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ミラノ

2014/ 07/ 19
                 
  北イタリア最大の都市ミラノ(人口およそ130万人)は、首都ローマ(人口およそ260万人)に次いで、イタリアで2番目に人口が多い都市です。
 「ミラノ・ファッション」という言葉まで生んだ、世界最先端のファッション。町を見渡せば、ファッション雑誌から抜け出たような素敵な人たちが闊歩しています。センスあふれるポスターや、凝った商品のディスプレイを見て歩くだけでも楽しい街並みが続いています。
 勿論、ローマと共にイタリアの歴史の中枢をなしてきた建築物や芸術作品の数々が、旅行者の心を惹きつけてやみません。 ゴシック建築の最高傑作ドゥオーモ、レオナルド・ダ・ヴィンチの名画「最後の晩餐」などなど、数多ある歴史的遺産は、キリスト教とともにあった、ヨーロッパの歴史そのものを如実に物語っています。



 在ミラノ日本国総領事館 

 公式ページをあれこれめくってみました。

管轄地域
当館の管轄は次の北部イタリア8州です。この8州以外はローマの日本大使館が管轄しています。
Emilia-Romagna
Lombardia
Valle d'Aosta
Friuli-Venezia Giulia
Piemonte
Veneto
Liguria
Trentino-Alto Adige
________________________________________
業務時間
業務日:土日,休館日を除く月曜日から金曜日まで(当館の休館日カレンダー)
午 前:9時15分から12時15分まで
       午 後:1時30分から 4時30分まで
電話取次時間:土日,休館日を除く午前9時から午後5時。ただし,緊急の場合は24時間対応。
________________________________________
業務内容
邦人関係の領事事務(旅券及び戸籍・国籍並びに各種証明にかかる諸手続き)
在外選挙登録所手続き
北部イタリア8州にお住まいの方の滞在支援
被害に遭った方への対応
イタリア人を含む外国人の査証事務,領事事務, など
________________________________________
来館時のご注意
当館では,来館者の皆様および当館の安全を確保することを目的として,すべての来館者を対象として検査機を使用した所持品検査を実施しております。また,火薬類・万能ナイフを含む刃物類などの危険物の持ち込み禁止等の措置を取らせていただいておりますので,ご理解とご協力をお願いします。
広報文化
在ミラノ日本国総領事館の広報文化班では、日本と北イタリアとの文化・人物交流の促進のための活動、日本を北イタリアの人々にもっと知ってもらうための文化・広報活動を行っています。また、これら活動を行う皆様への支援活動を積極的に進めています。
具体的には、行事への後援名義の付与、当館広報備品の貸出、グッズ・資料等の提供、行事への館員の出席などの支援活動を幅広く行っておりますので、日本と北イタリアとの交流促進行事を計画され、当館とのコラボレーションを希望される方は当館までご連絡ください。(広報文化担当 )

 他のページをあれこれ紐解いて抱いた感想ですが、現地に住んでいる日本人を対象としていることは当然ですが、観光立国イタリア在の総領事館という特徴なのでしょうか、日本人観光客に向けたフォローメッセージが目につきました。



ミラノ④アーケード
 ミラノ 2014年6月22日 (ミラノを象徴する美しいアーチ型ガラス天井のガッレリア。カフェ、レストラン、ブックショップなどが集まる人気スポット)








                 
        

イタリアの鉄道

2014/ 07/ 16
                 
 今回のイタリア旅行の交通手段は、主に列車だったとのこと。
 田園風景の中を走る列車の写真を所望してはみましたが、現実的に不可能なことをリクエストしたようです。

イタリアの列車のタイプ

イタリアには様々なタイプの列車があり、イタリア本土および島々を網羅しています。ヨーロッパの各国とを結ぶ路線も終日運行しています。イタリアの鉄道ネットワークの大部分はトレニタリア (Trenitalia) が運行しています。

トレニタリア ヴェネツィア→パドヴァ
 6月19日 ヴェネツィア→パドヴァ


イタリアの地域鉄道
イタリアの地域鉄道およびインターシティ (InterCity) は、サルデーニャ島およびシチリア島の路線を含むイタリア全土で頻繁に運行しています。このような路線では、イタリア人の日常生活に触れることができます。
 地域鉄道 パドヴァ→ミラノ
 6月22日 パドヴァ駅 パドヴァ→ミラノ



