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洋酒マメ天国 わが盃の酒飲み作法 13

2012/ 08/ 03
                 
洋酒マメ天国 わが盃の酒飲み作法 13

19ページの最後の2行に、わが師佐藤春夫が、学生時代をうたった歌に、とありますが、柴田錬三郎の文学の師が春夫とは思えません。お酒の上での師匠と解釈しましたが。
第2章 紳士の酒について
礼節の酒がサロンを生みサロンが芸術を生んだ
・・・しかし酒で忘れてならないもう一つの効用がある。それは酒がなければ、サロンというものが存在しないということだ。お茶とお菓子で社交を存在させる……こんな芸当を誰ができるか。・・・
・・・ それにつけても、最近日本では、さかんに音楽会というのがあって、ヨーロッパやアメリカの一流の指揮者や楽団がきて聞かせてくれる。演奏会場はいつも満員だが、その客席に座っているのは全部素面でしょう。これ、ほんとうはおかしいんだ。ある程度アルコールが入っていなきゃいけないんだ。ほろ酔になってそれから聞かなきゃいけないのが音楽だという気がする。とくにワグナーなんかを聞いていると、あの凄まじさは、聴衆がアルコールをいれることを前提にした音楽だな。ベートーベンの「運命」だってそうなんで、あれを素面で聞くのはおかしい。素面で、大真面目でしかめっつらして聞く伝統(?)を持つ日本の演奏会場を、地下の楽聖たちは苦笑しとるかもしれん。それはともかく芸術というものは……そういうムードの中の所産なのはたしかだ。
 だから春秋の筆法でいけば、まずはじめに酒があり、詩があり、文学ができたことになる。
 わが師佐藤春夫が、学生時代をうたった歌に、…と文章が続きますので、やはりお酒の師匠ということですね。

第4章 人間にかえれ
酔ってさらけだすものが本性なのだ
「上戸本性」という言葉があるが、泥酔して眠ってしまった時は論外だが、本性は最後までもっているものじゃないかという気がする。平生無口な人が酒を飲むと、急に怒りっぽくなってみたり、ケタケタ笑ったりいろんな癖が出るけれど、これはその人のもっている本性だと思えばいいんだ。自分が飲んだ時にさらけ出したものが本性なんだな。まわりの人もそう思えばいいし、「お前はひどく怒った」とか、「泣いていた」とか、「笑った」とかいわれたら、これがおれの本性だと思えばいい。

洋酒マメ天国第13巻     発行所サントリー株式会社
著者柴田錬三郎        昭和42年7月30日発行
洋酒マメ天国第13巻わが盃の酒飲み作法
❀カット:六浦光雄
❀マンガ:柳原良平