うちわ祭り  祭禮 令和元年七月二十一日


                 
        

季節の風物詩 落ち鮎料理 いまはむかし

2019/ 07/ 30
                 
 落ち鮎や利根の川面のさざ波か


 鮎の塩焼き 20120814
  (2012年8月、前橋の家の庭で、鮎の塩焼きをスモーク風味にして、手間暇かけて仕上げました。)


 7月29日朝のNHKテレビで放送していた、落ち鮎の映像(栃木県那珂川の簗)をみて思い出しました。

 
 ある年、父の所望により、坂東簗に出かけました。
 うるかは、ことのほか父のお気に入りの鮎料理です。父は昔を懐かしむように目を瞑りながら味わっていました。
 ひととおりの品々を味わってから刀根の川風に送られ、家路につきました。
 それからどのくらいの時が経ったのでしょうか。
 人づてに耳に入ったところでは、土地の主が地代の値上げを借主側に伝え、承服しかねるといった経緯で、クローズしたということです。