イタリアの地域鉄道:
• トレノルド レジョナーレ (Trenord regionale) は、スイスと国境を接するロンバルディア (Lombardia) 地方の北部中央地域を運行する列車です。
• インターシティ (InterCity) は、ローマ、ミラノ、ヴェネツィア、フィレンツェなどの主要都市を結んでいます。他の地域鉄道よりも比較的速く移動でき、停車駅も少なくなっています。
地域鉄道 パドヴァ駅構内にて
 6月22日 パドヴァ駅構内にて

イタリアの高速鉄道

レ フレッチェ (Le Frecce)(旧名称 ユーロスター イタリア (Eurostar Italia))はトレニタリアが運行する近代的で快適な高速鉄道であり、イタリアの全主要都市に乗り入れています。すべての車両に、エアコン、大型の荷物棚、電子機器用コンセントが完備されており、軽食やドリンクも用意されています。大抵は食堂車も利用できます。
 イタリア高速鉄道
 フィレンツェ駅にて(ミラノからフィレンツェに到着したところです)

 

トレニタリアは、3 種類のレ フレッチェ(ユーロスター イタリア)高速列車を運行しています:
• フレッチャロッサ (Frecciarossa):北から南までイタリアの主要都市間を運行
• フレッチャルジェント (Frecciargento):ローマとイタリア北東部および南部の主要都市間を運行
• フレッチャビアンカ (Frecciabianca):トリノおよびミラノとイタリア北東部の都市間を運行


イタリア国内外を運行する国際夜行列車

国際夜行列車は、イタリアとオーストリア、ドイツ、スペイン間で運行しています。費用も時間も節約できます。
イタリア発着の夜行列車:
• ユーロナイト アレグロ (EuroNight Allegro):
ボローニャ - フィレンツェ - ミラノ - ローマ - ヴェネツィア - ウィーン(オーストリア)
• ユーロナイト トスカーナ マーレ (EuroNight Toscana Mare):
リヴォルノ - クラーゲンフルト - ヴェネツィア - フィレンツェ - ウィーン(オーストリア)
• シティナイトライン (City Night Line):
ローマ - フィレンツェ - ヴェネツィア - インスブルック(オーストリア)- ミュンヘン(ドイツ)

夜行列車テロ (Thello) は、次の路線を運行しています:
• パリ - ミラノ - ヴェローナ - ヴェネツィア
• パリ - フィレンツェ - ローマ


国内夜行列車:

眠っている間にイタリアの北部と南部間を移動できるため、貴重な時間を節約できます。
イタリアの国内夜行列車:
• インターシティ ノッテ (InterCity Notte):ミラノ - ジェノヴァ - ピサ (Pisa) - リヴォルノ (Livorno) - サレルノ (Salerno) - カターニア (Catania) (シチリア)。メッシーナ (Messina) 海峡の横断時には列車が船に積み込まれるという珍しい行程になっています。

                 
        

ヴェネツィア

2014/ 07/ 13
                 
 一日当たり5万9千人が訪れているという、観光客で賑わっているヴェネツィア市は、メーストレ区域を含めて市全体の人口では26万人ほどとなっていますが、(所謂)「水の都、ヴェネツィア」の市街地には、5万8千人弱の人たちが住んでいるだけです。
 毎年まいねん人口の減少に歯止めがかからない、水の都「ヴェネツィア」。
 どうしてそうなっているのか、地元の声に耳を傾けてみましょう。

