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水シリーズ・元荒川の堰 宮地堰から安養寺堰へバトンタッチ

2019/ 10/ 09
                 
 命水堰あればこそ流れ分け


 20-1-2 安養寺堰・西裏用水取入樋管
  (安養寺堰・西裏用水取入樋管)

  20-4安養寺堰管理所
   (「安養寺堰」:鴻巣市安養寺250-4付近.左記住所より元荒川沿いのほんのちょっと上流の「安養寺堰管理所」に駐車場が有ります。)



 宮地堰は、平成8年度(1996年度)事業から着工し、平成23年度(2011年度)に完成をみた安養寺堰(関係する水路〈西裏用水、新谷田用水、屈巣用水〉などの改修工事含む)により、その用を終えました。

 20-3安養寺堰水流


 鴻巣市史(資料編5.近・現代)によると、宮地堰は、慶長5年(1600年)頃に造られた草堰が起源となっているようですが、本来的な機能を有する堰となったのは、明治8年(1875年)です。

 20-2安養寺堰滝.


また赤煉瓦造りの堰としては、宮地堰は、明治34年(1901年)に完成しました。鴻巣を流れる元荒川の榎戸堰(明治36年)、三ツ木堰(明治35年)、そして笠原堰(明治35年)よりも一番早く造られています。

 20-7安養寺堰橋影



                 
        

水シリーズ・元荒川の堰 三ツ木堰

2019/ 10/ 07
                 
 人影も魚影も見えぬ堰溜り

 3-1-1三ツ木堰水門

 3-4三ツ木堰橋


 あるデーターに、三ツ木堰の現在の水位が時間系列で表示されています。
 その数字をみますと大体15m弱ぐらいの水位を示しています。
 「水位」と「水深」は同じなのでしょうか。同じだとすると随分と深いなあと思った三ツ木堰の魚釣り場です。

 3-2三ツ木堰溜り


 三ツ木堰は、明治35年(1902年)に赤レンガの堰に造り替えられました。
 煉瓦の堰(「三ツ木堰」、「愛の橋堰」)は昭和13年(1938年)に改修造成して引き続き使用されてきましたが、老朽化や川床の洗掘が進んだことにより、新たな堰を設けることとなりました。

 3-3三ツ木堰流れ


現在の三ツ木堰は、埼玉県大宮土地改良事務所を発注者として、平成7年(1995年)度~平成10年(1998年)度の事業により完成の運びとなりました。

 3-6三ツ木堰水鳥.


 (「三ツ木堰」:鴻巣市三ツ木26-1付近)


                 
        

水シリーズ・元荒川の堰 榎戸堰

2019/ 10/ 05
                 
 
 赤レンガ恋し求める堰の路

 30-1-1榎戸堰赤煉瓦


 榎戸堰は、元荒川の一番堰です。

 30-2榎戸堰水門 -

 30-7元荒川表示

 30-6新宿橋表示


 
 堰の所見は延宝2年(1674年)まで遡るといわれていますが、

 30-4中山道榎戸宿

木製の堰は、明治36年(1903年)に煉瓦造りに改築されました。
 現在も堰の護岸の一部に煉瓦が使用されています。

 30-1-2榎戸堰赤煉瓦

 (「榎戸堰公園」鴻巣市榎戸2-6-23付近)


 
「第6回 埼玉県の煉瓦水門 ~ レンガ造りの樋門・樋管、堰、伏越、掛樋 改訂52版:2008/10/01」には、
~煉瓦を使った樋門・樋管等(河川構造物)は、明治中期から昭和初期にかけての約40年間に、関東地方を中心に建設され、埼玉県には250基以上(関東全体の約85%)が作られました。
 2002年4月現在、埼玉県では87基(一部残存と東京都に建設の1基を含む)が確認でき、現存数は圧倒的に日本一です・・・~
との記載があります。

 30-1-5 -  赤レンガ痕跡2

 その埼玉県の堰の中で、甚左衛門堰〈※:註〉が、今から丁度20年前の平成11年(1999年)に、唯一、埼玉県指定有形文化財建造物に認定されています。
 〈※:註:甚左衛門堰/草加市神明2-5-145-1他.札場河岸公園内〉

 30-1-4 - 赤レンガ痕跡その1


 草加市の公式サイトでは、
~明治27年(1894年)に3ヶ月かけて現在の煉瓦造りの甚左衛門堰が完成しました。完成後は、昭和58年(1983年)まで、約90年間にわたり使用されました。
 甚左衛門堰には、横黒煉瓦(よこくろれんが)という種類の煉瓦が3万2500個使用され、「オランダ積」あるいは「イギリス積」と呼ばれる技法を用いています。
 甚左衛門堰は、古いタイプの横黒煉瓦を使用していますが、建設年代から見てもこの種の煉瓦を使った最後期を代表する遺構です。また、デザインが美しいだけでなく、保存状態も極めて良く、農業土木技術史・窯業技術史上、貴重な建造物です。~
と、紹介されています。


 
                 
        

水シリーズ 上星川と見沼代用水の合流

2019/ 10/ 03
                 
 合流しまた別れる星川の水の流れの原点何処


 3-1見沼代用水水路と星川の合流1


利根大堰(行田市須賀字船川4369付近)から端を発した見沼代用水は、2.3㎞ほど下流の見沼公園(行田市大字荒木4949-2)付近で、起点(熊谷市上川上8-26-1近辺)から7㎞ほど下った上星川を迎え入れます。

 3-2見沼代用水水面

 3-4見沼代用水表示板

 3-3荒木橋 -



 星川は延長34Km、流域面積45K㎡の中川水系の一級河川です。
 見沼代用水と合流してからは流路を南東へ変え、流れ下っていきます。
 その後、見沼代用水と分かれてから、最後は元荒川の左岸へ合流し、星川の名前が終ります。


 3-5見沼公園
 (「見沼公園」.駐車場・トイレ有り.)


                 
        

水シリーズ 犀川と高瀬川の合流

2019/ 10/ 02
                 
 川三つ犀川高瀬梓川流れ一つを安曇野に見る


 2-1高瀬側と犀川の合流近く


 高瀬側が犀川に合流し、更にそのちょっと先で梓川と結びつき、ずっと川が流れる先の川中島で犀川は千曲川と一緒になり、信濃川となって日本海にそそぎます。


 2-1-1犀川と高瀬川の合流
  (手前が「犀川」、奥が「高瀬川」)


 この日は、ついうっかりと梓川が記憶の隅に隠れ、高瀬川と犀川との合流地点だけにスポットライトをあてていました。

 2-6犀川の水面1

 2-6-2犀川の水面

 
 2-7-3 安曇野犀川高瀬川