FC2ブログ
        

早坂曉 空海 一番高い買い物でした!

2020/ 07/ 07
                 

 空海は経年ヨゴレ初版本定価六倍シナリオ本とは

 空海


 小説ではなかった『空海』。
 東映映画『空海』は、1984年(昭和59年)4月14日に公開されました。
 空海は北大路欣也、最澄は加藤剛。
 スクリーンに映し出される顔ぶれは、小川真由美、西村晃、滝田裕介、中村嘉葎雄、西郷輝彦、室田日出男、丹波哲郎、森繫久彌等々。懐かしい方々のお名前も。


                 
        

文豪たちの口説き本 10章それぞれに

2020/ 07/ 04
                 

 口説かれる女心に文句ある

 躊躇わず口説き文句の一つや二つ


 文豪たちの口説き本


 遥かな尾瀬。
 小学六年生か中学一年生の頃だったかと思います。
 三鷹の叔母が、尾瀬に行きたいというので、父が手配した施設に何日かの泊りがけで家族一緒に出かけました。
 バスを降りてからは、上り道が延々と続きます。一行の歩く速度がだんだんと遅くなっていきます。そんなメンバーをかまわず後ろに残し、私は一人どんどん先に進みました。
 見晴らしの良いところに出ました。
 眼下の眺望に圧倒された私は思わず両手を口に当てて、叫んでいたのです。
 女心と秋の空!
 不意に私の背後から声がかかりました。
 男心と秋の空! だよね! と、娘さんと思われる女の子を見やりながらの女性の姿がそこにありました。
 お母さんも、そして私と同い年くらいと思われた娘さんもニコニコ笑っていたのを、今でも鮮明に思い出すことができます。



 『文豪たちの口説き本
  〈2020年7月22日第1刷.編者:彩図社文芸部.発行所:株式会社彩図社〉

 10章からなる口説き本です。
 太宰治の章、
 中原中也の章、
 芥川龍之介の章、
 萩原朔太郎の章、
 石川啄木の章、
 斎藤茂吉の章、
 梶井基次郎、
 中島敦の章、
 国木田独歩の章、
 そして、
 谷崎潤一郎の章。

 小説家は、太宰と芥川と梶井基次郎、中島敦と国木田独歩と、それに谷崎の六人。
 詩人が、中也と朔太郎と啄木の三人。
 家人は斎藤茂吉の一人。
 そういえば、茂吉は北杜夫の父君でしたね。

 ここに名前の挙がっている文豪諸氏は、一時代前の皆さんです。
 現在活躍されている人気作家の口説き文句あれこれを紐解いてくださる方の出現を待ちわびています。


                 
        

早坂曉 花へんろ 風の巻

2020/ 07/ 01
                 

 1円と送料別で初版本早坂曉花へんろ


 美麗、迅速。いうことなしの『花へんろ 風の巻』。
 早坂曉著作の中古本13冊を注文して、イの一番に届いたのがこの初版本でした。

 2-1 花へんろ 風の巻.j

 花へんろの題字は、本人によるものです。


                 
        

遠藤周作 『影に対して』 三田文学夏季号に掲載

2020/ 06/ 30
                 

 フーガ対位母なるものに何求む愛(アガペー)の影に自らを刻む

 死海のほとり.j


 『沈黙』と『深い河』の二冊が、生前の本人の遺言で棺に入れられています。
 遠藤周作死後のひところ、『死海のほとり』が何故に彼をして棺の中にという遺言がなされなかったのかというテーマアップされた文章が散見されていました。
先日、その文庫本が勉強部屋の棚に置いてあるのを見つけました。家人が数々読んだ本の中の一冊です。
 氏の未発表作品『影に対して』が、次に発刊される「三田文学」に掲載される予定ということが判りましたので、その前に読み通すことにしました。

 未発表作品は、遠藤文学の最大のテーマである「母」について、早い時期に向き合って書かれた自伝的小説だとのことです。
 宗教的な、キリスト教的な要素は入っていないような小説であるように〈今のところ〉思っています。

  遠藤文学のキリスト教感の底辺に潜んでいるであろうと思われる「父性原理」から「母性原理」へと辿っていく心の変遷が、『沈黙』から『死海のほとり』へと落とし込まれていく経過した時間の中に、フーガのように対位的に捉えたものが浮かび上がってくるのとはおのずから異なるのではありますが、氏の心の襞の一端を伺い知ることとなるのではないかなどと想像を膨らましているところです。

遠藤周作の愛〈アガペー〉の発見の旅、言い換えれば、〈p352〉人間の苦悩と痛みと弱さとを、そのままゆるし包みこんでくれると、解説に曰く、すぐれて「母なるもの」のやさしさを示していることと、母をテーマにした自伝的な小説とが、どこかでリンクしていくのか、はてまたメビウスの輪のように解くことに命題をおかない物語となっているのか、7月10日発売予定の三田文学夏季号が待ち遠しい限りです。


                 
        

影をなくした男 影なき男

2020/ 06/ 24
                 

 影なきは曇天のもと日々疎し

 影踏みに遊び戯れ日は落ちて


 2影なき男 - コ


段ボール箱の中に入っていたのは『影なき男』〈ダシール・ハメット著.小鷹信光訳.ハヤカワ文庫.〉でした。

 ブック・オフに出した38冊が1,000円丁度でしたので、使い道をあれこれ考えました。
 アマゾンで検索した『影をなくした男』。〈アーデルベルト・フォン・シャミッソー著.池内紀訳.岩波文庫.〉は、送料込みで572円でしたので、これにあてがうことにしました。

  1 影をなくした男 -


 シャミッソーは『影をなくした男』の物語が世に出た当時、「影とは何ですか?」と、多くの読者から問われたそうです。
 1834年に発行された時のこの物語のタイトルは『ペーター・シュレミール』でしたが、その第三版の序詩の中に、彼はわざわざこう書いていました。
 ・・・
 ぼくは生まれついての影をもっている
 自分の影をなくしたりはしなかった
 ・・・