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さきたま緑道 彫刻プロムナード 5

2013/ 03/ 31
                 
さきたま緑道 彫刻プロムナード 5

 肌寒い日々が続きます。
 夜半に雨も降りました。
 さきたま緑道の延々と続く桜並木は、満開の状態がずっと続いています。
 これだけ寒暖の差が激しいと、体調にも影響します。
 養生第一という言葉もあります。
 ご自愛ください。


時計台の合唱 -6-
時計虫の合唱 6
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人間は、昔から太陽との深い関わりの中で生活してきました。太陽との位置と、その光によってできる影の長さや角度により、おおよその時刻を知り生活のリズムをつくりあげてきたのです。
 古代から未来へ、どんなに文明が発達しようと、人間の営みと太陽との関わりは切り離すことはできません。この作品では、影を吸収することで時を食べてしまうような虫たちを想定し、未来へ向かって永遠に歌い続ける様子を制作してみました。
 笠原幸生 (秋田県)


もう、プチサクランボの実がつきはじめました
プチサクランボの実



ニュウ -7-
ニュウ -7-
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 北八ヶ岳に「ニュウ」という、何ということのない、一つの岩峰があります。特に意味を持つこともなく、さきたまのシンボルとして、ただ立っている「ニュウ」という作品が、そこにあります。
 丸山富之 (東京都)

マーガレット
マーガレット




                 
        

さきたま緑道 彫刻プロムナード 4

2013/ 03/ 30
                 
さきたま緑道 彫刻プロムナード 4

 50人の彫刻家の作品が、(国道17号線の歩道橋から、)さきたま古墳公園までの遊歩道(自転車道路も整備されています)、4.1kmにわたって点在しています。
 四季折々、様々な風情を楽しむことができます。
(JR高崎線北鴻巣駅東口からでは、4.5kmの道のりとなります。)

さきたま緑道案内図

プロムナード彫刻 作家50人


【春のプロムナード】


太陽との語らい  -3-

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太陽との語らい -3-
大津文昭 (徳島県)

白椿
白椿


紀元  -4-
紀元 -4-

紀元 4 -2-
 自然物である石と、形というものの時間的な融合。また、その接点を、自然体の石の分割から人間への形態への移行という形にし、最も根源的な、形の持つプリミチブな部分というものを表現したいと思いました
 佐々木至 (東京都)

カイドウ
カイドウ


からみ合う二つの立体  -5-
からみ合う二つの立体 -5-

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 離れて見ると鋭い直線で空を押し拡げている鉄の塊が目に入ります。
 形は、あたかも巨人の子供が遊ぶ積み木かパズルのようです。
 そして、運が良ければ黒いシルエットの中に、太陽の輝きを見ることもできるでしょう。
 近づいて見ると、今にも押し潰されそうな四角い風景が目に映り、鉄の塊の中にはいり込んでしまったような錯覚を受けます。
 遠藤春彦 (埼玉県)

キウイフルーツの新芽
キウイフルーツの新芽








                 
        

ひな人形と花のまち こうのす

2013/ 03/ 29
                 
北鴻巣駅東口 ひな人形と花のまち こうのす




 北鴻巣駅前公園バザール
 
 昨日に続いて、今日も。二日続けて買い出ししたのは初めてです。
 昨日に続いて、「山徳」へ。今日は、甘栗がお目当て。
 今日初めてが、「ヨコミゾフーズ」のシイタケ入肉しゅうまい。

❀補足です&蛇足です: 今回もお買い物で頂いた抽選券でしたが、抽選の結果、全て参加賞でした。


山徳④ 山徳⑤

山徳⑥


ヨコミゾフーズ ④ ヨコミゾフーズ ⑤

花吉 ④


 ひな人形と花のまち こうのす

「花吉」。限られたスペースの中に、50種類以上の花を所狭しと並べています。
 よそでは考えられないとてもリーズナブルな価格設定となる「こうのすパーキングばざーる」です。
ヨコミゾフーズ ⑦

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花吉 457
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花吉 471

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花吉 474花吉 475花吉 488



                 
        

さきたま緑道彫刻プロムナード3

2013/ 03/ 27
                 
さきたま緑道 彫刻プロムナード 3



サクラの花の蜜を吸うヒヨドリ
さきたま緑道の桜並木のソメイヨシノも咲き始めました。
早速、野鳥(ヒヨドリ)が、花の蜜を吸いにやってきました。
(2013年3月19日)


森の精 -2-
森の精 2森の精 3

森の精 5森の精 4
「長い一日の眠りからめざめた森から、小鳥達のコーラスが始まり、森の妖精がにこやかに語りかけ飛び回る。
古の武蔵野のおもかげに捧げる。」
 こんな気持ちで制作しました。
 藤巻秀正 (新潟県)


むさしの緑道のツグミ むさしの緑道のキジバト
❀さきたま緑道のツグミとキジバト
ツグミ
キジバト


                 
        

洋酒マメ天国 31

2013/ 03/ 26
                 
洋酒マメ天国 31 酒専科・女専科


 マルティン・ルターの言うことにゃ
 酒と女と歌を愛さぬものは
 一生の間ばかのまま
 しかもぼくらはばかでない。
 (カール・ミュヒラー) 

 第3章 とかくおんなは より
「デート資金もこれまで。もう結婚するより手がないよ」

第1章 酒こそわが生命
第2章 バーこそわが生命
第3章 とかくおんなは
第4章 とかく女房は
第5章 酒あれば世は楽し
第6章 酒あれば夜は楽し


洋酒マメ天国第31巻     昭和44年4月30日発行
編修者株式会社サン・アド   発行所サントリー株式会社


洋酒マメ天国 31


❀タテ84㎜、ヨコ66㎜ 厚紙・・・
お詫び
 本日、洋酒マメ天国第7巻配本(7巻・19巻・31巻)
をお届けいたします。弊社の編集並びに印刷・製本など
の事情により発行日が遅延し、ご愛読の皆様には大変に
ご迷惑をおかけいたしましたことゝ存じます。謹んでお
詫び申し上げます。
 なお、今後の配本予定は次の通りとなりますので何卒
ご了承賜りますようお願いいたします。
 第 8回配本 44年10月初旬
 第 9回配本 44年12月初旬
 第10回配本 45年2月
 第11回配本 45年5月
 第12回配本 45年8月

