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井上靖 詩 夏

2019/ 08/ 05
                 
 夏が好きあの人の声消されゆく夜汽車の汽笛遥かふるさと


 SLやまぐち号 2016年5月
 (「SLやまぐち号」2016年5月.湯田温泉駅.当日、中原中也墓前に参り)



 夏   井上靖

四季で一番好きなのは夏だ。夏の一日で一番好きなのは
昼下がりの一刻(ひととき)――、あの風の死んだ、もの憂い、しん
とした真昼のうしみつ刻だ。

そうした時刻幼いころの私はいつも土蔵の窓際で、祖母と
とうもろこしを食べていた。小学校に通っている頃は毎
日、インキ壺のような谷川の淵に身を躍らせて、その時
刻を過した。学生の頃は、校庭の樹蔭で、書物で顔を覆
って、爽やかな青春の眠りを眠った。

そうしたこの世ならぬ贅沢なすべては遠く去り、今の私
にはもはや土蔵も、谷川の淵も、校庭の樹蔭もない。真
夏の昼下がりの一刻、私は書斎の縁側の籐椅子に倚って、
遠い風景を追い求めている。烈日に燃えた漠地の一画、
遠くに何本かの龍巻の柱が立ち、更にその向うを、静か
に駱駝の隊列が横切っている。

そうした旅への烈しい思いだけが、風の死んだ、もの憂
い、しんとした真昼のうしみつ刻の中に、私を落ち着かせ
る。私を生き生きとさせる。


                 
        

山村暮鳥  雲  あるとき

2016/ 08/ 05
                 


「雲  山村暮鳥」

おうい雲よ
ゆうゆうと
馬鹿にのんきさうぢやないか
どこまでゆくんだ
ずつと磐城平(いはきたひら)の方までゆくんか

(※)所収:現代日本名詩集 大成 3 発行所東京創元新社 昭和40年6月30日 四版

①セミの抜け殻20160805


「あるとき  山村暮鳥」

また蜩(ひぐらし)のなく頃となつた
かな かな
かな かな
どこかに
いい国があるんだ

(※)所収:日本詩人全集 13 発行所株式会社新潮社 昭和43年7月20日発行

②セミの抜け殻20160805


山村暮鳥は、明治17年(1884年)1月10日、群馬県西群馬郡棟高(むなだか)村〈現在高崎市〉に生まれました。
大正2年(1913年)、第一詩集『三人の処女』を、新声社より自費出版。大正4年(1915年)『聖三稜玻璃』(人魚詩社)、大正7年(1918年)『風は草木にささやいた』(白日社)、大正10年(1921年)『梢の巣にて』(洛陽堂)、それぞれの詩集を刊行。大正12年(1923年)、39歳の時に、童話集『鉄の靴』を内外出版社から刊行しています。没後、大正14年(1925年)詩集『雲』がイデア書院より、大正15年(1926年)詩集『月夜の牡丹』(花岡謙二編)が紅玉堂より、相次いで刊行されました。






                 
        

津村信夫「夏草」

2016/ 08/ 02
                 


  夏草  津村信夫

お父さん
燐寸(まつち)をおつけしませうね
そして それを一服お喫(す)ひになつたら
また ゆつくり歩き初めませう
いくらか空気も冷えてきました
――お前たち 若い者は
  かうやつて歩いて行くうち
  どんな事を考へるか
お父さん あなたはさうお訊(き)になつたのですね
お父さん
明るい昼の中でも
私達は夢を持つのです
白い雲が あの誘惑者が
今恰度(ちゃうど)
私達の頭の上を過ぎてゆきます
それから
もつと何かお訊き下さい
そんなふうに優しく
そんなふうに静かに
お父さん お父さん

父を喪(うしな)つてから
私に初めての夏が来ました
草が茂つて
どうかすると
私の姿も隠されてしまひます
私は歩いてゆくのです
かうやつて
あれらの夏の続きを歩いて行くのです
(空気も冷えてきました そしてもう充分夏の外気には言葉がみちてゐます)
私の視界には 畑と丘の間に
ぽつかりと口をあけて
沼が白くにぶく光ってゐました


(※)所収:日本詩人全集 33 昭和詩集(一) 発行所新潮社 昭和44年4月25日発行


 津村信夫(つむらのぶお)は、明治42年(1909年)1月5日、兵庫県神戸市に生まれました。
 昭和9年(1934年)、詩誌『四季』が創刊され、堀辰雄、丸山薫、三好達治、立原道造らと共に参加。同年3月、慶應義塾大学経済学部を卒業しています。
 生前の詩集としては、昭和10年(1935年)、第一詩集『愛する神の歌』(四季社より自費出版)、昭和17年(1942年)『父のゐる庭』(白井書房)、昭和19年(1944年)『ある遍歴から』(湯川弘文堂)を刊行しています。
 没後、『善光寺平』(昭和22年〈1947年〉・国民図書刊行会)、『さらば夏の光よ』(昭和23年〈1948年〉・矢代書店)が、相次いで刊行されました。

                 
        

