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 奉祝 天皇陛下御即位三十年記念  十七神社の御朱印拝受

2018/ 11/ 11
                 

   ~企画・埼玉県神社庁 入間西支部~
  天皇陛下御即位三十年記念 神社めぐり

 《平成31年1月7日、今上陛下には御即位三十年をお迎えになります。
 この慶事を前に埼玉県神社庁入間西支部では「奉祝 天皇陛下御即位 三十年神社めぐり」を企画いたしました。
 参加神社は十七社、それぞれのご社頭で皇室の弥栄、国の発展、世界の平和をお祈りください。
 御参拝いただきましたら、是非御朱印をお受けください。
 この時だからこそ、お受けいただける特別な印を準備いたしました。
 天皇陛下御即位三十年を共にお祝いいたしましょう。
 〇実施期間:平成30年7月22日~11月30日
 〇ご参加の方は、このパンフレットをご持参ください。
  初穂料はそれぞれの御社にお納めください。
 〇御朱印はすべて紙で準備させていただきます。
 〇社務の都合により御朱印をお受けいただけないこともございます。 予めご確認の上、ご参拝ください。
 〇十二社で御朱印を受けた方に記念品をお渡しします。》


神社巡りその1 -高麗神社御朱印 20180731-1-3霞野神社 天皇陛下御即位三十年記念御朱印 梅宮神社 八幡神社 

中新田 愛宕神社 御朱印_八幡神社 その1御朱印 神明社

神社めぐり -熊野神社御朱印そ中氷川神社御朱印 北野天神社

糀谷八幡神社 御朱印御朱印 出雲祝神社 

愛宕神社 御朱印諏訪八幡神社14 下名栗諏訪神社 御朱印

上名栗 星宮神社 -我野神社 御朱印秩父御嶽神社 御朱印



      1-1 天皇陛下御即位三十年記念 17社 11月3日 -











                 
        

17社めぐり 埼玉県神社庁入間西支部『奉祝 天皇陛下御即位三十年』 高麗神社から霞野神社まで

2018/ 11/ 10
                 
 
 埼玉県の日高市、入間市、飯能市、狭山市、所沢市の各地に鎮座する神社めぐり。
 7月31日の高麗神社にはじまって、11月3日の霞野神社まで、十七のお社めぐりができました。

1-1 天皇陛下御即位三十年記念 17社 11月3日 -



 (7月31日に始まった神社めぐり、8月5日の秩父御嶽神社で十二社めぐりの最初の記念品拝受に続き、11月3日は、高麗神社再拝と、霞野神社初拝で再度の十二神社めぐりとなりましたので、二つ目の記念品拝受となっています。)


11-1奉祝 天皇陛下御即位三十年 記念手ぬぐい


 宮司の方々を始めとして、社務所の方、地域の皆さんと直接お話しする機会に恵まれました。
 御由緒に記された一つひとつの神社の歴史に、思いを馳せることとなりました。
日本における「神」とは何ぞや、日本列島にあまねく鎮座する8万神社のそれぞれの「神社」と地域との結びつきの縁とは・・・果てしなく空の彼方に、やまとはくにのまほろば・・・の悠久の歴史(とき)を垣間見る思いがしました。


11ありがとう 1


 〈今から113年前の埼玉県の神社数は7,380社、90年前の神社数は2,316社、そして埼玉県神社庁のホームページに載っている現在の神社数は、1998社です。
 8地域(児玉114社、大里206社、北埼玉228社、埼葛533社、北足立297社、入間321社、比企196社、秩父103社)、73市町村に祀られています。〉


11-2奉祝 天皇陛下御即位三十年 神社庁入間西支部

  
 「御朱印拝受年月日」 
  ※後日御朱印掲載致します。

◇高麗(こま)神社 2018年7月31日 
◇高麗(こま)神社 2018年11月3日 
◇霞野(かすみの)神社 2018年11月3日 
◇梅宮(うめのみや)神社 2018年7月31日 
◇梅宮(うめのみや)神社 2018年9月30日 