  東京都中央区日本橋通り1-4 栄太楼ビル内
   サントリー株式会社
   東京支社宣伝部内・洋酒マメ天国係
                 
        

東歌

2013/ 03/ 25
                 
東国十二国

3380 
埼玉(さきたま)の 津に居(を)る船の 風を疾(いた)み
 綱は絶ゆとも 言(こと)な絶えそね

[意] 埼玉の船着き場につないだ船の綱がたとえ強い風に負けてほどけてしまっても、二人の間の便りは絶えはしないよ。 
 

 万葉集巻十四に納められた歌二百三十余首は、東国十二国を詠んだものとして、「東歌」として今日伝えられています。
 東国とは、遠江・駿河・伊豆(静岡)、相模(神奈川の一部)、武蔵、上総・下総(千葉)、常陸(茨城)、信濃(長野)、上野(群馬)、下野(栃木)、陸奥(福島)の十二の国をさしています。
 東京、埼玉、千葉、神奈川の一部が、武蔵国です。あちこちに、武蔵国分寺の名が今に残っています。

 上記、埼玉の・・・で始まる歌碑は、行田市に建てられています。
 その行田には、万葉集巻九でおさめられている次の一首も歌碑に刻まれています。

1744 
武蔵の小崎の沼の鴨を見て作る一首
埼玉(さきたま)の 小崎(おざき)の沼に 鴨そ翼(はね)きる
 己(おの)が尾に降(ふ)り置ける 霜を払(はら)ふとにあらし

[意] 埼玉の小崎の沼に鴨が尾をふるわせている。自分の尾に降りそそいだ霜を羽をふるわせて払おうとしている。




風のと(音)  

万葉集巻十四 3453
風の音(と)の 遠(とほ)き我妹(わぎも)が着せし衣(きぬ)  
 手本(たもと)のくだり まよひ来(き)にけり


[意] 遠い郷里に残した妻が、最後に着せてくれた衣の袂のほうが、だんだんとほつれてきてしまっている。

❀ 「風の音」は遠きにかかる枕詞なので、「風の音」を意味する解釈はとらない。
❀ (妻と遠く離れてからどれくらいの歳月が経ったというのだろうか・・・) 




❀通し番号について
・国歌大観は、和歌の集大成であり、1901年から1903年にかけて刊行。通し番号をつけて編纂。
・新編国歌大観は、1983年から1992年にかけて、角川書店から刊行。
・万葉集について、国歌大観は4536首、新編国歌大観は、4首の漢詩にも通し番号をつけたため、4540首となり、万葉集巻三以降、番号が異なることとなる。
・通常ことわり書きがない場合は、国歌大観の通し番号がつけられる。
❀追記
 万葉集は、日本最古の歌集。全20巻。
 巻一から巻十六までは、西暦744年(天平16)頃までに、巻十七以降は、西暦759年(天平宝字3)頃までのものとされています。
 7世紀に柿本人麻呂らが集めた歌(集)を底本に、8世紀に大伴家持が個人的な歌(集)も加えてとり纏めたもの。というような説明が、一般的な記述になっているようです。
                 
        

さきたま緑道  彫刻プロムナード

2013/ 03/ 24
                 
滝馬室の春

 3月19日。 
 荒川の広い河川敷です。
 ほど良い陽の光です。
 ほど良い風が頬を撫でます。
 キジが鳴いています。
 ウグイスが鳴いています。
 あの鳴き声はシジュウカラです。
 メジロがさえずっています。
 この時期にも、ヒバリは近く遠く鳴き続けます。
 みんな声だけです。
 姿はみかけないけど春です。
 のどかな滝馬室の春です。


さきたま緑道 彫刻プロムナード 

 さきたま緑道 彫刻プロムナード 
 全国から公募した入選作品を第4回国民文化祭さいたま89のモニュメントとして残しました。
 設置作品制作者(50名) (平成元年11月2日~11月12日)
  主催
  文化庁 埼玉県 埼玉県教育委員会 鴻巣市 鴻巣市教育委員会 吹上町 吹上町教育委員会 行田市 行田市教育委員会 埼玉県美術家協会 第4回国民文化祭埼玉県実行委員会
  この彫刻プロムナードは宝くじの普及宣伝事業として整備されたものです。
 平成元年10月 寄贈 財団法人 日本宝くじ協会

 花見を楽しめるのは、まだしばらく続きそうです。
 荒川から利根川を結ぶ武蔵水路沿いに、ずぅーっと長く続いている武蔵水路。
 その水路沿いの、北鴻巣駅東口から数分のところにある近隣公園から、さきたま古墳公園までの4.1kmの間のさきたま緑道に、50の彫刻作品を見ることができます。
(利根川から水を取り入れ、荒川までの14.5kmを武蔵水路がつないでいます。この水路沿いに桜並木が延々と続いています。車を運転しながらサクラを愛でるといったことも出来ましたが、今は水路の改修工事真っ最中、運転に集中することを余儀なくされ、車窓からのお花見と洒落るわけにはいきません。)


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国道17号線にかかる陸橋から、「さきたま緑道 彫刻プロムナード」 の始まりです。
 おりにふれて撮った彫刻の写真を見ると、季節、朝昼夕、天気により、これが同じ作品かとみまがうほど、様々な変わった表情をみせてくれます。