≪・本年2013年1月4日の《La Nuova》紙は、次のような事を書いていました。即ち《昨年1年で722名の住民がヴェネツィアから減少し、58,269人となった。2013年中には58,000を割るだろう……》と。
 ・以前、2009年9月28日には60,041人いた住民が、2009年10月23日には6万人の大台を割り、ヴェネツィアの人口減少は悪夢である。今や自らの葬儀を準備しなければならないと《La Nuova 1》紙は報じました。
 ・そして今月2013年5月9日の《La Nuova 2》紙は、更に58,000人を割ったと書きました。以下がその記事の頭の部分です。
「5万8千人を割ったヴェネツィア市。4ヶ月ほど前、心理的にも我慢の限界を超えるような、人口統計上、歯止めの利かない下落傾向について述べた。市の統計局のデータでは、この5月7日に5万8千という一つの限界を突き抜けてしまったということである。
年初、我々住民は58,269人いた。しかしこの間住民は、270名減少した。2012年のトータルな落下していく勢いは、722名の減少に達していた。
 ・こういう風に2013年も推移するだろう。ヴェネツィア市(メーストレも含めて)の全人口の減少は、年初頭269,643人であったものが、現在268,974人である。……」
・【7月5日 AFP】イタリアの環境保護団体「イタリア・ノストラ(Italia Nostra)」は4日、観光客が大挙して押しかけることにより、ベネチア(Venice)のラグーン(潟)が浸食されつつあると警鐘を鳴らした。不動産開発や、不十分な水上交通網も浸食に拍車をかけていると指摘している。
 ・建築家のクリスチアーノ・ガスパレット(Cristiano Gasparetto)氏によると、1988年の調査でベネチアの観光客の最大許容人数は1日当たり3万3000人と明記されたにもかかわらず、現在では1日当たり平均で5万9000人が訪れている。
 ・イタリア・ノストラによると、アドリア海(Adriatic Sea)の入り江であるベネチアでは、観光客の大量流入で水上交通が過密になり、海水と淡水が混ざり合った浅瀬が広がるラグーンの生態系が徐々に破壊されている。航行速度を上げたボートのプロペラがラグーンに流れ込んだ水底のシルト(沈泥)を巻き上げ、入り江というよりは湾に近づきつつあるという。
 ベネチアのラグーンは、幾重にも連なる砂州により、海水の行き来が妨げられている。一方で、ラグーンに流れ込む淡水の大部分はラグーンを経由して海に流出していた。ところが数世紀前から、淡水の大半が海に直接流れ出しているという。その結果、ラグーン内の水は今やアドリア海と同程度の塩分濃度になっている。
 ・イタリア・パドヴァ大(Padoa University)のルイジ・ダルパオス(Luigi D'Alpaos)教授(流体力学)は、ベネチアのラグーンは過去70年で平均して1メートル沈下したと分析した。
 ・イタリア・ノストラは、地元経済の低迷を招くことになるとしても、観光客数を大幅に制限すべきだと主張している。
 同団体は、カジノを擁するテッセラ・シティ(Tessera-City)を近郊に建設し、高速鉄道でベネチアと結ぶというベネチア当局の計画にも反対している。鉄道はラグーンの地下に長さ9キロのトンネルを掘る計画で、前述のガスパレット氏は、さらなる地盤沈下を招くと警告している。(c)AFP≫



ヴェネツィア②
 2014年6月19日 ヴェネツィア

 
 ヴェネツィア④
 2014年6月19日 ヴェネツィア

ヴェネツィア③
 2014年6月19日 ヴェネツィア


 サン・マルコの鐘楼( Campanile di San Marco)はヴェネツィアのサン・マルコ広場にあり、市内観光名所の中でも特に有名で、街のシンボルとされています。
 高さは98.6mあり、サン・マルコ寺院の前の角に単独で建っています。下半分はシンプルなレンガ造りになっていて、その上部にアーチ型の鐘架があり中に5つの鐘があります。鐘架の上にはヴェネツィアを象徴する歩行中のライオンと女性の形が象ってあるレンガ造りの壁となっていて、さらのその上がピラミッド型の尖塔となっています。この尖塔の頂上にある金色の像は大天使ガブリエルを模しています。鐘楼は1514年に完成しましたが、1902年に崩壊したため、完成した当時と同じ状態で、1912年に再建されました。
ヴェネツィア・サンマルコの鐘楼①
 2014年6月19日 ヴェネツィア・サンマルコの鐘楼











                 
        

カフェ・ペドロッキ

2014/ 07/ 06
                 
 1831年6月9日、聖人祭の真っ最中に「アントニオ親父」のカフェは開店しました。

 1799年にアントニオが現在の南側の小開廊のところに位置していた父親の小さいカフェを譲り受けたとき、パドヴァには既に「コーヒー屋」が77軒もあったそうです。
18世紀のヨーロッパの流行に従って、粋な上流階級がこれらのカフェの常連様でした。
 
 カフェの主人、アントニオ・ペドロッキは、頭の切れる野心家で、思い立ったことは必ずやり通す質(たち)の人でした。
 建屋を建築した、ジュゼッペ・ヤッペリは柔軟で創造的な知性の持ち主でした。
 この二人の結びつきによって誕生した「カフェ・ペドロッキ」は、かっては24時間開いていたことから「扉のないカフェ」とも呼ばれました。
パドヴァに誕生して以降、大学がすぐ隣にあることも相俟って、アーケード風の造りのこのカフェは、パドヴァ大学「ボ」の学生の溜まり場になりました。