11-3奉祝 天皇陛下御即位三十年 神社庁入間西支部



◇中新田 愛宕(なかしんでん あたご)神社 2018年10月14日 
◇入間川総鎮守 八幡(はちまん)神社 2018年10月2日 
◇所澤神明社(ところざわしんめいしゃ) 2018年7月31日
◇所澤神明社(ところざわしんめいしゃ) 2018年10月2日 
◇熊野(くまの)神社 2018年7月31日 
◇熊野(くまの)神社 2018年10月2日 
◇中氷川(なかひかわ)神社 2018年10月2日 
◇北野天神社(きたのてんじんしゃ) 2018年8月1日 


11-4奉祝 天皇陛下御即位三十年 神社庁入間西支部


◇糀谷八幡(こうじやはちまん)神社 2018年8月1日 
◇出雲祝(いずもいわい)神社 2018年8月1日  
◇愛宕(あたご)神社 2018年8月5日 
◇諏訪八幡(すわはちまん)神社 2018年8月5日 


11-5奉祝 天皇陛下御即位三十年 神社庁入間西支部


◇下名栗諏訪(しもなぐりすわ)神社 2018年8月25日 
◇下名栗諏訪(しもなぐりすわ)神社 2018年8月26日 
◇星宮(ほしのみや)神社 2018年9月30日 
◇我野(あがの)神社 2018年8月5日 
◇秩父御嶽(ちちぶおんたけ)神社 2018年8月5日 


 


                 
        

天皇陛下御即位三十年記念 神社めぐり 霞野神社 晴れて十七社をめぐりました。

2018/ 11/ 03
                 

 2018年11月3日(土曜・祝日)。
 霞野神社参拝。
 御朱印拝受。

 1-3霞野神社 天皇陛下御即位三十年記念


 晴れて十七社めぐりとなりました。

 1-1 天皇陛下御即位三十年記念 17社



 そして、二度目の十二社めぐりともなりました。

 1-2天皇陛下御即位三十年記念 12社


 記念品は二つとなりました。

 天皇陛下御即位三十年記念  高麗神社 12社記念品




 霞野神社は、地元では「おすわさま」とも呼ばれているそうです。

 社記によると、当社は、承久3年(1221年)5月10日に信濃国諏訪頼重の家臣春日形部昌幸が宇治川の出陣に当たり、この地に来て、守り神である諏訪明神に武運長久を祈って兜の八幡座を祀り、武門の神として社(やしろ)を建立したことに始まり、その後、領主逸見光之丞が武運長久を祈り毎年供米一俵ずつ奉納した旨が記されている。
 『風土記稿』には「諏訪社 村内の鎮守とす、例祭七月廿七日、常光寺の持なり」とある。
 神仏分離により別当の天台宗常光寺住職貫如は復飾して松浦頼清と名乗り、神職となる。明治五年、旧来の産土神(うぶすなのかみ)であることから村社となり、同四三年に地内の神社一二社を合祀、社号を霞野神社に改めた。霞野の名は、神社前面に広がる水田を霞野郷と称することによる。
 主祭神は建御名方命(たけみなかたのみこと)である。内陣には、厨子内に岩山を模した神座を設けて銅製の神像(高さ2.1センチメートル)を祀るが、この神像は、普段は神職家で保管し、祭の時だけ本殿に安置している。
 と、『埼玉の神社』(埼玉県神社庁発行)で、記しています。

主祭神 建御名方命(たけみなかたのみこと)
御神徳 家内安全・他
ご神紋  特に定めていませんが、三つ巴を用いています。とのことでした。
       (後ほど、写真アップします。)

鎮座地 埼玉県日高市女影(おなかげ)444


※ 〈メモ:昭和37年(1962年)から中断している獅子舞は、毎年4月15日の春祭りに奉納されていたとのことです。〉



                 
        