風のと(音) -1-

風のと④

風のと③

 埼玉の文化発祥の地「さきたま」にちなみ、古代から現代に流れる「風」をテーマにまとめてみました。細い体の流れに加え、吹く風になびく髪とコスチュウムをより軽い感じに表現するため、抜け(穴)を作り、材質もブロンズより軽いAC7Aの鋳造を試みました。
 題名の「風のと」は、万葉の東歌から引用したものです。 斎藤馨 (埼玉県)





 
 
 
 
                 
        

三十四 春の彼岸

2013/ 03/ 23
                 
彼岸明け

 彼岸入りが17日、お中日が20日、彼岸明けが23日、七日間の今年のお彼岸です。
 この時期にお花見ということは思ってもみませんでした。
 今日も出歩こうかなと思っています。


三十四 春の彼岸 

 お彼岸は入り口と走り口の二日が半日休み、お中日が一日休みの日となっています。私共では最近、春の彼岸に先祖の法要をする例となって居ります。いつもお中日にはお萩をこしらえるのでした。この日の朝はいつもお寺さんと約束していくら早く御出られてもよいという事にして、まっ暗の中から用意して待って居ります。上段の間に仏壇を作り木曽宣公初め先祖の位牌を並べ御燈明、水、茶菓子、果物等を型の如く供えます。
 元は暗い中に菩提寺の和尚さんが見えましたが近頃は少し遅くなり大体八時頃見えられます。年回に当る仏様と先祖代々供養との塔婆を書いて下ってから読経が始まります。お寺さんは何冊も御経の本を持参されて家中の者に配られて一緒に読まれるのです。私共の様な無信心の者も自らお経を心読する事が出来ます。家は曹洞宗なのですが、あの修証義の発菩提心の章など何時も全く有り難く読まれます。この種の和文の経文はもっとあってよいのではないかと思考いたされます。
 読経が終えますと精進の斎食をあがられて、いろいろと世間話をなされてから和尚様は帰られます。其の後は家中して墓参塔婆を立てて一日休みます。
 この日は神様の方は前夜献灯、当朝は献茶して牡丹餅をヘギで供えます。
 牡丹餅とオハギとは同一物です。

習俗歳時記(補修再版)より





                 
        

さきたま緑道

2013/ 03/ 21
                 
さきたま緑道 は、武蔵水路 沿いに通っています。

 JR北鴻巣駅東口からおよそ4.5km歩くと、さきたま古墳公園に着きます。
 近隣公園から国道17号線の上を通る歩道橋から彫刻作品が目につき始めます。

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春の彼岸

2013/ 03/ 20
                 
お墓参り

 お墓参りしてきました。
 田舎の家の庭に、カタクリが咲いていました。
 アンズの花もきれいです。
 ボタンキョウ(巴旦杏・李)の花は一輪咲いていました。
 フキノトウは、一つだけありました。
 今年は、ミズバショウは咲くでしょうか。


カタクリ
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カタクリ⑥


アンズ
アンズ①アンズ②
アンズ③


ハタンキョウ
巴旦杏⑥巴旦杏⑥
ハタンキョウハタンキョウ


フキノトウ&ミズバショウ&フクジュソウ&・・・
フキノトウミズバショウ
フクジュソウイエロー
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坂東十一番札所

2013/ 03/ 18
                 
吉見観音にて

 吉見観音の名で親しまれていますが、坂東十一番の札所は、岩殿山安楽寺といいます

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 由来が書いてあるのを写真におさめてみましたが、ちょっとばかし、熟読玩味とはいかないようです。
 
 3月の金曜日の昼下がり、老若男女がお参りしていました。


白梅
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坂東十一番札所入口
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本堂
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タンポポ(西洋タンポポ)
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鐘楼
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三重塔
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カワヅザクラ
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吉見町ホームページより
岩殿山安楽寺は坂東11番の札所で古くから吉見観音の名で親しまれてきた。本尊は聖観世音菩薩で、吉見観音縁起によると、今から約1200年前に行基菩薩がこの地に観世音菩薩の像を彫って岩窟に納めたことが始まりとしている。平安時代の末期には、源頼朝の弟範頼がその幼少期に身を隠していたと伝えられ、安楽寺の東約500mには「伝範頼館跡」と呼ばれる息障院がある。この息障院と安楽寺は、かつては一つの大寺院を形成していたことが知られている。天文6年(1537年)後北条氏が松山城を攻めた際に、その戦乱によって全ての伽藍が消失し、江戸時代に本堂・三重塔・仁王門が現在の位置に再建されたと伝えられている。毎年6月18日は「厄除け朝観音御開帳」が行われ、この日は古くから「厄除け団子」が売られている。現在でも、6月18日は安楽寺の長い参道に出店が立ち並び、深夜2時ごろから早朝にかけて大変な賑わいとなる。


安楽寺本堂
-県指定 建造物-
 岩殿山安楽寺は板東11番の札所で古くから吉見観音の名で親しまれてきた。「吉見観音縁起」によると今から約1200年前、聖武天皇の勅命を受けた行基菩薩がこの地を霊地とし、観世音菩薩の像を彫って岩崖に納めたことにその創始を見ることができる。延暦の代、奥州征伐のとき、この地に立寄った坂上田村麻呂によって領内の総鎮守となり、その後、源平の合戦で名高い源範頼みなもとののりよりが吉見庄を領するに及び、本堂・三重塔を建立したが北条氏との戦いですべて消失した。 現在の本堂は今から約350年前の寛文元年、秀慶法印によって再建されたものである。その様式は禅宗様に和様を交えた典型的な五間堂の平面を持つ密教本堂で、内部各部材に施された華麗な色彩文様と共に江戸時代前期の様式を保持している。屋根はもと柿葺であったが、大正12年の改修の際に銅瓦棒葺に改められた。