  カフェ・ペドロッキの中に入ると、名高い三つの広間の「緑の間」、「赤の間」、そして、「(美しいアルコープのある酒屋風作りの)白の間」が、イオニア式円柱で仕切られ続いています。
 これらの広間で1848年2月、パドヴァ大学の式典が華々しく行われました。
 (「パドヴァ」:STORTI EDIZION 2001年4月発行を元に文章を組み直しました。)


カフェ・ペドロッキ①  カフェ・ペドロッキ③  カフェ・ペドロッキ⑤
                 
        

イタリアの大学数

2014/ 07/ 05
                 
 パドヴァ大学の学生数は、およそ6万人。《パドヴァ市の人口は、205,631人(2012-01-01)。》
 ボローニャ大学の学生数は、およそ10万人。《ボローニャ市の人口は、371,151人(2012-01-01)。》
 ボローニャ大学は、ヨーロッパ最古の総合大学(世界最古?の総合大学…)で、1088年に創設されたといわれています。
 パドヴァ大学は、イタリアで二番目に古い総合大学で、1221(1222)年9月29日に創設されています。
 パドヴァ大学①

 パドヴァ大学②



 イタリアの人口は5996万人、日本の人口は1億2706万人です。(何れも、2014年4月推計値)

 日本の学校基本調査(2013年12月20日公表)による、大学数は782校(国立86、公立90、私立606校)で、学生数は28,688,872人(国立614,783人、公立146,160人、私立2,107,929人)となっています。

 一方、イタリア(イタリア上院で2010年12月23日に、可決成立した「大学改革のための法案《ジュルミーニ改革》」記載による)の大学数は、100校(国公立大学は66校)ほどとなっていて、(別の統計資料による)大学入学者数は280,144人(2011-2012)、在学者数180万9千人(統計年不詳)、卒業者数27万1千人(統計年不詳)となっています。
 
 日本の大学は私立校が多いのに比べて、イタリアは国公立校の大学数と、国公立校の1校当たりの在籍者数が多いのが特徴的です。
 イタリアは特別なジャンルを除いて、大学入試制度というものはありません。基本的に高校を卒業すると、本人の専攻する学科のある大学に入学することとなりますが、大学卒業にあたっては、厳しい試験の関門が待ち構えていて、卒業するまでに相当の年月がかかるということです。志ならずリタイア組も数多とのことです。
 2001年大学制度改定により、従来5年間の履修期間を必要としていたのが、所謂、3年+2年間という新制度により、3年間の履修を経て試験にパスすれば、卒業という仕組みとなりました。5年でハッピーエンドを迎えると、卒業証書の肩書も違ってきますが、イタリアの大学生はこの10年間で、ほぼ大学1校分の5万人の減少となっています。


パドヴァ大学
 (「パドヴァ -聖人の町-」STORTI EDIZIONI 2001年4月発行)による、パドヴァ大学の創立年月日は、1221年9月29日となっています。)
 1174年3月4日に発生した大火災が河川に囲まれた町の4分の3も焼き尽くし、当時の習慣に従って木製の大瓦で覆われていた2,614の家屋を破壊してしまいます。しかしそのキリスト教信仰のため、既に13世紀前半、聖アントニオに愛された文化の町であったパドヴァは、1221年9月29日、ボローニャの法学博士やその弟子の一団が、名誉ある大学を創設しました。その功績により、パドヴァの名は、つとにヨーロッパ中に知れ渡ることになりました。
 パドヴァ大学⑤ パドヴァ大学⑦


 パドヴァ大学「ボ宮殿」
 パドヴァ大学の中心部は、「ボ宮殿」にありますが、この名称は、1362年以前に創立された、牛〔イタリア語の「ブーエ」がなまって「ボ」になった〕の看板のある宿屋に由来しています。
 1493年までずっと繁盛していたこの宿屋を、同年、パドヴァ学芸委員会が建物を借り受け(後に買い取る)、パドヴァの街中に散在していた各種学科の全てをここに移して唯一の校舎とし、こうして、1501年新校舎の落成により、法学、医学、哲学などの学科が一堂に集まり、新たな学び舎となりました。
パドヴァ大学⑧