日傘

2016/ 07/ 31
                 


~ あなたはそんなにパラソルを振る 
  僕にはあんまり眩しいのです 
  あなたはそんなにパラソルを振る ~


さよなら、さよなら!
 いろいろお世話になりました
 いろいろお世話になりました

さよなら、さよなら!
 こんなに良いお天気の日に
 お別れしてゆくのかと思ふとほんとに辛(つら)い
 こんなに良いお天気の日に

さよなら、さよなら!
 僕、午睡(ひるね)の夢から覚(さ)めてみると
 みなさん家を空(あ)けておいでだつた
 あの時を思ひ出します

さよなら、さよなら!
 そして明日(あした)の今頃は
 長の年月見馴(みな)れてる
 故郷の土をば見てゐるのです

さよなら、さよなら!
 あなたはそんなにパラソルを振る
 僕にはあんまり眩(まぶ)しいのです
 あなたはそんなにパラソルを振る

さよなら、さよなら!
さよなら、さよなら!
           》

〈中原中也詩「別離・1」より.日本詩人全集 22 中原中也 新潮社刊:所収〉


日傘②


「日傘 : ひがさ. ひからかさ. 絵日傘. パラソル.」
《 夏日を避けるため専ら女子が用いる。絵日傘は日本在来の、骨も柄も竹製で紙や絹を張った絵や模様のある美しいもの。パラソルは洋日傘で、ビニール張りの色とりどりのものも出ている。(昭和49年4月30日初版発行 平成4年11月30日 34刷発行 合本 俳句歳時記  発行所株式会社角川書店)》

日傘③

  
待ち合はす人に日傘を振りにけり  姉歯義ひろ


さす日傘かたむけ友に陰分かつ  土井木賊


遠会釈日傘の人の名を忘れ  西野和子

日傘①



《日傘文化、日本だけ? 驚く訪日女性客…欧米などは帽子や日焼け止め:産経新聞 7月30日(土)14時31分配信》

 日差しの強い日が続き、若者から年配の女性まで愛用している日傘。だが、大阪ミナミで、アジア、欧米など9カ国の訪日外国人女性に聞くと、「使わない」と答え、ほとんどが一度も使用経験がなかった。大手空調メーカーの外国人へのアンケートでも、驚いたり感心したりした日本の暑さ対策は「日傘をさす」が最多。世界で日本の日傘文化は“特異”なのだろうか。(張英壽)

 「日傘は真夏でもしないですね。どんなにカンカン照りでも…。おばさんが使うもの」

 韓国・ソウルから訪れた女子大学生、閔智援(ミンジウォン)さん(21)はこう答えた。

 訪日外国人でにぎわう道頓堀周辺(大阪市中央区)で、各国の女性たちに日傘をさすかどうか質問した。

 道頓堀のベンチに座っていた中国・上海市の女性(26)も一度も使ったことがなかった。「傘は雨のときだけ」

 ドラッグストアで働いていた中国・四川省出身の陳子●さん(24)も日傘経験はなく、中国での日傘事情について、「日傘をさすのは30代以上」と流暢(りゅうちょう)な日本語で教えてくれた。

 オーストラリアの女性医師(24)は、使ったことがあるかと問うと「ネバー(一度もない)」と答え、日傘をさす習慣について「おかしい」と話した。米国の45歳と50歳の女性も使用経験がなかった。ただ日焼け止めクリームを塗るという回答は多かった。

 タイ・チェンマイから来たホテルオーナーの女性(33)も日傘経験がなく、「白い肌になりたいのはタイでも同じだけど、日本の日傘習慣はちょっと変」と感想を述べた。

 イタリアからハネムーンで来日し、夫と道頓堀を散策していたジャーナリストのモニカ・タリコーネさん(27)は「イタリアでは使わない。みなバケーション(休暇)に行き、白い肌は健康的ではない」。

 日本でも、バブル時代やその前は日焼けが流行。「20代前半の頃、日焼けするのが格好よかった」と振り返った堺市南区の会社員の女性(47)。だが「今はシミがたくさんできて後悔している。10年ほど前から日傘を持つようになった」と打ち明けた。

 空調メーカーのダイキン工業は一昨年、東京在住の外国人100人を対象に「東京の夏の暑さ」をテーマにしたアンケートを実施。「東京の夏の暑さ対策で、感心した・驚いた対策はあるか」と聞いたところ、1位は「日傘をさす」(46%)だった。

 日傘をさす習慣は日本だけなのだろうか。

 洋傘・日傘メーカー大手の「ムーンバット」(本社・京都市)で、長年製品を開発してきた大原孝二さん(70)は「ヨーロッパでは紫外線を遮ることにそれほど関心がない。また紫外線が強いオーストラリアでは帽子が主体。中国や東南アジアでは、日傘という概念自体がなく、日差しが強いときは、雨傘を日傘として使うことがある」と話す。ただし中国の大都市では最近、日傘が販売されるようになったという。

 大原さんによると、日傘はもともと19世紀のフランスで文化として花開いた。フランスの印象派の画家、クロード・モネも、日傘の女性を描いている。現代のヨーロッパではなぜかその習慣が廃れ、日本で定着している。

 日本では和服とともに日傘は愛用されたが、若い女性に人気がなかった。変化が起きたのは、二十数年前にUV(紫外線)用の加工がされた日傘が市場に出てからだ。それまでUVカット率は50%程度だったが、UV加工の日傘は80~90%台のカットが可能になった。若い女性もさすようになり、若者から年配まで日傘をさす習慣が広がった。

 大原さんの説明では、日傘をさす習慣は日本独特ということになる。大原さんは「日傘文化は日本しかない」と断言した。

●=木へんに貞



                 
        

夏の花 ヒマワリ

2015/ 07/ 30
                 
 夏の季語、向日葵。


 向日葵を陽より大きく描く子かな  姉歯義ひろ

 向日葵の花向かい逢いにしひがし  木村宏一



 昨年は、あちこちの向日葵畑を見に行きました。
 大きな大きな畑の中の向日葵の群落も、それはそれは見事でした。

 ポツネンと一つ、輝いて咲いてる荒川の向日葵もとても印象に残っています。

 今年は、ヒマワリをおっかけて、どこぞへ行こうという気持ちは、今のところわいていません。


向日葵 荒川 2014年8月7日①
 向日葵一輪 2014年8月7日 荒川



ハグロトンボ 荒川 2014年8月7日 ②
 ハグロトンボ 2014年8月7日 荒川