安楽寺三重塔
-県指定 建造物-
 現存する三重塔は今から約380年前の寛永年間に杲鏡法印によって建築されたもので、本堂・三重塔・仁王門・大仏等の中では最も古い。 総高約24.3m方三間の三重塔では基壇は設けられず、心柱は初重天井上の梁で支えられている。屋根は柿葺あったが、現在は銅板葺に改められている。初重の面積は高さに比較して非常に大きく、また各重の面積の縮減も程よく、これに加え軒の出が非常に深いので塔全体にどっしりとした安定感を感じさせる。


安楽寺仁王門・仁王像
-県指定 建造物・町指定 彫刻-
 本建造物は、境内の入口に南面して立つ三間一戸の八脚門である。規模は、表三間のうち両側の仁王像安置の間が七尺八寸五分(約2.38m)、中央は九尺七寸(約2.94m)である。側面は二間とも七尺八寸五分(約2.38m)である。
 正面両端間には金剛棚を廻めぐらし内部に"阿あ”"吽うん”の密迹金剛力士二体を安置している。屋根は瓦葺であったが、現在は銅板葺に改められている。


 仁王像の造立は息障院文書から元禄15年(1702年)と考えられている。平成8年~10年に実施した解体修理で、元禄年間の造立時の寄進者を列記した幅六寸、長五尺二寸の板が胎内から11枚発見された。


札所めぐり
 札所めぐりとは、もともとは観音を祀る寺院である霊場をめぐる巡礼であり、霊場のご本尊との結縁を願って自分の住所、氏名を書いた木札を、拝観した寺の天井や柱に打ちつけた。そのため、これらの霊場を札所と呼び巡礼のことを札所めぐりと呼ぶようになった。「観音」とは、正しくは「観世音菩薩」と言い、「世の音を観て」それに応じた姿で人々を救うという意味がある。この観世音菩薩は33種の姿に変えることから、札所の数もそれにならって三十三箇所になっている。
 札所巡りとして有名なものは「西国三十三所」「坂東三十三所」「秩父三十四所」で、これらの観音霊場を全てめぐると百観音となる。西国三十三所は平安時代に成立し、坂東三十三所は鎌倉時代、秩父三十四所は室町時代に始まったと言われている。
 これらの札所めぐりも江戸時代となって世の中が安定し、全国的な交通網が発達すると、庶民に普及し広まっていった。しかし、純粋な信仰心というより、札所寺院の他に名所や旧跡を訪れ、土地の名物を食すなど、行楽的なものであった様である。
 また、遠隔地を巡礼できない人々のために、小規模な新しい札所が整備され、その地域ごとに完結する札所めぐりの風習が広まった。こうした中で比企地域に生まれたのが、「比企西国三十三所」「入比にっぴ坂東三十三所」である。


坂東三十三所
 坂東の札所で奉られている観世音菩薩は、十一面観世音が14箇所、千手観世音が10箇所、聖観世音6箇所、十一面千手観世音が1箇所、十一面千手千眼観世音が1箇所、延命観世音が1箇所である。
 源頼朝が熱心な観音信者であったことや、源平の合戦で西上した東国の武士たちが、西国の札所を見聞したことがきっかけとなり、鎌倉時代の初めに坂東三十三所が創設されたと言われている。
 鎌倉の杉本寺を一番とし関東八カ国(相模・武蔵・上野・下野・常陸・上総・下総・安房)を巡る全行程は三百三十里(約1,300Km)で、徒歩で巡ると40日以上かかると言われている。埼玉県内には、九番「慈光寺」(ときがわ町)・十番「正法寺」(東松山市)、十一番「安楽寺」(吉見町)、十二番「慈恩寺」(さいたま市岩槻区)の札所があるが、このうち3箇所が比企郡内にある。札所の番付は創設以来一度も変更されていないが、番付どおりに巡ると遠回りすることが多い配置となっている。そのため江戸時代には、交通事情の変化などから便宜的な行程が組まれ、必ずしも順番どおりに巡ることは無かったようである。
                 
        

黒田夏子  芥川賞受賞

2013/ 03/ 17
                 
春の庭

 海棠のつぼみが膨らみ始めています。
 白椿のはなが徐々に咲き始めています。
 タラノキも芽吹き始めました。
 サボテンはいつのまにかそこそこ大きくなっています。

サボテン(2)


 第148回 芥川賞発表  受賞作全文掲載 文藝春秋90周年

 文藝春秋 三月特別号 
 ~ 「受賞のことば&インタビュー」-聞き手 下重暁子(作家)- ~
 【幼女からそのまま老人になりました  四歳で亡くした母の記憶、同人誌に熱中した学生時代。親友に語りつくした 芥川賞までの記憶】
 黒田夏子さんは、早稲田大学教育学部国語国文科の同級生で、同人誌「砂城」で一緒だった仲間でもあるんです。と、インタビュアーの下重暁子さんは冒頭で紹介の口火をきっています。6ページ半の限られた紙面の中で、作品を通しての彼女の人となりをうまく引き出していました。

 ――黒田さんの作品って、黙読するのもいいんですが、声に出して読むとほんとに気持ち良い。私は朗読が好きなので、よくわかるんですよ。リズムや音楽性のない文章はダメです。たとえば「蚊帳」と表現せずに、「やわらかい檻」と言い換えるところなどにも、たゆたうようなリズムを感じます。
 黒田  無意識に音楽性を求めているかもしれませんね。流れやリズムは非常に気にしている方で、たとえばカンマの位置はとても気を使います。・・・

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 ここでの掲載では39ページある「abさんご」。
 このインタビューを見る前に目を通し始めたのですが、ひらがなが多く横文字というこのスタイルに戸惑ってしまい、ハテ・・・と思っているところに、下重さんと黒田(黒田夏子はペンネーム)さんの上記のやりとりが目に留まりました。
 音読で9ページを30分。そのあと黙読しはじめたら文字がスラスラと頭の中に入っていきました。情景が浮かびました。関係が浮かびました。気持ちが浮かびました。合わせて90分で読了となりました。