 御朱印帳に貼った御朱印を剥がすことができました ノリの剥がし方・・・

2018/ 10/ 18
                 

  『奉祝 天皇陛下御即位三十年』の神社めぐりの都度、御朱印を一つの御朱印帳に貼っていました。
  御神体の御朱印を拝受できる神社もありましたので、ついつい両方の御朱印を同じ御朱印帳に用いてしまっていたのですが・・・

 やはり、「天皇陛下御即位三十年」の御朱印と「御神体」の御朱印は、別々の御朱印帳に区分けしておくべきだったと遅ればせながら思い・・・
 一度貼った御朱印を、どうやって剥がそうか・・・と、あれこれ思案しました。
 ・・・紙(御朱印帳)と紙(御朱印)は糊で貼ってあります。
・・・ ネットであれこれ検索したところ、2~3時間冷凍してから剥がすと、綺麗に剥がれるという記事が目に留まりました。
・・・ 早速トライしてみたところ、見事に剥がれたのです。

 御朱印帳は5冊ありますので、カテゴリ別に使うことにしました。


                 
        

天皇陛下御即位三十年記念 神社めぐり 中新田 愛宕神社

2018/ 10/ 16
                 

 平成30年10月14日の日曜日、二つの愛宕神社めぐりをしてきました。
 中新田 愛宕神社は、10月4日(10:00~15:00)のみ御朱印受付となっています。

  中新田 愛宕神社 御朱印



 人の動きは途絶えることがありませんでした。
 臨時の駐車場も含め、車の出入りがとても多かったのが強く印象に残りました。
 
・主祭神:
  迦具土命〈加具突知命(かぐつちのみこと・火の神)〉
  素戔嗚尊(すさのおのみこと・武勇の神)
  勝軍地蔵(しょうぐんじぞう・軍の神)   
・御神徳:開運厄除・他
・ご神紋:三つ巴.

 4-2中新田愛宕神社 ご神紋



・鎮座地:埼玉県狭山市中新田145
 

 4-3 中新田愛宕神社



  (中新田)「愛宕神社 社殿 新築記念碑」


  当社愛宕神社は、その創建については不詳である。
 中新田の開拓は、慶長年間(西暦1650年頃)に始まるが、おそらくはその後、この土地の住民の守護神として、京都の愛宕神社を勧請し祭祀したものと思われる。
 天明年間(1781年4月2日‐1789年1月25日)の古文書には、既に大日堂(現在の集会所)と愛宕神社の記載がある。
 祭神は、加具突知命(カグツチノミコト・火の神)、素戔嗚尊(スサノオノミコト・武勇の神)、 勝軍地蔵(ショウグンジゾウ・軍の神)の三神を祀る。
 以来、永く当地の住民及び近隣の人々の篤い崇敬をあつめて来たが、社殿の老朽甚だしくなるに及び、氏子並びに信者の篤志を集め、茲に社殿とその付属するものを再建した。
  平成四年四月二十四日
 愛宕神社例大祭の日にその竣工を祝い、之を誌す。
                 氏子中

 
 埼玉県神社庁発行の、『埼玉の神社 入間・北埼玉・秩父』による、「中新田愛宕神社」(406ページ]の「歴史」に、
 《 当地は、『風土記稿』には、「堀金・今福二村の中間に有て最後年に新墾せし処なれば、中新田の名は起りしと云」とある。
 本市域一帯の村々の開発は天正18年(1590年)7月小田原北条氏が滅び、同年8月徳川家康の関東移封以後に始まり、寛永16年(1639年)松平信綱が川越城主となり新田開発を奨励して村高は急増を見る。堀兼・今福も共に承応年間(1652年9月18日‐1655年4月13日)に開墾された所で、その後の『元禄郷帳』に堀兼・中新田の二カ村が載ることから、承応から元禄年間にかけて当所は一村をなしたと考えられ、当社の創立も開拓にかかわるものと推測される。
 当社は、往時から村の鎮守として、中新田中央の高知に鎮まっていたが、・・・》
 と、記しています。