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父の思い出 垣根の剪定・・・

2021/ 05/ 29
                 

 トラ刈りは頭だけではないわいな垣根剪定父ほめそやす


 満月の一日前


あれはいつのころのことだったでしょうか。
田舎の家の垣根の剪定を父に頼まれました。
われながらあまりに情けない虎刈りというお粗末な結果となったサザンカとサンゴジュの垣根です。
(にもかかわらず)
「見事な出来栄え!」と、父。
私は思いました。
来年にはもっとましな刈り方ができるようにしようと・・・。

 わが家の垣根はヒイラギです。
 田舎の家の三分の一ほどの土地ながら、汗をかきかき剪定に励みました。
 5袋分となりました。

間もなく、父の生誕108年を迎えます。
田舎の家の垣根の剪定したときの、父の言葉を思い出しています。

                 
        

昔のことです。軌道車両に乗って耳鼻科通いしました。

2021/ 05/ 13
                 

 じゅん散歩館山巡り思い出す海水浴で耳の病気に


 1-1東武伊香保軌道線


 ご存じか軌道鉄道懐かしきたずね行く先伯父伯母の笑み



 5月10日(月)のテレビ朝日。
 この日の「じゅん散歩」は、館山でした。
 はるか以前に、きょうだい、いとこたちと、夏の館山に行ったことを思い出していました。
 〇△の保養施設の海の家に泊まりました。
 初めての海水浴です。
 はしゃぎまわったのがいけなかったのでしょうか。
内耳炎か中耳炎だと思うのですが、耳の病気にかかってしまったのです。
おそらく、館山の町医者で治療を受けたと思うのですが、姉や兄たちの夏休みということもあって、海水浴旅行が終わっても、小諸の家にはもどらず、いとこたちの住居である本家で過ごすことになりました。
 
 伯父の付き添いで、本家から前橋の耳鼻科にしばらく通うことになりました。

 1-2渋川前橋間軌道

 その時通院に使っていたのが、軌道車でした。

 1-3前橋荒巻の軌道車両

                 
        

父のこと GRAND SEIKO

2021/ 04/ 25
                 

 勤め先勤続表彰腕時計託す先には刻む音なし


 東京電力 裏


 勤め先の永年勤続表彰が、セイコーの腕時計「GS」でした。
 次男坊の私が何故使うようになったのか、いきさつは判らないのですが、高校通学の時には、いつも使っていました。

 4月25日セイコーGC

今、父の形見の一つとして、手元にあります。
中学校当時私が使っていた「セイコー ロードマーベル」と同じ箱の中に並んでいます。
ふたつともに、時を刻まない腕時計となっています。


                 
        

誕生日のご馳走はとんかつでした。

2021/ 03/ 18
                 

 誕生日とんかつ嬉しおご馳走礑とひれ伏し友の詫び声


 二十数年ぶりのとんかつ.
  〈二十数年ぶり手作りの「とんかつ」.パルミット、キャロットラペ、プチトマト、キュウリ、キャベツの千切り.〉


なか君、すみませんでした。
君がとんかつが大嫌いだったということを知らずに、私の誕生日に招いたことを。
「すみません。私はとんかつは食べられないのです。」と、畳の上に深々と頭を下げて、私のちちははに謝ったなか君。
 ごめんなさい。申し訳けありませんでした。
 あのとき、私こそが、謝るべき人間だったこと。


 
  信濃の国
   作詞 浅井 洌(れつ/きよし)
   作曲 北村 季晴(すえはる)
1.
信濃の国は十州(じっしゅう)に 境(さか)い連(つら)ぬる国にして
聳(そび)ゆる山は いや高く  流るる川は いや遠し
松本 伊那 佐久 善光寺  四つの平(たいら)は肥沃(ひよく)の地
海こそなけれ 物さわに  万(よろ)ず足(た)らわぬ事ぞなき
2.
四方(よも)に聳(そび)ゆる山々は  御嶽(おんたけ) 乗鞍(のりくら) 駒ヶ岳
浅間(あさま)は殊(こと)に活火山  いずれも国の鎮(しず)めなり
流れ淀まず ゆく水は  北に犀川(さいがわ) 千曲川(ちくまがわ)
南に木曽川 天竜川 これまた国の固(かた)めなり
3.
木曽の谷には真木(まき)茂(しげ)り  諏訪(すわ)の湖(うみ)には 魚(うお)多し
民(たみ)のかせぎも豊かにて  五穀の実らぬ里やある
しかのみならず桑とりて  蚕飼(こが)いの業(わざ)の打ちひらけ
細きよすがも軽(かろ)からぬ  国の命を繋(つな)ぐなり
4.
尋(たず)ねまほしき園原(そのはら)や  旅のやどりの寝覚(ねざめ)の床(とこ)
木曽の棧(かけはし) かけし世も  心してゆけ久米路橋(くめじばし)
くる人多き筑摩(つかま)の湯  月の名に立つ姨捨山(おばすてやま)
しるき名所と風雅士(みやびおが)  詩歌(しいか)に詠(よ)みてぞ伝えたる
5.
旭将軍義仲(よしなか)も  仁科(にしな)の五郎信盛(のぶもり)も
春台(しゅんだい)太宰(だざい)先生も  象山(ぞうざん)佐久間先生も
皆(みな)此この国の人にして  文武の誉(ほまれ) たぐいなく
山と聳(そび)えて世に仰(あお)ぎ  川と流れて名は尽つきず
6.
吾妻(あずま)はやとし 日本武(やまとたけ)  嘆(なげ)き給(たま)いし 碓氷山(うすいやま)
穿(うが)つ隧道(トンネル)二十六  夢にもこゆる汽車の道
みち一筋に学びなば 昔の人にや劣(おと)るべき
古来山河の秀(ひ)いでたる国は偉人のある習い



                 
        

二人の級友が水を飲み過ぎて学校を休んだこと

2021/ 03/ 17
                 

 100メートルトップ争う級友が水飲み競い学校休む


 野岸小学校校章


 小諸時代のことです。
 真夏だったと思います。
 日曜日、二人の級友がわが家に遊びに来ました。
 どういう経緯でそうなったのか、今となっては思い出すことができませんが、みつ君とさと君が、水が美味しいと言ってガブガブ飲み始めました。
 そして、いつの間にか二人は飲み比べを競い合っていたのでした。
 二人は小学校の運動会におけるわが組の短距離競争のホープです。ちなみに私は三番手のいつものことながら補欠に回る立場でした。

 二人ともにもう飲めないやといった時は、お互い何杯飲んだことになったのでしょうか。おそらく私はその時行司役になっていたのかも知れませんが、ただただ呆れかえっていたというところが本当のところだと思います。

 二人はともに、翌日の月曜日、学校に来ませんでした。
 
 

  野岸小学校校章
 野岸小学校校章 - コピー

梅花教育の精神は、当時の小諸小学校の唱歌に 次のように歌われています。
 胸にかざせる梅の花  
  これが我が校の徽章なり
 雪にも霜にもうちたえて  
  万の花にさきがけて
   良き香を放つ梅の花
 学びの道もかくしてぞ
   千代の香の花も咲く  
 いざ勉めなん勤勉を


  小諸市立野岸小学校校歌 - コピー