白椿(9)

 〈満月たち〉
 ・・・
 さらに四十年がすぎてふと想起されたときの満月たちには、ほのかにべにさした花ふぶきが舞いしきっていたが、それは、群れの手にもともとどんな色があったのかなどにきょうみもなく、だからまたじぶんのをまもろうなどとおもいつくはずもなく、あるままをさらし、たちまちうばわれた、うかつな無防備と反射的なおもいきり、なりゆきのひきうけ、あるものでしのごうとするいさぎよさあるいはおろかさを、おろかさとわかりながらいつまでもきらいにはなれない者が、おなじおろかさをくりかえしつづけたまま死んだ一代まえの者にたむける、共感と苦笑の供花のようであった。


タラノメ(8)



 阿川佐和子のこの人に会いたい
 黒田夏子

 週刊文春 3月7日号の148ページから、阿川佐和子のこの人に会いたい 第961回。
 対談終了後の「一筆御礼」、佐和子さん曰く、
 「お会いしたら驚くことだらけで、私は対談中、ひたすら「はあ……」「へえ……」とアホのように口を開けてばかりいた気がいたします。・・・
 という言葉から書き始めていました。 

 ~イントロコラム~
 史上最年長での芥川賞受賞。受賞作「abさんご」は、漢字、カタカナ、記号といったものを極力排除した作品です。黒田さんがこの表現にたどり着くまでには、ひたすら文章と向き合ってきた数十年の歳月がありました。

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 ~ナカ ミイダシ~
 最初に書いた形のまま最後まで残る文章は、ひとつもないと思います。

 ~オシマイ ミイダシ~
 受賞後に書く作品ということなら、また七、八年はどうしてもかかるだろうと……。

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 ❀「文藝春秋」は、大正12年1月30日に、「週刊文春」は、「株式会社文藝春秋」が、昭和34年4月21日に、それぞれ第三種郵便物の認可を受けています。

 阿川佐和子のこの人に会いたい(第963回)の特大号スペシャルのお相手は、作家瀬戸内寂聴さんです。
 

 ~イントロコラム~
 九十周年記念号(週刊文春 3月21日 90周年特大号)ということで、小社と同い年の寂聴(瀬戸内寂聴.1922年徳島生まれ)先生を京都・嵐山の寂庵にお訪ねしました。震災被災地に寄せる思いから、とっておきの文壇秘話まで――。さあ、私たちも先生の元気と若さを分けていただきましょう!
 
                 
        

きみ   【獲物】

2013/ 03/ 16
                 
野うさぎ

 気付いたのが、一呼吸遅かった。
 荒川の土手の斜面、野うさぎが脱兎のごとく駆け下りる。
 きみは、追う。
 きみより一回り小さい物体は転げ落ちるように一目散に逃げる。
 
 二匹はゴルフ場を斜めに横切っていく。
 キャディさん、プレーヤー3人、しばしプレーを中断して眺めている。

 わたしたちは四人に手を振る。
 スミマセーン!

 四人は交互に手を振って答える。
 カッコいい…とかえってきたのは、女性の声。

 野うさぎ、竹藪の中。
 タッチの差。
 きみは、まだあたりをかぎまわっている。

 (とり逃して)良かった!
 宏有さんは、つぶやく。
 ホッとしたネ。
 わたしは、そのあと、
 惜しかったと独り言つ。


野ネズミ

 きみはウンッ?というように、ちょっと首をかしげて刈り取った稲藁の底の方に聞き耳を立てる。
 そしてすぐさま、まるでキツネのようにピョーンときみは跳びあがる。

 からだ全体が宙に浮く。
 両手両足が空中から稲藁に突っ込んだと同時に、顔をさらに奥深く潜り込ませていく。

 野ネズミが、向かい側の稲藁の下の方から、チョコチョコと逃げていく。
 かれは、また首をかしげるしぐさをする。
 あれ、音がしなくなったぞというように、また首をかしげるしぐさをする。

 (とり逃して)良かった!
 宏有さんは、つぶやく。
 ホッとしたネ。
 わたしは、そのあと、
 ザンネンデシタと独り言つ。


イタチ

 たくさんのカラスが地上に下りて何やら突っついている。
 かれが目ざとく見つけて、脱兎のごとく駆け寄っていく。

 カラスたちは、カアカア鳴きながら跳びあがっていく。
 小さな動物が横たわっている。

 コドモのイタチ。
 かれは軽く口にくわえてわたしたちに見せに持ってくる。
 どうするのかと問うている。

 宏有さんは、かれからそのまだぬくもりのある小さなからだを受け取る。
 わたしはかれの頭をなでる。

 あとは任せたよ。
 というように、かれは尾を振ってから、まだ居残っているカラスたちを追い散らかしに走っていく。



❀「脱兎のごとく」を、「野うさぎ」のときに使うのは、ご本人そのものですから、適切でないようです。「イタチ」のときは、うさぎでないかれが走っているのですから、正しい使い方だと思えます。


 
                 
        

野うさぎ

2013/ 03/ 15
                 
土筆

 春の野に出でて、土筆を採ろうと思って、まずは元荒川の土手に行ってみました。
 ほんのちょっぴりと土筆が芽を出していました。
 採るのは止めて、撮るだけにしました。

土筆

土筆

 カラシ菜は採って持ち帰りました。
 新鮮なうちに調理すると、このピリッとした辛さはたまりません。(ゆがいて水きりをし、ビニール袋に包んで冷蔵庫に30分以上入れると、カラサが出てきます)
カラシ菜
カラシ菜


 土筆が思いのほか見つからなかったので、場所を変え、吉見に行くことにしました。
 吉見運動公園では、カラシ菜は採れましたが、土筆はトンとお目にかかることが出来ませんでした。
 ここで、アオサギを一羽見ることが出来ました。


 更に場所を変え、坂東十一番札所の吉見観音(正式名称:岩殿山安楽寺)に行ってみました。
 相変わらず、土筆は皆無といった状態です。
 梅林に続く畑からピョコンと飛び出してきた動物が目につきました。
 野うさぎです。

野うさぎ

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野うさぎ
                 
        

きみ  【玉原高原】

2013/ 03/ 11
                 
玉原高原

 玉原高原
 ぶなの原生林
 木漏れ日の小道

 先頭を歩いているのがわたし。
 かなり後の方に宏有さん。
 二人が離れて歩くときは、
 いつもムッちゃんが間にいて、宏有さんとわたしの間をいったりきたりしています。

 小道の曲がり角に入り、ぶな林の陰にわたしの姿が見えなくなると、
 ムッちゃんは ぱっと踵をかえして、宏有さんを迎えに跳んでいきます。

 きみは、目と動作でサインを出しながら宏有さんに近づきます。
 宏有さんの目を覗き込みと同時に、てのひらにとびつき、はやく、はやくと促すのです。

 お互いが見えるようになると、きみは、宏有さんを急かすのを止めるのです。
 きみの眼の中に二人が写っている間は、わたしたちにかまうことをしないのです。

 きみの瞳 いつも素敵です。

 ありがとう


玉原高原 

 玉原高原の小道
 湿原が目の下に展開している歩道です。
 探索で先に行っていたムッちゃんが小走りに戻ってきました。

 きみの眼と動作を見ると、宏有さんとわたしに、何かを伝えに引き返してきたことが判ります。

 小道を横切って、勢いよく沢の水が流れています。
 結構な水の量です。

 きみのわたしたちを守ってくれる気持ち いつも素敵です。

 ありがとう


玉原高原

 玉原高原 
 遅い春です。
宏有さんとわたしが、雪の下に隠れているフキノトウを熱心に採っていると、ムッちゃんは動かないで、わたしたちをじっと見守っています。

 わたしたちの山菜採りが一段落して、充足感にひたったことを見届けてから、きみは自分の遊びをし始めます。

 残雪の中に顔を突っ込んだり、雪を口にくわえてからその塊をポォーンと放り投げたり、おしっこをしたりして、きみははしゃぎまわります。

 一人遊びが一段落すると、宏有さんとわたしの眼の中を交互にのぞきこみ、一緒に遊ぼうよというようにきみは尾を振るのです。

 きみの笑顔 いつも素敵です。

 ありがとう








 
 






                 
        

川俣関所跡

2013/ 03/ 11
                 
史跡 川俣関所址 


  (さだめ)

一.此関所を通る輩 (このせきしょをとおるやからは)
  番所の前にて笠 (ばんしょのまえにてかさ)
  頭巾をぬぐべき事 (ずきんをぬぐべきこと)

一.乗物にて通る面々は (のりものにてとおるめんめんは)
  乗物の戸をひらくべし (のりもののとをひらくべし)
  但、女乗物は番の輩 (ただし、おんなのりものはばんのやからの)
  差図にて女に見せ (さしずにておんなにみせ)
  可通之事 (これをとおるべきこと)

一.公家・門跡衆・諸大名 (くげ・もんぜきしゅう・しょだいみょう)
  参向の節は前かどおり (さんこうのせつはまえかどおり)
  箕沙汰可有之間不及改え (そのさたあるべくのあいだこれをあらたむるにおよばず)  ※其
  自然不審の儀 (しぜんふしんのぎ)
  あらば可為各別事 (あらばかくべつたるべきこと)

右可相守此旨者也 (みぎこのむねあいまもるべきものなり)
仍執達如件 (よってしったつくだんのごとし)

 卓享三年四月 (じょうきょうさんねんしがつ)    ※貞享
  奉行 (ぶぎょう)


 ゴルフで、利根川を渡るときに昭和橋を使うことがあります。通勤時間帯にかかるといつも交通渋滞になるのが橋を渡る手前です。
 昨年暮れ、車が停まっている時に、川に沿った道路端にある、川俣関所跡の石碑を写真に撮りました。

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 以前は、埼玉県の史跡として指定を受けていましたが、昭和32年の河川改修工事により現在の地に碑が移転され、昭和36年9月1日に「旧跡」に指定変更されたとのことです。

 川俣関所は慶長年間(1596-1615)に設けられ、明治になるまでのおよそ260年間、日光裏街道の利根川におかれた関所としてその役割を果たしてきました。
 対岸の上州(群馬県)川俣村の名にちなんで、「川俣御関所」と呼称されました。江戸と両毛(群馬県〈上毛野〉と栃木県〈下毛野〉)を結ぶ要衝の地として、長く忍藩の元に置かれ江戸城警護に務めました。
 「出女に入鉄砲」と言われているように、江戸に住んでいる諸大名の奥方の逃れ出ることを防ぐこと、外から江戸に鉄砲などの武器が入ってくるのを防ぐことなどのために厳しいチエック体制を敷きました。日の出に開門、日の入りに閉門し、夜間の通行は出来ませんでした。

※所在地は、埼玉県羽生市上新郷。170mほど離れたところに道の駅はにゅう  tel 048-560-1010 羽生市大字上新郷7066 があります。
 
                 
        

さきたま古墳公園

2013/ 03/ 10
                 
武蔵水路

 JR高崎線北鴻巣駅から400mほどの近隣公園から「武蔵水路」沿いに「さきたま緑道」(鴻巣市⇔行田市)が通っています。

 この武蔵水路は、利根川の水を荒川に導く延長14.5㎞の水路(行田市⇔鴻巣市)で、最大導水量は毎秒50㎥あります。
 道路や鉄道の下を潜って通すサイフォンは6か所もあります。1964年1月から1967年3月の間に工事が行われましたが、現在改築工事〈2010年8月から2016年3月までを予定〉が進行しています。

 近隣公園から、さきたま緑道を通っておよそ4.1㎞、アバウト1時間のみちのりで、「さきたま古墳公園」(埼玉県営)に行くことが出来ます。

 武蔵水路沿いに延々と桜並木が続いています。知る人ぞ知る、隠れ桜並木の名所として、地元ではつとに有名です。さきたま緑道には、さきたま古墳公園に至るまで、彫刻五十体が置かれ、路行く人たちの目を楽しませています。

 
さきたま古墳公園

金錯銘鉄剣」 は、1968年に前方後円墳の稲荷山古墳から出土され、1983年に他の副葬品と共に国宝に指定されました。
 115文字の銘文には次のように刻まれています。

(表面)
辛亥の年 7月に記す 私はヲワケの臣 いちばんの祖先の名はオホヒコ その子はタカリノスクネ その子の名はテヨカリワケ その子の名はタカヒシワケ その子の名はタサキワケ その子の名はハテヒ
(裏面)
その子の名はカサヒヨ その子の名はヲワケの臣 先祖代々杖刀人首(大王の親衛隊長)として大王に仕え今に至っている ワカタケル大王(雄略天皇)の役所がシキの宮にある時 私は大王が天下を治めるのを補佐した この何回も鍛えたよく切れる刀を作らせ 私が大王に仕えてきた由来をしるしておくものである


 この古墳公園(今のところ、26.5ha. 現在整備されている大型古墳は9基)には、頂上まで登れる古墳が二つありますが、その一つ、「丸墓山古墳」は、日本一の円墳(長さ105m、高さ18.9m)と言われています。最近上映された戦国映画「のぼうの城」でも見ることが出来ましたが、忍城を攻めた石田三成が陣取ったところとしてもその名を更に高めることとなりました。


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 JR高崎線の行田駅から、行田市内循環バスを利用して、「さきたま古墳公園前」下車、徒歩2分のところに、県立「さきたま史跡の博物館」(行田市埼玉〈ぎょうだし さきたま〉4834、☎048-559-1111)があります。
 さきたま古墳公園はお花見のシーズンにはことのほか賑わうようです。

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 この博物館で、「ほるたま展2012」が、3月17日(土)まで開催されています。
 埼玉県埋蔵文化財調査事業団が、巡回を行う事業で、今年度の内容は、古墳時代を代表する埴輪にスポットをあて、県内各地から出土した様々な種類の埴輪を通して、古代の習慣や古墳における祭りの一端を紹介しています。人間のいろいろな表情の埴輪をはじめとして、犬、馬、鹿、猪、鳥などの埴輪を垣間見ることが出来ます。
 お花見のシーズン前に終わってしまうのがなんとも残念です。

 建立当時の県知事の筆による「埼玉県名発祥の地」の石碑も、この公園内に建てられています。
 

 「さきたま風土記の丘」(1938年8月、国の史跡指定)の石碑が建てられている左手に、「はにわの館」があります。ここで、自転車の無料貸し出しをしていますので、さきたま古墳公園内だけでなく、「古代蓮の里」、市内の「忍城址」など、あちこち足をのばしてみてはいかがでしょうか。

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 今では有名になったB級グルメの「フライ」、「ゼリーフライ」を食べさせるお店があちこちにありますので、ちょっとお腹がすいたら立ち寄ってみてください。
 お土産に和菓子の「十万石」は欠かせません。かの「棟方志功」が、『うまい、うますぎる』と絶賛したのは本当です。ちゃんと十万石の包装紙に今でもその言葉が使われていることからも証明できます。


表に出て みませんか

 先日、さきたま古墳公園に行ってみましたところ、紅梅、白梅が咲いていました。
 今日あたりから見ごろを迎えていることでしょう。
 アオサギ、モズにお目にかかることが出来ました。
 アオサギとは初めての出会いです。モズは写真に撮ったということでは初めてのことでした。


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プチサクランボ

2013/ 03/ 07
                 
啓蟄 の日の、一昨日から咲き始めたプチサクランボの花。

 今年も、小鳥たちが啄ばみにやってくることでしょう。
 佐藤錦よりもずっと早く実ります。


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小菅優 ピアノリサイタル

2013/ 03/ 04
                 
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ

 初めて訪れる熊谷でのリサイタル、どのようなお客様と音響が待っているかとても楽しみにしています。ベートーヴェンの様々な年代のソナタ4つを演奏しますが、音楽の新しい発展を開拓していた姿がどのソナタからも見えてくると思います。それぞれ愛、死、別れなど人生のあらゆる模様が映し出されていますが、人情の深いベートーヴェンの内面が、音楽によって伝わることを願っています。ピアノは間接的にオーケストラの響きを出せるところが魅力の一つですが、たくさんの楽器や声を想像して聴いてみてください。
                                                小菅 優


 第7番 ニ長調 Op.10-3
 力強い第1楽章に続いて、第2楽章は〈メスト(悲しく)〉と記された緩徐楽章。第3楽章は表情豊かなメヌエット。第4楽章は、ユニークな表情で聴く者を愉しく翻弄してゆく。
 第1楽章:プレスト
 第2楽章:ラルゴ・エ・メスト
 第3楽章:メヌエット―アレグロ
 第4楽章:ロンド:アレグロ

 第14番 嬰ハ短調 Op.27-2 《月光》
 「人生の翳を表現した内面的な音楽」と小菅優も言うように静かに深い夢想を誘う第1楽章から、続く第2楽章でも希望と予感と。そして第3楽章の疾走と蔭・・・・
 第1楽章:アダージョ・ソステヌート
 第2楽章:アレグレット
 第3楽章:プレスト・アジタート

 第12番 変イ長調 Op.26
 第1楽章は主題と5つの変奏曲。第2楽章スケルツォに続いて第3楽章は《ある英雄の死に寄せる葬送行進曲》。「編イ短調がとても珍しい」。そして第4楽章は明るく。古典組曲の趣向も持ちながら斬新だ。
 第1楽章:アンダンテ・コン・ヴァリアツィオーニ
 第2楽章:スケルツォ:アレグロ・モルト
 第3楽章:ある英雄の死に寄せる葬送行進曲
 第4楽章:アレグロ

 第26番 変ホ長調 Op.81a 《告別》
 ルドルフ大公に献呈されたが「女性のための曲なんじゃあないかって思います」と小菅優。第1楽章《告別》から「不在の寂しさと、待ちきれずに求める感情」。第2楽章《不在》も「人を想う痛みのこもった楽章」。そして第3楽章《再会》は「再開の喜びの爆発」だ。
 第1楽章:アダージョ―アレグロ
 第2楽章:アンダンテ・エスプレッシーヴォ
 第3楽章:ヴィブァッチシマメンテ

 小菅優 ピアノ・リサイタル 2013.3.3 14:30 Open 15:00 Start 
 熊谷文化創造館さくらめいと 太陽のホール


 小菅優さんのピアノコンサート、彩の国 埼玉芸術劇場 で、かなり前に二度聴きましたので、今回は、三度目となりました。ピアニストとしての風格が漂っていました。私のつたない記憶ですけれど、オーストリアのザルツブルクが現在の居住地となっていると思います。海外生活を続けていると、すっかり逞しくなっていくのかなあと、そんな感慨を新たにもちました。



小菅優 2013年3月3日 於さくらめいと



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鴻巣びっくりひな祭り 2013

2013/ 03/ 03
                 
「ひなの里」 鴻巣市産業会館

 ひなの里(鴻巣市人形1-4-20.☎048-544-1730)では、3月12日(火)まで、「ひな祭り特別展」を開催しています。

 2階建てです。斜行機、エレベーターが設置されています。昨年4月の開館、バリアフリーも行き届いています。

 お雛様を見に、初めて訪れました。
 鴻巣の雛人形の歴史を知る良い機会ともなりました。


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鴻巣びっくりひな祭り 2013 のメイン会場に足を運びました。

 昨年に続き、今年もみてきました。今日は、日曜日ということもあり、市役所(鴻巣市中央1-1.☎048-541-1321)の敷地内では、出店が所狭しと並んでいました。丁度お昼時ということもあり、それぞれのお店が老若男女長蛇の列となっていました。
 (私は、白菜二束、キュウリ1袋、ダイコン1本を買いました。)
 ひな祭りは3月9日までですが、当日は土曜で、市の業務はお休みです。今日の日曜のように大勢の人が足を運んで、出店にズラッと並ぶことでしょう。


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洋酒マメ天国 33

2013/ 03/ 02
                 
洋酒マメ天国 33 悪女の画廊


 第1章 こんな悪女に誰がした より

 ・・・
 こうして見ると、いわゆる悪女とは、彼女たちがしばしば無理矢理に、しばしば恩着せがましく置かれた環境の背後の、暗黒の権力闘争の象徴にすぎないことがわかる。・・・
 ・・・だが悪名を後世に残した女たちは、彼女たちの純粋無垢とさえいえる本来の情熱を発揮しながら、その力を巨大な第三者に誘導されて、期せずして悪をなしたという場合が多いのである。それは人形師と操り人形、もしくは催眠術師と被催眠性無遊者との関係にも似ているといえよう。・・・
 ・・・


第1章 こんな悪女に誰がした
 高橋お伝
 マリリン・モンロー
 クリスチアン・キーラ―
 ハインリッヒ・E夫人
 マリー・ダルダニャン

第2章 魔窟で悶える炎の妃
 メッサリーナ

第3章 権力に憑かれた東洋の女(ひと)
 則天武后
 呂太后
 日野富子

第4章 毒も盛ります 火もつける
 ルクレチア・ボルジア
 カトリーヌ・ド・メヂチ
 マリード・メヂチ
 ブランヴィリエ侯爵夫人
 アントニア・サラガティ
  マンゴルト
 ジョゼフィーヌ・ハルゼー

第5章 悪魔(サタン)の部屋の黒ミサ
 マダム・モンヴォザン

第6章 女体だったよ おっかさん
 M・プレヴォスト未亡人
 陰母神カーリー
  鬼子母神
 ヒルデブラント夫人

イラスト=金子國義


洋酒マメ天国第33巻     昭和44年10月30日発行
著者 種村季弘        発行所サントリー株式会社


洋酒マメ天国 33 悪女の画廊











                 
        

洋酒マメ天国 32

2013/ 03/ 01
                 
洋酒マメ天国 32 ポーノトピア

 (№31 酒専科・女専科 は、後回しにします。)

第1章 総論
第2章 わがワイセツの自伝
第3章 わがいとしのムスコ
第4章 エロチシズムの極致
第5章 ダッチワイフの研究
第6章 「眠れる美女」の礼賛
 イラスト=横尾忠則

第1章 総論 より
 ・・・猥褻な人間に限り、猥褻を罪深く思うものらしい、もともと文章にしろ、絵画あるいはその他の作品にしても、本来的に猥褻性をもっているものではなく、あくまで、そう感じとる人間の問題であろう、そしてぼくは、その感受性こそ、もっとも人間的な資質と思うのだ。・・・


洋酒マメ天国第32巻     昭和44年7月30日発行
著者 野坂 昭如       発行所サントリー株式会社


洋酒マメ天国 32 ポーノトピア